第14話 感動

 翌日学校に行くと、金子はもう来ていた。彼は、一限目の準備をしているらしく、カバンからあれこれ取り出していた。

 恭一が椅子を引いて座ろうとした時、金子が振り返った。目が合った瞬間、彼は意味ありげに笑んだ。そして、恭一のそばへ来ると肩をぽんと叩いた。


「昨日はお疲れ様」

「来てくれてありがとう。後ろの方に君の姿を見つけた時は、すごく嬉しかったよ。心強かった」

「そう思ってもらえたなら、僕も嬉しいよ」


 恭一は、少しためらった後、金子の右手を両手で握り、

「ねえ、金子くん。昨日の、どうだった?」

 真剣な表情で金子に訊くと、彼は恭一をじっと見て微笑むと、

「良かったよ。ヴォーカリストとしての技術とか、そんなの僕にはわからないけどさ。君が真ん中にいるのを見て、本当に新しいバンドになったんだって思った。君の一生懸命さが伝わってきて、何だか泣けてきた。泣いてないけどね」

「何だ。泣いてくれたんじゃないんだ」

 金子が、ややふざけた感じで言ったので、恭一も同じように返した。そして、二人で笑った。その、「二人で笑った」ことに、恭一は感動してしまった。今までこんなことは、なかったように思ったのだ。


「僕、上手く説明できないけど、今すごく感動してるんだ。ありがとう、金子くん」

「え? 何、それ」

「自分でもよくわからないんだ。でも、ありがとう。それに、君のおかげでアスピリンに入れて。感謝してるんだ」

 恭一がまっすぐに金子にそう言うと、金子は、

「これは、きっと運命なんだよ。君が自分でつかんだんだから。僕は何もしてないよ」


 俯きながら言った。あまり直球で感謝の言葉を伝えたせいで、照れているのだろうか。いつも堂々としている金子の可愛い一面を見て、恭一は思わず微笑んだ。

 彼は、「じゃ」と言って自分の席に戻って行った。

 チャイムが鳴って授業が始まったが、恭一は別のことで頭がいっぱいになっていた。


(もっと歌いたい。歌っていたい)


 自分で意識しないうちに、歌に対して真剣になっていた。


 学校が終わり、校門を出た所に、見知った顔があった。驚いて、その人に駆け寄り、

「サイちゃん」

 彼は恭一の方に振り向き、「やあ」と言った。片手を上げて、微笑する。今日も彼はクールビューティーだ。それなのに、何かがいつもと違う。しばらく彼を見ていて、気が付いた。

「サイちゃん、制服だ」

 キョウイチは、驚きの声を上げた後、悪いとは思ったがつい笑ってしまった。津久見は、顔をしかめた。


「似合わないって言いたいんだろう」

「そんなこと言ってないです。ただ……」

 学ランよりは、ブレザーの方が彼には似合っている気がした。が、それは伝えず黙っていると、

「いいよ。似合わなくっても。それね、あの人によく言われた」

「あの人……」

「そう。あの人」

 笑いは引っ込んでしまった。


「そうだ、キョウちゃん。オレ、君に話があってここに来たんだった。今度、オレの家に来てよ。今度の日曜日。その日は親父も珍しく在宅の予定だから。来てくれるよね」

 日曜日の予定を考えてみたが、別になかったので頷いた。

「君のお母さんのこと、訊いてみよう」

「いいのかな、そんなことして」

 呟くように言うと、津久見は、「いいさ」と言った。その声に、棘を感じたのは気のせいだろうか。

「じゃあ、訊きます」

 頷くしかない恭一だった。

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