第36話 殺生石 其之三

 嵐のような輿のお披露目式が終わり、棟梁と職人たちと檀家たちが引き上げて行った。

 これほどの物を造っていただいた以上、私たちが旅に出るまで、この輿は最高の状態で保管しなければならない。皆で協議した結果、保管場所は寺の中の宝物庫と決まった。

 寺の者総出で宝物庫を綺麗に掃除し、保管のための空間を作ると、輿を慎重に運び入れた。

 さて、ここに入れた輿に間違っても魔が忍び寄ってはならない。

 源翁は、輿の周りに結界を張り巡らせ、旅立ちまでは誰も触れられない状態にすることにした。

 まずは弟子たちに、運び込まれた輿の四隅の延長線上に、檜の棒を四本立ててもらった。その棒を囲むように紐を張り巡してもらうと、源翁は退魔の香を炊いた。

 基本的には殺生石に施した結界とやり方は同じで、その四つの棒それぞれににお札を張れば準備の完成だ。

 私は、気を込めて退魔の経を唱えた。すると、輿を囲む紐にお札の霊力が流れ、輿の周りに退魔の結界が張られる。これで魔はこの結界の中には入れない。


 ついでと言ってはなんだが、本番まで使わない道具類も宝物庫へと入れることにした。こうしてまとめておくことで、最後の用意が容易になる。源翁は、弟子たちに道具類を持ってくるように促した。


 道具が入った籠が次から次へと宝物庫へと運ばれてきた。

 弟子たちは、籠が入る度にそこに何がいくつ入っているかを紙に書いていく。そうやって作られた目録を見れば、更に厳たる荷物の絞り込みができるというものだ。

 目録作りと荷物の運搬、宝物庫の扉に結界を張るのにも時間を要し、結局一日が終わってしまった。

 こういった大掛かりな遠征は準備が最も大変且つ重要で、それが遠征の成否の八割を占めると言っていい。いかに削れるものを削り、必要なものを多めに持っていけるかがコツで、理想論で言えば、現場で困ることが一切ないようにしなくてはいけない。有重からの荷物が届けば、更に絞り込めるだろう。


 夜もふけたこの日の最後に、私は弟子たちを集めた。


「皆さん。今日の突然の仕事を手伝っていただいてありがとうございました。まもなく、特注の金槌もこちらへと運ばれてくると思います。そうしましたら人足を揃え、恙無く出発したいと思います。私と共に行く者も、寺に残ってもらう者もそれぞれ自分の仕事を全うしてください。よろしくお願いします」

 弟子たちは、皆が緊張した面持ちで「はい!!」と力強く返事をしてくれた。

 こんな経験は一生できないかもしれないので、本当は多くの弟子を連れて行きたい。しかし、寺の管理もあるし、悪霊に対抗できるだけの力を持つ弟子は、贔屓目に見ても四人に限られているのが現状だ。

 残る者も行く者も、それぞれが良い顔をしているのが救いだ。普段からの瞑想と問答で自分の立ち位置がわかっているのだろう。


 翌日、まだ夜が明けて間もないのに、馬借が寺へと駆け込んできた。寺の玄関扉をガラッと開けると、ものすごい勢いで土間へと飛び込んで来て、中へと叫んだ。

「源翁心昭さま!!京の陰陽尞からの届け物です!!」

 朝も早すぎて誰かが出て行こうにも時間がかかる。それでもお構いなしに馬借が叫び続けたので、まだ白衣姿の下っ端の弟子が慌ててその対応に向かった。ようやく出てきたかという顔をした馬借は、源翁本人と話がしたいと言った。

