第5幕 配役決め略してハメ

 俺は友達がいない。


 こんなことを言うと有段者の方から無数のファンメールを頂いてしまうかもしれないが、それが今の俺の心境だった。

 この祖父母のいる街に引っ越して来たのが、中学も最終学年になってのことだったし、それからは病院通いでそれどころじゃなかった。学校では毎日疲れて爆睡だし、放課後も寄り道せず部活もせずさっさと帰ってしまう。


 中学二年生までは記憶にある限り友達に困ったことはなかった。かれこれ何十回と転校してきたが、いつも好奇心たっぷりに俺は迎え入れられてきた。机の周りには人が勝手に集まり、どこから来たのに始まりサーカスの人ってホント?のコンボで質問攻めされ、やってやってとせがまれて、俺はちょちょいと芸をしてやるのだ。そうするとあっという間に人気者になれた。放課後には友達を招いて遊んだり、サーカスを一緒に見たりしたものだ。


 でも、サーカスのことを伏せて高校生を始めてみるだけで、誰も近寄ってきてくれなかった。今まではイージーモードでプレイしてたんだなぁとしみじみ思ったものだ。深山はないものとします。


 さりとて、寄ってきてもらうのではなく、じゃあ自分から寄ろうにも近寄り方がてんで分からず、これといって仲の良い友達はいなかった。そもそも心に余裕がなく、楽しく遊ぼうという気持ちでもなかった。

 だから、母親に学校は楽しいかとよく尋ねられたけれど、ありったけの嘘で毎日の出来事を並べ立てるしか出来なかった。正直なところ、深山たちの存在は話に丁度良くて助かっていたりもした。


 なかでも特に昼休みというのはどうにもこうにもならない。あの時間ほどもぞもぞしてしまう時間もない。

 俺の場合は祖母が毎日弁当を作ってくれるので、学食ではなく教室で昼飯を食べることになる。


 厳密に言うと、別に絶望的にぼっちというわけではない。


 教室組の男子が机を集めて大きな塊を作るので、なんとなくふんわりと、その中に俺も混ぜてもらってはいる。


 嫌われてるわけでもない、と思う。


 ただ、大きな集団の中にも仲の良い小さな集団があって、俺がどこにも入っていないだけ。ただあまり自分には会話のパスが回ってこなくて、いさせてもらっているという気持ちがどうしてもある。そういう遠慮の心がずっとある。話したりはするけど友達というほどでもない、それが花籠くんなのだ。


 そして、そういう俺をちらちら見る女が教室にいるのが一番嫌だった。その昔、一緒に食べる?と誘われたことがあるが、頷くとでも思ったのだろうか。女子三人組に男一人教室で和気藹々とランチ出来るほど心が強くない。

 男子たちが固まって食べてるのにその横で女子に囲まれてる大して親しくもない男子。命を奪われても文句は言えない。

 そも奴らは友達ではなく、俺を弄って楽しいオモチャだと認識している節がある。よって感謝も相殺である。


 別にいまさら友達が欲しいとは思わないのだが、なんだかなぁと思うこともないではないわけで。


 だからこうして文化祭の役割決めとかでも、イマイチ相変わらずで、なんだかなぁなのだろう。おおよそクラスの出来事が他人事みたいだ。そもそも初めての文化祭なわけで、イメージが正直あまり浮かばない。


「それでは、ひとまず演劇をやることは決定しているので、何をやるかから決めたいと思います」


 前に立ち、堂々と司会進行をしているのは委員長科委員長目委員長の委員長。三つ編みおさげのメガネちゃんである。今年遂に文化遺産に登録され保護されることになったレッドデータイインチョウガールである。


「やりたいものがある方は挙手して発言してください。その中から多数決で決めたいと思います」


 俺は何も考えていないので当然静観。辺りを見回すと数人手を挙げている。そのうちの一人が委員長より指名された。寺生まれの九重君だ。


「ヤオヨロズレコメンド2!」


「死ねカスエロゲーじゃねえかこんなとこで名前出されるメーカーに土下座しろカス」


 委員長によりチョークをぶん投げられて一刀両断される。額に当たって呻いている。当然だ。せめて1にしろよ……。いや内容知らないけど。というか女子たちの顔がエグい表情をしている。関係のないこちらまで心臓が冷たくなる。だというのに、とうの本人は手を合わせてありがたく拝んでいる。エムなのだろうか。

 ちなみに件のメイド喫茶の提案者でもある。エムなのだろうな。


 しかしその一幕を見たことによりこのままではいけないと危機感を覚えたのか、女子からの挙手が一気に増えた。

 九重、まさかこれを狙って……!?

