第16話 ラルゴンのイケメン辺境伯あらわる

 実りの収穫期がやって来た。

 今年は過去最高の農産物の出来高で、ロズワルド中が沸き立っている。

 そんな中、ラルゴンのイケメン辺境伯様がやって来るらしい。

 今年納めるお米をたんまりと携えて。


 今度こそ、イケメンと名高い辺境伯様に会える。楽しみだ。


 貯蔵庫には、今年取れた農産物が次から次へと運び込まれていく。それに伴い 城内は人々の出入りが激しくなった。


 陛下様もロイドさんも、来客対応に おお忙しだ。

 こうしてみると、城内に女性がこんなに、居ることもめずらしい光景だ。

 華やかな活気と、柔らかい笑い声に溢れた空気感とが、城 全体を包んでいる。


 女性が居ると云うだけで、こうも城内が明るくなるとは。

 女のわたしが言うのも変だが、この城に足りなかったのは女性だ。

 女性の明るさだ。


 雨女のわたしが、あえて言わせて頂くと、

 元始 女性はじつに太陽であった。なのだ。


 もっと、城内で働く女性を増やして貰おう。

 このままだと、むさいおじさんばかしだもの。


 後日、わたしは執務室に向かった。


「むさい おじさん だとぉ。」


「なにも、国王陛下様を言っているのでは、ありません。

 この城には、女性が少な過ぎるのです。

 わたしは、女性の起用をもっと考えてほしいと言っているのです。

 人にもよりますが、女性は丁寧な細かい作業に長けています。

 なによりも、城内が明るくなります。

 もっと言えば、国王陛下様は、女性を周りにおくべきです。」


「んん?凛?」


「このままだと、国王陛下様も、むさいおじさんになっちゃいますよ。」


「りぃーん?」


「あっ、ごめんなさい。言い過ぎました。」


「まったく、凛は予想だにせぬ事ばかり言い出す。」


「ごめんなさい。

 国王陛下様がもっと、笑っているのがいいなぁと思って…」


「凛…そのような事を思うておったのか。

 ならば、凛が余を笑わせてくれればよいではないか。」


「もちろんです。

 でも、わたしみたいのが、もっといれば、もっと笑えるでしょ。」


「フッ そうかも知れぬな。

 そうだ。凛に伝えねばならぬ事があったのだ。

 今週末にイケメン辺境伯が来城する。

 凛に雨降らしの礼がしたいそうぞ。」


「きゃ、やっと会えるのね。

 お針子さん達から、噂は聞いていますよ。

 やっと お会いできます。

 お礼って、何だろう。楽しみぃー。」


「凛。雨巫女としての品位を欠くことのなきよう努めよ。」


「了解です。」



 そしてラルゴンの辺境伯様がやって来た。


「国王陛下 今年は最高にして最良の農産品をお持ちしました。

 全ては、陛下の采配と雨巫女様のお陰でございます。どうぞ、お納め下さい。」


「うむ。

 夕食の晩餐まで、ゆるりとされよ。

 雨巫女には後程、引き合わせようぞ。」


「国王陛下、有り難き幸せにございます。」



 わたしは、漆黒の雨巫女スタイルに身を固め、今をおそしと その時を待っていた。

 ロズワルドいちの美男子、想像は膨らむばかりだ。

 あれこれ妄想していると、陛下様とロイドさんが現れた。


「凛、参るぞ。

 くれぐれも品位を欠く事の無き様に。

 手にキスされるのが嫌であれば、常時、後ろ手にしているように。」


「分かっていますので、ご心配は無用にございます。」


 わたしは、ツンとすまして言ってみた。

 陛下様は、そんなわたしをまじまじ見てから、

「凛…

 少し、化粧が濃くはないか?」


「ロイドさん、国王陛下様を一発、グーでなぐってもよろしいでしょうか?」


「はい。よろしいかと、思われます。」


 そんな会話をしつつ、客間に着けば、ロイドさんが先に中に入って行った。

 少しして、ドアがあき陛下様とわたしが入る。


「雨巫女をお連れした。」


