第18話 過去編 源翁心昭 其四

 それにしても、まさか源翁が『獣狩り』について聞いてくるとは有重も予想もしていなかった。最早、御伽噺としてしか通用しない話を信じる者など、陰陽寮の人間以外いないと思っていたのだ。

 ただ、聞いてきたからには真摯に答えなくてはいけない。


「源翁さまは、『獣狩り』をご存知なのですか?」

「いいえ、噂に聞いた程度です。しかし、噂や御伽噺というものは、何か元になる話があって初めて成立するものです。ですから、陰陽寮になら何か伝わっているのかもしれないと思ったのです。

 それに——大前提として、九尾の狐は普通の人間の手に負えるものではありません。兵士を何万人と向かわせても無駄なことです。それにも関わらず、九尾の狐は祓われました。これが普通の人間にできることとはとても思えないのです」

「そうですか…」

 普通であれば、巷に流布している与太話で済まされる『獣狩り』の話に事実を重ねるとは、並の鋭さではない。

 かく言う有重も、安倍有世が調べろと言わなければ『獣狩り』の存在自体がないと言い切っていただろう。これもきっと経験なのだ。世の中の常識を疑い、あらゆる角度から物事を考え、こうして真実を浮かび上がらせるようになるには、かなりの人生経験が必要だということだ。


「では、私の知っている限りのことを話します」

 有重が姿勢を正してそう言ったので、源翁は逆に驚いた。『獣狩り』については、いたのかどうかといった程度の話を聞ければ良かったのだが、より突っ込んだ話が聞けそうだ。

「源翁さまの予想通り、『獣狩り』と呼ばれる戦闘者は過去に存在しました。

 この九尾の狐が復活したという知らせが鎌倉からもたらされた時、第三位安倍有世さまは、私に『獣狩り』のことを調べよと命じました。そして、同時に九尾の狐を祓える人物を探せとも命じられました。

 私と頼子——ええと、私と司書で調べたところ、表向き『獣狩り』について現存する資料はありませんでした。しかし、過去の陰陽寮は未来の危機の為に、非常に分かりにくく細工をしてですが、『獣狩り』の資料を幾つもの書物に分けて残してくれていました。まだ、序論すら解析出来ていませんが、私たちは、『獣狩り』は一騎当千の力を持ち、その力は自然をも操るとされ、三人の武将がこの力を得た。という文言に辿り着いています」

「なんと…」

 これには流石の源翁も驚いた。陰陽寮にここまではっきりとした文書が残っていることにも驚くが、それを短期間で見つけたというその司書にも驚く。

 私は有重を見直した。

 これは相当に優秀な人材だと思う。若いので経験は足りていないが、この者は日本にとって非常に重要な役割を担う可能性があるとさえ思えた。


 さらに有重は続ける。

「但し、『獣狩り』を一人作るのにかかる費用は、貴族の屋敷を数軒建てるに等しい費用となります。これは、別の資料からの類推です。もしかするともっとかかるかもしれません。そして、『獣狩り』をどうやって創るのかについては、今後相当な時間を掛けないと分からないと思います。彼らの能力がどのようなものであったのかも同様です。

 一つ言えるのは、朝廷が資料という資料を捨てさせた事からも分かるように、その力は本物だということです」


 言いたいことを喋り切った有重は、頂点に達した緊張を和らげる為、茶を飲んだ。


 源翁は頷きながら、感想を言った。

「非常に興味深い話でした。『獣狩り』がいたという事は、切り札たりえるという事ですね。

 有重どのには、引き続き『獣狩り』について調べてもらいたいと思います。そして、未来のためにその知識を活かしてほしいのです。今後大きな怪異と戦う上で『獣狩り』は大きな役割を果たすかもしれません。話せる所までで良いので、今後、分かった事を私にも教えてください」