 そんなわけない。


「刀剣乱舞」


「まあいいでしょう」


「忠臣蔵」


「候補2」


「カブトボーグ」


「狂ってるの?」


「ロミオとジュリエット」


「候補3」


「High&Low」


「じゃあEXILE呼んできなさい」


「キングダム」


「じゃあ1万人役者連れてきなさい」


「ぶんぶく茶釜」


「ボケが弱い」


「シンデレラ」


「候補4ですね」


「映画泥棒」


「本編じゃないですね」


「ララランド」


「候補5です」


「よしもと新喜劇」


「候補6です」


 判断の切れ味が心地よい。書記の板書が追いついていないレベル。そして出てくる案の癖が強い。

 委員長は教室を見渡すと候補は出揃ったと判断したのかそのまま議決を進めていく。


「はいでは、この六択から決めていきます。分からないものはググってください」


 横で見守っていた先生が驚いた顔をしている。が、すぐにまあいいかと呟き目を閉じた。授業中のスマホは黙認された。適当な先生である。この先生にしてこの生徒たちあり。


 みんなでスマホで検索かけている間に、却下されたものが書記の手によって消されていく。カブトボーグは少し残してほしかった。


 そうして、黒板に残ったものは、


 刀剣乱舞

 シンデレラ

 忠臣蔵

 ララランド

 よしもと新喜劇

 ヤオヨロズレコメンド!Full Drive!


 書記が委員長にハリセンでぶん殴られた。両手で脳天へフルスイングだ。地球が破けたような凄まじい音が鳴り響いた。頭の周りを青いオシドリがハメハメハメと飛んでいるのが目に見える。


「どうして!ジジョーが男一匹が命をかけて皆に提案しているんだよ!これは不当な弾圧である!候補にくらい入れてあげてもいベフッ」


 委員長は、書記の顔を鷲掴みにすると、勢いよく黒板に叩きつけた。そのまま書記の頬を使ってその文字列を消した。

 書記ってそういう仕事つかいかたもするんだ……。


「さてと、では、この中から決を取りますので、希望するものに挙手してください」


 何事もなかったかのように、会議は踊らずに進んでいく。委員長のボケへの冷たいあしらい方が堪らないと、一部の男子から好評なのもさもありなん。九重が未だ拝み続けているのがその証左である。いや言うほどさもありなんか?


 委員長が一つずつ読み上げていく。誰がどこに投票されたか分からないまま、俺は唯一知っていたからとララランドに手を挙げた。


 全て読み上げ終わり、顔を上げると、


刀剣乱舞3票

シンデレラ8票

忠臣蔵4票

ロミオとジュリエット6票

ララランド2票

よしもと新喜劇8票


 ご覧の結果が待っていた。刀剣乱舞に負けた……。ちなみに無効票もあったらしい。


「同票ですか、どうしましょう」


 委員長の短い思案に、自称クラスのシンクタンクな本田が反応した。


「では二つに絞って再投票するのがスマートではないかな」 


 スマートが口癖の他称スマートホンダ略してスマホンは、メガネをクイッとさせても案外普通な分かりきったことしか言わない。


「よしもと新喜劇風シンデレラでいいんじゃない?」


 助け舟でやってきたのは為近の発言。クラス一同どよめく。その手があったかみたいな反応だ。スマホンは虚を突かれている。とりあえず再度眼鏡をクイッとしている。

 その後異議のある人を探したものの、全員まあうんいいじゃないくらいの反応だった。文化祭ってこういうものなのだろうか。さっさと終わらせて早く帰りたい雰囲気すらある。そんな俺の戸惑いをよそに、議論は締めに入った。


