第14幕 モルペコです

 週末は土曜日。本来ならホゲータの色違い孵化厳選でもする予定だったのだが、押しに押されて仕方なくアルバイトの面接に付き添うことになってしまった。


 駅構内、木製の波打った形の大きなベンチで座りながら人を待っている。まだ午前は10時40分。想定していたよりも早く着いてしまっていた。眼前で存在感を放つパン屋の香りが、朝食を逃したお腹を特に刺激する時間帯であった。伸びをして大きなあくびもする。セットで涙も着いてきた。


 ねむねむと待ち続けているとようやく待ち人の姿が見えた。向こうもこちらに気付いたらしく、小さく手を振ると、小走りで改札を通り抜けようとし見事に引っかかった。恥ずかしそうに後ろの人にペコペコしながらもう一度定期をタッチすると難なく通れたみたいだ。


「流石大阪人」


「いや、ちが、違うから!今のナシナシの梨で」


 ムキになってムゴーと怒っている。ムゴーとは拳を真っ直ぐ下に下ろし、顔を乗り出し目をギュッとして怒る怪獣のことである。


「……おまたせ待った?」


「百年待った」


「夢十夜だ」


「実はそんなに待ってはない」


「でもパン食べ終わってるよね?」


 手の中のメロンパンの包み紙でバレたみたいだ。空腹には勝てぬ。焼き立ては格別に美味しかった。包み紙は近くのゴミ箱に近づいてダストシュートする。命中80パーセントなので当然外す。命中は100%以外信じるな。だいもんじよりもかえんほうしゃ。落ちたものを拾い上げゴミ箱になげつけるを決め、改めて深山と向かい合う。


「服キメてんね」


「似合ってない?」


「いや、似合ってるよ。可愛いと思うけど」


「きょえっ……」


「おい待て死ぬな人前だぞ」


「うっ、ぐっ……はっ、はぁはぁ」


 珍しく耐えた。日々耐久力が上がっていってるのかもしれない。俺も負けてられないな。


「簡単に死にすぎだろ」


「軽率に殺しすぎなんだって」


「人を一線越えたサイコパスみたいに言うな」


 黒のズボンに白のブラウス。シンプルで面接面接してるなぁって見た目だ。そんなに気合い入れなくてもと思うが、まあ仮にも面接か。よそはそうなのかもしれないし、駄目という理由もない。それに女子のパンツスタイルはかなり良いと思いませんか。ぼくはそう思います。


 面接は高校の駅近くの喫茶店で行われるとのことで、こうして使い慣れた駅で集合した。知り合いに見られないといいなと思う。


 行くぞというが深山は動かない。見るからに緊張する深山のその背中を押して歩かせる。他人事だから半分面白がっている。折角の休日を潰して付き合うのだからこれくらいは許してほしい。

 あと暑いから早く涼ませてくれ。



 駅からすぐの商店街を並んで歩き、途中左手にある細い脇道を入っていく。それは夏にも関わらず寒そうな名前のレトロな喫茶店。レンガ造りの店構えで、とてもそれっぽい雰囲気がある。それにしても何故この手の店はUCCって書いた看板率が高いのだろうか。


 いとも簡単に店の前に着いたが、隣の人物が分かりやすくおろおろしている。店の中を窓ガラス越しに除くと、それらしい雰囲気の人間が一人。


「入らないのか?」


「入るけどぉ……」


「そうか、じゃあ俺はこれで」


 背中を向けて立ち去ろうとした俺の背中にそこそこのグーパンが突き刺さった。


「冗談じゃん、な?」


 もじもじしながらも、あわよくば帰ろうとした薄情者の俺を睨んで抗議している。そんなに緊張することなのだろうか。よく分からないが、心の準備に時間がかかっているのだろう。だが、心の準備と言う人間が心の準備出来た場面を見たことがない。言ってないけど。

 こんなの初めての自転車練習と同じだ。勢いが肝心。というか相手を待たせんな。深山の心情を無視して扉を開ける。カランコロンと喫茶店の音が鳴る。


 えっ、とかあっ、とか、ますます狼狽する深山が面白い。パントマイムみたいに手をウロウロさせた挙げ句、最後は気を付けをして固まってしまった。


 いらっしゃい、何名様で。の案内に俺は待ち合わせだと答え、奥のテーブル席に真っ直ぐと向かう。


「シーウェルサーカスさんですか?」


「あ、はい、もしかして?」


「ああ、いや俺じゃないんですけど。よく分からないですけどなんか単なる付き添いで来ました」


 一応お膳立てしてやったので、入り口ですっかり縮こまっているハムスターみたいなやつをちょいちょいと呼び寄せる。

 どうも深山が普通の人間みたいな行動を取ると調子が狂う。狂ってるのはお前の行動のはずだろう。専売特許申請しろ。

 呼ばれて圧倒的に予算が足りないアニメみたいにカクカクと歩いてくる。


「あの、はい、えっと、深山と申します。アルバイトの面接にきました」


「初めまして。シーウェルサーカスで人事とかまあその他色々を担当してます枝野といいます。今日はよろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いしもす」


 あ、噛んだ。こいつこんなに緊張していて、本当に文化祭でシンデレラなんてできるのか?


