第2話 ライヴ

 ライヴハウスの前には行列が出来ていた。金子は周囲を見回し、

「何かいろんな人がいるね。どのバンドのファンなんだろう」

 とても楽しげだ。チケットを見ると、バンド名らしきものが三つ書いてある。


「金子君は、お兄さんと一緒によく来るの?」

 学級委員をしていて、真面目な印象の彼が、こういう所に出入りしているのが驚きだ。恭一の質問に、金子は首を振る。


「よく、ではないな。兄貴に連れられてたまに。兄貴は、この、アスピリンっていうバンドが好きらしい」

「お兄さん、今日は?」

「都合がつかなくなっちゃったみたい。それで、これを託された。すごい悔しがってた」

「そうなんだ」


 しばらく話していると開場し、人がどんどん中に入って行った。スタッフの人が、「走らないでください」と声を掛けているが、誰も聞いていないようだ。少しその場が落ち着いてから、恭一と金子も中に入った。前の方へ人が流れていく。かなりぎゅうぎゅうだ。金子が笑って言う。


「あんまり前に行かない方がいいよ。危ないから」

 危ない? 恭一には何のことだかわからなかった。とりあえず、金子の言うことを聞くことにした。


 それからまもなくスタートした。一番目がくだんのアスピリンだった。彼らが登場すると、声援が飛んだ。真ん中に立つ背の高い男が客をあおる。客がそれに答えるように声を上げる。


「元気にしてたかよー? 行くぜー!」


 怒鳴るようなその人の言葉に、いっそう客の声が高くなる。曲が始まると前方の客がさらに前へと進んでいく。押し合っているみたいだ。初めてその光景を見た恭一は、驚くばかりだった。こんな世界があるとは、まるで知らなかったのだ。


 圧倒されてそれを見ていると、隣に誰かが立った。ふとそちらを見上げると、男が恭一に、

「つまんねえ曲。そう思わねえ?」

「えっと……」

 答えに困っていると、男は舌打ちした。恭一は身を縮めた。


「本当はさ。こんな曲やりたくねえ、って思いながらやってんだよ、あのベースマンは」

「よく……ご存知なんですね」

 相手の気を引き立てようと言葉をかけてみた。彼は腕を組み、いまいましそうに、

「サイは、あんな音楽やるだけの人間じゃねえ」

 真剣な表情で言い放った。


 男はそれきり黙ってしまった。恭一は、男の様子を時々伺いながら、アスピリンという名のバンドの音楽を聞いていた。

 ヴォーカルの男は、気持ちよさそうに叫んでいた。お客もそれに負けぬ大きな声だ。耳が痛くなってきたが、慣れないせいだろうと思う。


 やがて彼らの出番が終わり、別のバンドが始まった。恭一の隣に立つ男は、難しい顔をしたままだった。その男の肩を軽く叩く者があった。

 その人をよく見ると、さっきまでステージでベースを弾いていた人だった。

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