「承知いたしました」

 有重は二つ返事で了承してくれた。実際には中々難しいこともあるとは思うが、ある程度は期待してもいいだろう。


 ただ、陰陽寮にも朝廷にも反省を促さなければならない。 


 九尾の狐が倒されてから大凡二百年が経つ。その間、大きな怪異が出なかったこともあり、陰陽寮は怪異予防の為の戦力を作って来なかった。その結果、陰陽師も坊主も神職も大きな怪異を祓う力を失ってしまった。『獣狩り』を創らないと決めたのであれば、その代替案を策定するのが行政ひいては陰陽寮の役目だ。これは陰陽寮と朝廷の失策だと言える。どんな理由があろうと、危機に対しては何らかの対抗法を講ずるべきなのだ。

 全てを終えられたら、『獣狩り』の研究に加え、怪異への備えを有重を中心に策定してもらわなければならない。


 さて、未来のことより今のことだ。九尾の狐の祓い方を、これから短時間で自ら考えなければならない。

 まず、源翁は安隠寺の倉庫の中身を思い出してみた。ほとんど使ってしまって、お札も道具も全く足りていない。

 これでは、どうあっても九尾の狐は倒せない。いくらかかるか分からないが、そこは用意してもらわないといけない。まずはその話からしよう。源翁は有重に費用について話す事にした。

「次に、費用ですが——」

「それは心配しないでください。必要なのもがあれば『いくらかかろうと』必ず用意します」


 なるほど。流石の朝廷もそこはケチっている場合ではないと判断したのか。関東が滅べば、次は京都だ。朝廷は相当に焦っているのだろう。


「では、しばし待って下さい。今一度考えに入ります」


 源翁は、目を瞑り、自分の中に在る宇宙に身を委ねた。またしばしの瞑想に入る。

 これから、数多ある自分の内なる世界で、何人もの自分に問いかけ、『答え』を探す旅をする。当たり前だが、その内なる世界の分だけ解が発生する。できる事、できない事、少しできるけどできないこと。今は散らかっているその解を、冷静に最終的に一つに統合して答えを出すのだ。これこそが、禅僧の得意とすることだ。


 すぐに瞑想に入った源翁は、真っ暗で周りの音が聞こえない世界にいた。

 ここで、自分自身に問答を繰り返す。


 まず私の年齢だ。私は、すでに五十六を数える。これは少し問題だ。次に身体。幸い足腰に問題はなく病気もしていない。普段から摂生しているお陰で、動きは若い者にも負けない。最後に実力だ。怨霊、妖封じの場数は、相当踏んでいるという自負はある。

 次に、何らかの形で人間の限界を超えた能力を付与された者——所謂『獣狩り』のように私はなれるのかと、自分の中の誰かに問うた。答えは当然「否」だった。私の肉体で、そんな事ができるはずがない。

 では、術式と機転で、『九尾の狐』のような強大な妖と戦えるかと問うた。答えは「可」だった。

 本当に?

 自分でその答えに驚く。どこを見るでもなく、思わず目を開けたままにしてしまったほどだ。しかし、普段から全ての真理に答えを求め、禅問答を繰り返している自分の中の一人が出した答えだ。そこには必ず根拠がある。

 私は可とした理由を答えを出した自分に何故かを問いただした後、すぐに違う自分に同じ質問をした。ここでも近しい考えになれば、その「可」という答えにも自信が持てる。

 答えは、部分的に「可」というものだった。

 私は棒立ちの状態で、何人かの自分に幾度となく同じ問答を繰り返した。それぞれが納得する答えを出してくれた。

 こうして、自身の中に内包される宇宙が広がっていき、様々な解が生まれた。そして、問答の答えが一つの答えへと収束していく。


 数刻の後、源翁は目を開けた。何千人と言う自分と語り合い、出した答えを有重に言わなければならない。

 有重の緊張感みなぎる目と、私の目が合った。


 自室は静かだが、源翁と有重の出す火花のような緊張感は、台風のように轟々と音を立てていた。

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