「ではお固いのもここまでにして。どうぞ座って」


「ありがとうございます!」


 元気よく返事をすると、失礼します!と妙にしゃちほこばった宣言をしながら椅子を引いて腰をかけた。ここまでお固いここからもお固い。水星出身かよ。

 糸で上から引っ張られたかのように背すじを真っ直ぐ伸ばして、手はグー。


「就活かよ」


 俺の思わず漏れ出たツッコミに枝野さんが一瞬吹き出しそうになる。

 横に立つ俺の足が、ヒールのかかとで踏みつけられる。何すんだよと見るが知らんぷり。


「深山さん?」


「はい、深山美史です」


「こちらは彼氏さん?」


「父です」


 即答すると、肘鉄が脇腹に入る。攻撃力高いっすね今日。


「電話で言ってました、あの付き添いで、クラスメイトなんですけど、面接が初めてで、来てもらいました。すいません変ですよね」


「俺のことは気にしないでください」


 緊張がこちらにまで伝わってきてむず痒くなってきたので、これにてお役ごめんとカウンターに座ろうとする。変な自覚はあって安心した。


「あれ……?」


 枝野さんがジロジロと俺の顔を覗き込む。


「な、何か?」


「もしかして、ハナカゴさんの……?」


 気づかれた。


「人違いです」


「ピカチュウ君だ!!」


「デデンネです」


 深山が吹き出す。もう隠すことなく堂々と俺を殴ってくる。もうね、名前イジられすぎてストレートに返すの飽きたんだわ。


「やめてホントやめて恥ずかしいから!さっきから人の面接でふざけすぎ!」


「花籠ミツヒロです」


「これは失敬。どうしてここに?まさかスパイ?」


「色々あって今は高校生してるんです」


「へぇ、で早速新しい彼女と……」


「そう見えます?」


「いえあの違うんです。一人だと不安だったので着いてきてもらっただけでほんっとただのクラスメイトなんです」


 何がなんでも否定するね君。もしかして俺のこと嫌い?まあ何も間違ってないけど。


「とりあえず一緒に座ったら?」


 深山の隣に座らされる。同業者と畏まって対面するのは初めてだ。


「それでなんだっけ。ああそうだったそうだった面接だね」


「よろしくお願いします」


「その前に飲み物頼もうか。すいませーん」


 まとめて注文してくれる。待ってる間、どこの学校だとか最近の高校生ってどうなのとか世間話を交わす。アイスコーヒーが届いた頃にはようやく深山も緊張がほぐれたようだった。


「で、改めてなんだけど、バイトしたいってことでいいのかな?」


「はい!」


 そして抱えてたトートバックを漁る。が、なかなかガサゴソが止まらない。


「……ない」


「え?」


「あの、履歴書、書いたんですけど……、入ってなくて。どうしよう、あの、本当にえっと」


 何やってんだ。思わず顔を両手で覆う。こう見えてというか見たままというか、ポンコツというか間が悪い人間なのかもしれない。改札にも挟まれるし。


「ああ、別にいいよ履歴書なんか。高校生なんだよね?」


「はい、そこの高校で」


「じゃあこれで履歴書代わりってことで」


 器のデカさを見せる枝野さん。適当といいかえてもいいかもしれない。このサーカス大丈夫か?