 何でも急ぎだと言うので、渋々源翁を呼ぶことを承諾した弟子が、源翁の自室の襖を叩いた。

「大和尚様。早朝に失礼します!!」

「はい。何事ですか?」

 弟子の派手な足音ですでに起きていた私は、一枚羽織ると襖を開けた。

「京から来たという馬借が、大和尚さまに会いたいと申しています」

「分かりました。では、一緒に行きましょう」

 私は部屋の襖を閉めると、弟子と一緒に玄関へと向かった。床板が冷んやりとして足裏が気持ちいい。

 玄関には、今か今かといった感じで落ち着かない馬借が、足先を土間にペシペシ打ち付けながら待ち構えていた。

「あなたが源翁さまですか?」

「はい。私が源翁心昭です」

「私は、出雲からこの金槌を運んで参りました。その際、京の陰陽寮と金槌を創った職人の方から言付けを賜っていますので、まずそれをお伝え申します」

 どうやら安倍有重からも伝言があるようだ。

 有重は、あのポンコツ陰陽助に付いており、まだ京に戻る途中のはずだ。そんな中でどれだけ効率よく先読みした指令を出せば、こういう情報のやり取りになるのだろうか?今度、そのコツを聞いてみようと思う。普通に考えれば、これが届くまでに少なくとも一月はかかる。

「まずは、陰陽寮の安倍有重さまという方からの伝言です」

 そう言うと、馬借は懐から文を出して読み始めた。

「源翁さま。文による挨拶で失礼します。

 巷で殺生石と呼ばれるようになりました岩を浄化する為の金槌ですが、我が国に数多あるたたら場の中でも、最も重要且つ歴史のある出雲のたたら場に発注いたしました。彼の地で創られた鋼はどこの鋼よりも硬く、多くの神様に見守られて神聖でもあります。先日も申しました通り、出雲国造にお願いし、特別に儀式を施して国津神の力を入れ込んでおります。これを以て、邪に対抗して下さい」

「い、出雲国造に…」

 私は、思わず声が出てしまうほど驚いた。弟子とお互い顔を見合わせてしまったほどだ。

 出雲国造とは、出雲地方の統治者であり、杵築大社の頭目でもあり、天皇家の血筋でもある。

 杵築大社のお札や呪具は、大社の神主や職人たちが、純粋に大国主と素戔嗚尊の力を込めてくれているが、出雲国造が関係してくるとなると少し話が違ってくる。

 有重はそんな人物に本当にお願いしたのであろうか?そして、本当に杵築大社を預かる出雲国造が、大国主命を讃える儀式をしてくれたのだろうか?疑問は尽きない。何しろ、出雲国造は、大国主命や素戔嗚尊が怨霊にならないよう監視する立場にある。そんな朝廷から派遣された一門が、本当に国津神の力を引き出してくれるだろうか?と思ってしまうが、かなりの時を経た今の時代、大国主や素戔嗚を憐れみ、彼らを立てくれる国造がいるのかもしれない。

 その辺の情報は、有重なら当然調べているはずだ。だから心配しないでほしいと言う意味で文をよこしたのだろう。

 馬借には、込み入った話はせずに、当たり障りのない返事をすることにした。

「なるほど。出雲国造にお願いして、非常に頑丈で神聖な金槌を創っていただいたという事ですね」

 頷きながら納得した姿を馬借に見せると、馬借が続きを話し始めた。

「もう一つ、この金槌を創った職人からの言伝があります」

「是非、拝聴させてください」

「はい。職人の名前は伺えませんでしたが、彼が私にこれを託す時にこう言われました」

 そう言うと、馬借は私に両掌よりも少し大きな袋を渡してきた。流石に鋼で出来ているだけあってズシっと重い。

「この金槌は、角が立たないよう丸金槌にしており、非常に硬く、脆さもない最高級の砂鉄を用いて玉鋼を造っています。これで砕けない物はないと言っても過言ではありません。水は杵築大社で清められた水を使い、杵築大社のお札で創った炭を混ぜ込んであります。持ち手も大社で彫刻している職人に創っていただき、それだけでも退魔の効果はかなりのものです。それに加え、殺生石を祓うという大任を果たすべく、出雲国造さまに、大国主さまの力を注入する儀式をしていただいてます。触っただけで神の力を感じる逸品となったと思います。微力ながら、殺生石を祓うという大任の一助になれた事を誇りに思います。

 彼はそう言っていました」

「そうですか。鋼職人の技術と杵築大社の儀式のおかげで、私もいい仕事ができそうです。それをここまで早急に届けてくれた馬借さまにも感謝致します。皆様には、後は私に任せて下さいとお伝えください」

