第7幕 壁の華の華

 大道具班は4人。花籠、兼田、小南、九重、為近。何故かここには五人いるが。


 時に今は放課後、場所は教室。今日も中央公園に二日連続で行く気しかなかったのだが、HRで発表があり帰るに帰れなくなってしまった。


 今日から、遂に文化祭の準備が始まるらしい。





「大道具って何をすればいいんだろうな……」


 始まるとは言ったが、準備を始められるとは言っていない。九重の疑問に一同黙り込む。素人がただ集められただけで、何一つとして方向性を貰っていないのだから当然だ。


 此度、文化祭の音頭を取ることになったのは、一学期の頃、委員決めでくじ引きにてハズレを引いた村雨くん。文化祭委員として、彼は早速その辣腕を発揮している。


「面倒くさいからさっさと稽古に入って終わらせるよ。とりあえずネットでシンデレラの劇用の台本が見本あったからクラスラインにpdf上げとく。確認しといて。で脚本なんだけど──」


 なんせ彼は手際が良い。森羅万象を面倒くさがってる極度の面倒くさがり屋だ。だからこそ面倒ごとを避けるため効率よく物事を進めるプロである。有能オブザイヤー。惚れてしまう。

 なお、少なくともやつに惚れている女子がこの教室に一人いる。文化祭委員の片割れ、春楡善心。彼の幼馴染らしくそれ以上でも以下でもないと、頑なにそう主張しているが隠しきれていない。おとなしい子なのだが彼にだけ時折向ける「もうっ」という言葉が、それはもうあまりにも可愛いとクラスの花籠界隈で話題である。


 閑話休題。


 しかし、いくら手際がいいといえど、限界はある。方向性も脚本も決まっていないのに、劇に必要な道具を用意するのは難しい。


 結果、大道具班は指示を後回しにされ、俺たちはクラスで壁の華として咲いてるのだった。男子四人と女子一人、壁に背を預け腕を組み虚空を見つめボーっとしている。この中の紅い一輪は、集中出来ないからあっちに行ってほしいと役者畑から追い出され、もといお願いされたと言っていたが。自主退職の理屈だ。やはり学校はブラック企業。