「いいんですか?」


「次来るときに持ってきてくれればいいから。じゃあ、よろしくね」


「はい!…………はい?」


「ん?」


「いや、あの」


「ん?」


「そんな採用みたいに」


「採用だよ?」


「……志望動機とか自己PRとかは?」


「え、就職希望?」


 噛み合ってなかった。ガチガチに詰めすぎだろう。だから簡単にバイト出来るって言ったのに。

 これは昔から変わらぬ摂理である。猫の手どころかゾウだってライオンだって使うのだから。サーカスはいつだって人手不足。


「いいんですか?」


「うん、緊張する程真面目に面接に来てくれたんでしょ?それだけで十分だよ」


 それでももうちょっと面接とかしたほうがいいんじゃないのとは思うが。もしかしてうちより緩いんじゃないかここのサーカス。


「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします」


 大きく頭を下げ、そして顔を上げると、ようやくいつもの深山の笑顔に戻っていた。




 その後、雇用内容とか細かい話を打ち合わせしているときに、不穏な話題が始まった。


「ちなみになんだけど再来週とかって空いてない?設営あるんだけど」


「え、空いてます」


「設営させるんですか?」


 思わず口を挟む。自分の背丈より高い鉄杭を運んだり鉄板運んだり高所作業したり、到底ごく普通のレディーにさせられる仕事ではない。


「まさか。力仕事だけが足りてないわけじゃないからね。事務とか軽作業をさ。といっても炎天下だったりするから重労働には変わりないけど」


「やります!」


 食い気味で深山は即答する。


「だから何でもやるやる言うなって。採用決まらない就活生か」


「でも、テント立てるの見てみたいし!」


「……まあ頑張るのは深山だから好きにしたらいいけど」


「そしたら設営やってもらって、来月の興行からはもぎりか売り子やってもらえたらと思うんだ。他手空いてたら来れるときは事務も手伝ってもらおうかな。パソコンって出来る?」


「キーボード打つのとネットサーフィンくらいは」


「十分十分。猫の手でもキーボード打ってほしいらしいから。裏方集めろってここのとこずっとうるさくてね」


 枝野さんは安堵した様子。


「いやー助かるよ、応募全然なくてさ」


「そうなんですか!?サーカスで働けるのに?」


「サーカス好きなの?」


「はい、大好きです!」


「愛されてるね花籠くん」


「サーカスの話ですよ」


 ツッコむ。


「うちのことは知ってた?」


「すみません、知らなかったです。子供の頃にハナカゴサーカス観たことあるくらいです」


「最近ウチ、関西来てなかったからなぁ」


「すいませんハナカゴは関西多くて」


「代わりにウチは九州多いからお互い様だよ」


「え、縄張りとかあるんですか?」


「そういうわけじゃないんだけど。やっぱりサーカスってさ、特別で非日常なものだから。365日いつでも見れるってなったらどうする?」


「730回見ます」


「なかなかだねこの子」


「逸材ですよ」


 気に入られたみたいで良かったな。


「どうしても一回見たらしばらくはいいやって普通の人はなりがちなんだ。だから出来るだけ最近サーカスが来てない場所を選ぶんだ」


「だからってこんな場所選ばなくても」


「いいとこだけどね、ここ」


「そうなんです?」


「役所も協力的だったし幼稚園や学校も乗り気だし、駅から近くて国道沿いだし温泉あるし」


「そんなものですかー」


ほえーというかお。温泉の重要さを分かってなさそうなかお。


「ちなみに花籠くん」


「はい?」


 ブレンドコーヒーの苦味の奥の芳醇な香りを楽しんでいると、俺の方にも矛先が向いた。


「もちろんまだまだ人手足りてないんだけど、どう?」


「ノーサンキュー」


 ノータイムで断る。絶対に断る。


「そこをなんとか!人手足りないんだ。分かるでしょ、人少ないときの苦しみが!日付け超えても終わらない作業は嫌なんだよ!経験者がいてくれたらめちゃくちゃ助かるんだ!」


 拝み倒している。知らん。


「気持ちは分かりますけど、なんで他所のサーカスの設営手伝わなきゃいけないんですか……」


「ぐうの音も出ないこと言わないでよお。お願いします頼みます……」


「やめてくださいよ人前で大人に頭下げられるのものすごく気まずいんですけど」


「深山くん、君の最初の仕事は彼の説得だ。成功したらバイト代上乗せしよう」


「やろう」


「やんねーよ」


 金に目を眩ませるな。


「一人じゃ心細いし」


「それを乗り越えて社会人になっていくんだよ」


「やーだ一緒に来てーーー!」


「駄々をこねても駄目なものは駄目」


「ちっ。枝野さん、なんとしてでも絶対にこの人連れて行きますから安心してください!」


「うん、頼んだよ!」


 こうしてよくわからない面接は終わった。なんなら途中から俺の面接だった。





 その後、帰りの駅から電車の中でもずっとお願いをされた。さらにそれから一週間、学校でところ構わずずっとあまりにもしつこく拝み倒され続けた。途中からは意味も分かってないのに面白がって、為近も浅利も拝んできた。それを真似してクラスの何人かは朝教室に来ると俺の席でお参りをするようになった。

 流石の俺もブチギレて怒りのあまり机の上の卓上調味料を全部倒すレベル。

 堪忍袋の限界を迎え結局設営の手伝いをやることになった。この諦めの悪さ、手口の悪徳さ、深山こいつもしかしたらあるときは白金なのかもしれない。

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