「それではうちのクラスの出し物はよしもと新喜劇風シンデレラで決定とさせていただきます」


 あちこちから拍手が鳴る。なんだかんだ悪くない感じに着地したなという風情だ。


 書記は泣いていた。九重も泣いていた。ついでにスマホンも泣いていた。禍根の残る民主政治だった。


 そして、そのまま次は配役決めに移るようだった。


 初めに主役となるシンデレラから。


「どういう形で決めましょうか」


 そんな委員長のあて先のないつぶやきに、


「自薦でよろしいのではなくて?やりたくない人にやらせるというものでもないでしょう。ちなみにシンデレラは私がやりますわ」


 揚々と挙手し発言してみせた女子がいた。


「では自薦を前提に希望者がいないときは推薦してもらいましょう。田中友子は継母役です」


「おかしいですわよっ!?」


 本人以外文句なし。口調が悪いよ口調が。悪い人ではないんだけど。結構本格的にお嬢様らしいが何故か庶民臭さが抜けないお嬢様である。目の前の席の彼女が好きなお菓子はコンソメWパンチらしい。Wというところが特に庶民ポイント高い。


「さてと、ではシンデレラをやりたい人はいませんか?」


 やはり目の前の席で、天を目指して手が真っ直ぐと伸びているが、それ以外は挙がらない。

 さもありなん。どう考えても責任が大きい。主役な上にお姫様役としてのルックスにもどうしても期待される。避けられるのも当然だろう。


「それでは誰か、この人をシンデレラ役にしたいというような人はいますか?」


 多数の手が一斉に挙がる。


「はい!はい!わたくし田中友子は田中友子お嬢様を推薦いたしますわ!」


 委員長は発言をガン無視。もしかすると、このクラスにイジメはあるのかもしれない。この二人仲良くいつもおしゃべりしているのになぁ。


 ともあれ、そういう変な層を除いて、おおよそ群衆から挙がる名前は主に二つだった。


「わたしは吹奏楽部があるからちょっと……」


 みんな大好き横溝さん。このクラスでは珍しいボケたりツッコんだりはしない女子。瑞々しく透明感のある、学年一可愛いとの評判もある横溝さん。大袈裟な異名とかも付いているとクラスのどこかから噂話が聞こえてきたこともあったが知らん。しかし、そんなクラス中の期待に反し惜しくも辞退の構え。

 翻って対抗馬は、


「私もちょっといろいろあれだから無理です」


 言い訳が壊滅的に下手な深山。

 このクラスでは珍しくボケたりツッコんだりをしない女子。ただし一部の人間の前を除く。おそらく内弁慶なだけ。可愛いかどうかは言及しない、癪だから。


「決まりですね」


 委員長の冷徹な判断に膝から崩れ落ちる敗北者深山。いつもそのくらい押しが弱ければいいのに。



 一方で王子様役はというと、百貫デブで名字がおおじの大路君、甘いマスクなだけの兼田君、そしてクラス1カッコいいと女子に大人気の女子林道さんにその他一名も候補。


 多数決をしてみれば、結果は林道さんの圧勝だった。女子票が集中したのが勝因だ。男子票は見事に分散した。


「ネタ的に美味しいかなと思ったんだけどなぁ」と言ってのける、美味しければ何でもいい大路君へのネタ票と、


「くっ、やはりぬきたし2じゃなくてヘンタイプリズンの方にしておくべきだったんだよジジョー……!」と九重と共に悔やんでいる、素材しか良くない男、兼田君で少ない票を二分する形となった。


 林道さんは、「こういうのは男子にやってもらってさ。アタシは義姉役とかやりたいんだけど」とのこと。自薦とは一体……。


 こうして役どころは委員長のテンポ重視の横暴により次々と決まっていき、俺はというと大道具に納まった。舞台に立たずに済むうえにそういう作業は苦手じゃなかったから自ら立候補した。役者組になりたくなかったし。ならずに済んで本当に良かった。



 なお、とある三人組が俺を王子様役に推す不穏な動きがあったが、主犯格にラインで愛を囁くことで命を奪い、何とか阻止することに成功した。悲しいことに、俺の愛の安売りが70パーセントオフくらいになりつつあった。

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