 しかし男子は誰もツッコまない。紅一点はそれだけで熱烈歓迎わんだーらんどなのである。


「指示ないんだから別に待ちでいいでしょ」


 兼田が大人しい顔をして最初の呟きに答える。自分たちだけ何もしていないのは居心地の悪さがあるとは思うのだが、気にした様子もなくしれっと図太い発言をしやがる。


「いやしかし、それだと折角の文化祭であるのに女子とお近づきになるチャンスがないだろう」


「それはそう」


 確かにと頷く俺以外の四人。

 指示があればどう女子とお近づきになれるのだろうか。そもそもここに女子一人いるしその女子は何故女子とお近づきになろうとする。


「……実際何作ることになるんだろ。カボチャの馬車とか作るのかな?」


 小南が口にした漠然とした疑問。勿論誰もそんなこと知らないからこうして暇しているのだが、兼田がそんな緩い雑談に合いの手を入れる。


「どうやって?」


「……トヨタに頼めばワンチャン?」


 ねーよ。ナンバープレート付いてる馬車嫌だよ。


 そして皆が無言になる。そもそもがあんまり絡んだことのない面子なのでこちらからの話題なんてものは特にない。こんな空気ならいっそ早く仕事したい。


 開始早々いきなり路頭に迷う男子たち。

 雇ってくれトヨタ。



「背景ボードと暗幕の用意かなぁ。あと段ボールをとにかく集めてくればひとまずオーケーじゃない?」



 そこに救いの女神が舞い降りた。

 全員でそちらを見つめると、俺の隣に何食わぬ顔で発言した為近がいる。思わず称賛が口からまろびでる。


「天才か?」


「わたしゃ演劇部だし」


 だったら演劇部なのに追い出されてることにもう少し危機感持ったほうがいい。

 俺は会話の流れで昔に聞いたことがある気もするが、残り三人は初耳なようだ。

 にわかにざわめき出す男子たち。


「おい君たちこのトヨタ様をもてなすんだ。他の班に絶対渡さないで!」


「誰がトヨタだ。私はベンツだ」


「お前は為近だろうが……」


 為近の発言の適当さはともかく、大道具で腐らせていい人材ではないと思うけどな。


 接待の言い出しっぺの小南は近くの椅子を持ってきて座らせ、九重はカバンから取り出したプリッツを差し出し、兼田はスマホで猫の動画を再生する。


「おい、花籠も」


「あ、はい。何をすれば」


「傅いて」


 為近様のご要望に応え、とりあえず真横にポジショニングし、頭を低くする。すると、その後頭部に細い腕を置かれた。女子の腕だ。

 それを見て何を思ったのか残り三人もその場で膝を着いて、腕を待っているように見える。が、置かれない。

 結果として、女を取り囲んで崇拝しているような異様な光景が出来上がった。


「いかがでしょうか」


「うむ、悪くない」


 謎の逆ハーレムが完成した。


 壁際で何やってんだ俺たちは。


「では我々にお知恵を貸していただけないでしょうか」


「任せんしゃい」


 こうして大道具のノウハウを伝授してもらうことになった。




 実際聞いてみると、演劇部というだけあって流石によく知っていた。曰く、ホムセンとダンボールがあれば全ては解決する、とのこと。あとは背景ボードという大きな背景用の木の板があって、毎年使い回してそこに絵を描いているらしく今年も同様だろうと。それを体育館の倉庫で見たと。

 すっかり感心してしまって、全体を仕切ればいいのにと言うと、そういうの本職がやると白けるでしょと言ってのけた。意外と空気読むんだな。だったら追い出されるなとますます思うが。

 率先して俺をイジり始める三人組の諸悪の根源的な何かだと誤解していたが、少しだけ見直すことにした。



 こうして光明が見えたきたところで、村雨くんがようやく登場した。


「ごめん。大道具に何してもらえばいいか、まだ全然目処が立ってなくて」


 それはそうだ。素人が一から企画して運営していくのが土台無茶な話なのだ。もう少し教師の協力があってもいいと思うのだが「これは授業の一環であり最初から最後まで自分たちの手でやり遂げることで得られるものもあるだろう」とのことだった。ちなみに隣のクラスを覗くとそちらの先生は参加していたので、やる気がないだけだろう。ろくでもない教師だ。


「多分背景を中心に頑張ってもらうことになりそうなんだけど」


 ちなみに逆ハーへの言及は特にない。ツッコむのも面倒くさいのだろうか。


「とりあえず段ボールでももらって来ようかって話になったんだけど」


 小南が立ち上がり、代表して発言する。

 兼田も九重も立ち上がる。いい加減恥ずかしいので俺もそれに続こうとするが、為近が腕で押さえ込んでくる。しかし所詮はか弱いおなごの腕力。無視して無理矢理立ち上がる。何が不満なのか為近は俺の横腹を無言で突いてくるのを払い除ける。


「それ良いね。使いみち沢山ありそうだ。手際良くて助かるよ。それなら置く場所確保しないと面倒くさそうだから、そっちは先生に相談しておくよ」


「面倒かけるね」


「ホント、面倒くさいよ。とりあえず日数に余裕あるし、明日からでいいから」


「おっけー、おつかれ」


 そういうと次は衣装班の方に小走りで立ち去った。人間あんなにかったるそうに小走りできるのか。なんだかんだ面倒見がいいやつだ。


「……じゃあ帰ろっか」


 小南の合図で案外早く解散になった。結局今日は腕置き係しかやっていない。


「お疲れ」


 それだけ言い合って自席に戻る。男子三人はそのまま駄弁っているようだ。

 為近とどうする?とアイコンタクトを交わすが、帰っていいんじゃないと相成った。

 帰るの歌だー!とよく分からない歌を熱唱し始めたアホは、そのせいで元いた班の人間に見つかってしまう。代表して深山が派遣されてきた。


「ためちーはこっちで残業ですよー」


「自分たちから追放したくせに連れ戻すというのか!!HA NA SE!!」


「はいはい演劇部なんだから人一倍働いてもらうからねー」


「くっ、花籠!あいるびーばっく」


「だったらはよ戻れ」


 サムズアップをしながら、トヨタはリコールされていった。


 自席に戻り、机の中のスマホをカバンに突っ込み帰る準備をする。その途中、為近が恨みがましくこちらを見つめていた。目が合ってしまうと、不機嫌そうに手を振られてしまう。世話になったし無視するのも悪いかと、悩んだ末、自分のカバンを肩に掛け、教室を出るときに小さく手を挙げておいた。

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