「はい。分かりました。私もこれを運べて光栄に思います。では、失礼します」

 源翁に感謝の意を表されてすっかり高揚した馬借は、深々と礼をすると鼻息荒く寺を後にした。きっとこの話は、彼の末代まで語られることだろう。

 源翁は、早速袋から金槌を出してみた。

 職人の言伝通りに、この金槌からは神籬で感じるような力強さと清らかさを感じた。お札から感じる力とは違い、大いなる自然と神の力を感じるのだから凄い。

 持ち手は非常に硬い木が使われているが、どうやって彫ったものか所々彫刻が施してある。しかも、どこを持っても持ちやすく、これならば頭部の力が伝わりやすいと思えた。鋼で創られたという頭部は不思議な形をしていた。円柱なのだがその両端が変わっている。片方は平面で、もう片方は凸面になっている。平面で石を大まかに砕き、凸面でより細かく砕く仕様なのだろう。

 退魔の金槌を、この短期間に考え抜かれた形にしてもらえた事に、私は感慨無量だった。

 これだけ神の力をヒシヒシと感じるのだから、本当に出雲国造自らが儀式をしてくれたようだ。出雲国造には、古代から受け継いだ多くの儀式があると聞く。その中には大国主命を封じるだけでなく讃えるものもあるのだろう。あの大社は秘密が多すぎて外にいる者には解りにくい。

 色々思うところはあるが、全てが終わったら、出雲へ直接御礼を申し上げにいかなくてはならない。

 私は、この素晴らしい金槌を袋へと戻した。出発まで大切に保管しなければならない。

 さて、それはそれとして、まだ届いていないお札や手に入れていない細かい物もあるが、必要な物はほとんどが揃った。そこで、私は、朝食をとった後、人足を揃えるために出かけることにした。その為には、全てが揃う日を逆算し、出発の日を定めなければならない。

 私はこの金槌を宝物庫へとしまい、扉の結界を張り直した。


 結界を張るのに時間がかかって、皆との朝食が若干遅くなってしまった。


 私は慌てて朝飯をかき込んだ。会いたい人物に会えなければそれだけ出発が遅れてしまう。すぐに外出の準備に取り掛かる。余りの慌てように弟子たちも走り回って出発の準備の手伝いをしてくれた。彼らにも朝の修行があるので、非常に申し訳なく思う。

 飛び出すように寺を出た私は、人夫の元締めの家へと急いだ。ほとんど小走りに近い速さで向かったものの、すぐに息が切れ、結局は早歩きになってしまった。

 誰か身体を軽くする術式を発明してはくれないだろうかと、自分の体力のなさを呪う。ただ、これが初めての訪問という訳ではなく、目的地には最短の道筋で向かっているので、何とか間に合うのではないかと思う。

 殺生石を運ぶという話は予め通してある。なので、今回の交渉は、出発の期日を前倒しできるかどうかの相談だ。色良い返事は厳しいとは思うが、何とか一日でも早くして貰えるようお願いしなければならない。


 私は何はなくとも人夫の家へと急いだ。彼が今日の仕事に出る前に話を通さなくてはならない。


 交渉先である人夫の元締めの名前は、小三郎という。

 彼はこの結城一帯の荷運びを取り仕切る人夫で、その仲間もまたその道の第一人者が多い。

 一つだけ良いことがあるとすれば、彼の家は寺からそう遠くない事である。結城の町の中心部に近く、多くの長屋が建つ町人街の一角にある。

 ようやく向こうに彼の家が見えて来た。味噌屋の隣にあり、板張りで他の家に比べればかなり頑丈な造りになっている。大きさも普通の長屋二軒分の大きさがある。いい仕事をしている証左だろう。

 家の中からは、朝食の煙が上がり、米のいい匂いが鼻に入ってくる。隣の味噌屋の匂いと合わさって、恥ずかしながらお腹が鳴りそうになる。先ほど朝食を食べたばかりというのにこれではいかんと、私は深く反省した。この匂いからするに小三郎はまだ朝ごはんを食べてはいないだろう。しかし、ここは、申し訳ないが話を聞いてもらおうと心を鬼にした。


 私は大きく息をして、小三郎の家の扉を叩いた。


「小三郎どのは居られますか?」

 中でガサゴソ音がした後、扉はすぐに開いた。

 中からは、上半身裸の青年が出てきた。いつ見ても大きな風体だ。力仕事ならこの男に任せておけば大丈夫と思える立派な体躯で、伸ばすに任せた髪は後ろで束ねてある。年もまだ二十代の半ばだと聞く。

 青年は鋭い目でこちらを見ると、軽く礼をした。

「朝早くにすみません。源翁心昭と申します。小三郎どの。少しお話よろしいですか?」

「まあ、いいですけど、こんな時間にどうしたのですか?」

 一瞬家の中の朝食をチラッと見たが、小三郎は私と話をする方を優先してくれた。

 私の目にも湯気を上げたご飯茶碗、味噌汁椀と不満げな顔をした奥さんが見えたので、素早く話をしなくてはならない。この世で最も恐ろしいのは、妻の雷というのは貴族から民草まで変わらない事実だ。

「実は、殺生石を祓うための道具が間も無く揃いそうなのです。そこで、出発の日程を早めたいのです」

 小三郎は、一瞬目を瞑って下を見た。できるか否かを考えたようだ。そして、すぐに目線を私に戻した。

「源翁さん。当たり前だけど、私たちも多くの仕事を抱えている。信用問題になりますので、今更決まっている仕事をできませんとは言えないのです。それに、前回の話から人足を逆算したのですが、やはり最低でも十二人は必要です。それだけの人数を前倒しで長期間確保するのは、中々難しいですよ」

 それはそうだろう。しかし、それを承知でお願いにきたのだ。一刻でも早く出発するために。

「はい。無理を承知でお願いに参りました。殺生石は一気に有名になりすぎました。その殺生石の場所が皆に知られるようになれば、それだけ悪意のある人間に利用される可能性が高まります。そうさせない為にも、なるべく早く出たいのです」

 小三郎は口を真一文字に結び、目を瞑って天を見上げた。

 そうもしたくなるだろうとは思うが、日本の未来がかかっているのだ。ここは頑張ってほしい。

「いただいたお話では出発は二週間後でしたが、いつ出発をしたいのですか?」

「できれば一週間前倒ししていただきたい」

「一週間も…ですか…」

 小三郎の顔は渋くなるばかりだ。

「どうすれば、可能になりますか?」

「単純に言えば、他の人夫にお願いすればいいのだが、その…やはり、人によって仕事の丁寧さが違うわけで…しかも、殺生石の件も私がこれと見込んだ人間にお願いしているので、中々代わりがおらんのです」

「分かりました。では、お客との間に結城直光どのに入ってもらい、お客にはそれなりの迷惑料も払います。それで日程の調整をしていただきたい」

「ふーむ。なるほど。それなら譲歩してくれる客もいるかもしれません」

「ここに結城の人間に来させますので、今回参加していただく予定の方々の予定をその人間に渡してください。あとは彼らが調整してくれるはずです」

「分かりました…それだけ事態は切迫していると?」

「その通りです。ここだけの話ですが、今回九尾の狐を封印できたのはたまたまです。あれが油断なく戦っていれば、一年後には関東はおろか日本がなくなっていたかもしれません」

「九尾の狐とはそれほどの妖なのか…」

 直接対峙した人間の話なので、小三郎も事の深刻さを理解してくれたようだ。それはそれとして、部屋の中の奥さんの目が怪異も真っ青なほど吊り上がって来たので、ここはももう潮時だ。

「最後ですが、もし、人足が足りないと思えば遠慮なく増やしてください」

「本当ですか?」

 十二人は必要だと言った時、小三郎は非常に悩ましそうな顔をしていた。本当のところはもう少し人数が欲しいのだろう。少し目立つが十五、六人までは大丈夫だろう。それに、有重はお金の事は気にするなと言っていたので、ここは人件費を遠慮なく使わせてもらう。

「今回の件は失敗できません。ですから確実な態勢で臨みたいのです」

 小三郎の顔が少し綻んだ。やはり相当ぎりぎりの算段だったのだろう。

「それでは、こちらも今日、明日中には皆と話をつける。それでいいかな?」

「もちろん。それで大丈夫です。人夫の皆様に殺生石について説明しましょうか?」

「いや、大丈夫。妖の事は源翁さんに任せます。俺たちは岩を運ぶ。それだけなんで」

「では、よろしくお願いします」

 おう!!と小三郎は元気のいい返事をすると、怖い目で睨み続けている奥さんの方へとそそくさと向かった。全て私のせいとはいえ、これから妖と戦うよりも数段恐ろしい戦いが小三郎には待っている。私は、手を合わせてそっと玄関の扉を閉めた。

 

 二日後の朝早く、約束通り小三郎は人数と運搬に必要なものを伝えてきた。出発も五日後に決まった。

「———なるほど。では人数分の食糧、水、丈夫な足袋と肩当てはすぐに手配します。それが滞り無く届けば、五日後にここを出るのでよろしいでしょうか?」

「ええ。大丈夫。集めた人夫達の仕事も向こう三ヶ月は外したし、人数も十六人いればなんとかなると思う」

「分かりました。では、今回参加してくださる皆々様によろしくお伝えください」

「分かった」

 小三郎は頷くと、これから仕事があると言って足早に寺を出て行った。やはり風のような人間だと思いながら、私は自室に戻った。

 いくら結城直光に取り持ってもらったとはいえ、これだけ日程を前倒ししたからには、調整には相当手間取ったはずだ。しかし、彼は苦労を全く顔に出さなかった。本当にできた男だと思う。

 こうして、大方の準備が終わったので、私は今までおざなりにしてきた部屋の整理をする事にした。

 机に乗ったままの書物を棚へと移し、散乱気味の書道道具を片付け、はたきで壁の埃を落とし、箒で床を掃いた。置いていく普段着を竹籠に入れて部屋の端に置くと、地震で落ちるといけないので、棚の仏具も手入れしてから竹籠へとしまった。たったこれだけの事だが、部屋が随分と広く感じられる。弟子達に身の回りは常に綺麗にしなさいと言っている手前、これからはもう少し気をつけようと反省した。

 最近は何だか反省ばかりしている気がする。もう少し年相応に識者然としたいのだが、人間なかなか性格というものは変わらないようだ。

 もう一度部屋を見渡し、もう掃除をする場所はないなと、机に戻った。

 ここに最後に残ったのは、弟子に渡す予定の経と呪文を書いた紙と割符(証紙)だ。呪文の紙を弟子に渡し、割符を違割符にならないよう秘密の床下収納に隠せば、この部屋には机と椅子と竹籠があるだけとなる。

 経と呪文を書いた紙を手に取ってじっと見た。怪異との戦いと殺生石の運搬時に必要な退魔の呪文が書き込んである。文字に間違いはないし、全てに対応できるだけの数も載せた。

 旅に同行する弟子たちの為にお節介で用意したものだが、彼らはすでにあんちょこ無しで誦じられるようになっている。あくまでお守り代わりとして持ってもらえばいい。今回の旅に同行する弟子は四人で、彼らは、すでに怪異との戦いに必要な呪法と封印維持の呪法を勉強している。もちろん、普段は曹洞宗の教えを学んでもらっているが、悪霊祓いは宗派で割り切れるものではない。山の妖には修験の方法が合うし、大陸の妖であれば尚更呪法も複雑になる。このことを理解して、様々な宗派の呪法を学んでくれた弟子達には感謝しかない。


 さて、最後はお金の管理だ。


 今回はかなりの高額を使う。だから割符は本当に慎重に扱わなければならない。私は、仕掛けを施した床収納の隠し保管庫に割符を入れた。保管庫は鉄製で、観音開きの戸の鍵は自分が持っているので、仮にこれを見つけたとしても開けるのは不可能だし、がっちり固定してあるので、持ち運ぶこともできない。

 この割符で調達した資金は、もはや私一人では扱いきれない額だ。ただ、信用度の高い朝廷の割符だったのでこうして支払は成立したし、人夫達の賃金も全額前金で支払えた。逆に言えば、これだけのお金を注ぎ込んだからには絶対に失敗できなくなったとも言える。

 まあ、失敗すればそれは即ち日本が滅ぶことにつながるので、朝廷には安いものだと思ってもらう他ない。

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