「雨巫女様におかれましては、ご機嫌麗しく、御目にかかれて、光栄にございます。

 ラルゴンの辺境の地より参りました。

 アーサー ・クレメンテ ・アンハルトと申します。

 巫女様の雨降らしのお陰で、豊作に恵まれましてございます。」


 あれこれと想像した辺境伯様はやっぱり凄まじい美男子だ。

 陛下様に負けない体躯をもち、オパールの様な不思議な瞳の色をしていた。

 整った鼻と口は、聡明な印象を醸し出している。

 刈り込まれた短髪が、若々しさを演出し清潔感をより際立たせていた。

 陛下様、ロイドさん、辺境伯様、三人揃うと ことさら凄まじい。

 まるで少女漫画さながらだ。


「わたくしの力がお役に立てて、嬉しく思います。」


「雨巫女様に会える日を夢見ていました。本日はお礼にオニキスと云う宝石を献上いたします。

 雨巫女様が身に付けるにふさわしい宝石です。」


 差し出された宝石は、首飾りに仕立てられており、漆黒の光をたたえた見たことも無い大きな物だった。

 言葉に詰まり、陛下様に視線を送ると、陛下様は微笑み頷いた。

 戴きなさいと云う事なのだ。


「ラルゴンの辺境伯様、ありがとうございます。

 大切に致します。」



 ロイドさんが晩餐に向かうよう、みんなを促した。陛下様は後から行く事になる。みんなが客間から居なくなったのを見計らって、


「国王陛下様、戴いて良かったのでしょうか。」


「凛よ。くれると云う物は貰っておくものだ。

 そんな事より、顔が赤いぞ。辺境伯に惚れたか。」


「はぁ?

 国王陛下様、品位がございませんことよ。

 確かに超が付くほどのイケメンだったけれど、わたしの好みでは無いわ。」


「えっ そうであるのか?凛よ。」


「みんなが みんな 、イケメン好きって訳ではないわよ。

 それぞれ好みがあるの。外見だけでもないしね。

 わたしは、国王陛下様の瞳の方が好きだもの。」


「凛…

 で‥あるのか‥コホンッ

 皆が待っておる。晩餐に向かおうぞ。

 凛も、晩餐に参加いたせ。」


「えっ、いいの?」


「但し、品位を損なうような、ドカ食いは控えよ。」


「はぁ?」


 陛下様はその晩餐終始ご機嫌だった。

 いつになく、饒舌でラルゴンの辺境伯様と話が合うようだ。

 ロズワルドの将来を熱く語り合う、若き指導者達。

 わたしは、その眩しさに目を細くするばかりだった。

 と唐突に辺境伯様が話をふった。


「噂には、伺っていましたが、雨巫女様がこんなに美しい方だなんて…

 雨巫女様を一人占めしている陛下様が羨ましいです。

 是非とも、ラルゴンにお招きしたいのです。雨巫女様がよろしければ、一年でも二年でも…いえ、一生でも。」


 急に矛先を向けられ、ぱっくり口をあけフリーズしているわたしの代わりに、陛下様が答える。


「断る。酔ったか、辺境伯。」


「陛下っ。俺は酔ってますよ。

 しかし、雨巫女様に伺っているのです。」


 二人の射るような目線が同時に向けられる。

 ここは品位をたもたねばならない場面だ。


「ラルゴンの辺境伯様、ありがとうございます。

 今、ロズワルドにとって大変重要な時です。

 私と国王陛下様は或るミッションを続行中なのです。

 内容は申せませんが、それが完了した暁には是非とも、ラルゴンに遊びに伺いますね。」


 にこりと微笑む。

 どうた。完璧な受け答えだろう。二人を同時に、手のひらで転がす手法だ。

 案の定、二人は各々が納得し、ほくそ笑んでいる。

 若き指導者、撤回。この酔っぱらいどもは暫し、くだらない武勇伝を競い合っていた。

 わたしは、最後まで驚いたり、微笑んだりして聞いていたのだ。わたしも大人になったと思いながら。


 ラルゴンの辺境伯様から戴いたオニキスの宝石は、ふたつと無いとても高価なものらしい。

 わたしは、ラルゴンの辺境伯様の前で着けたところをお見せしないと、失礼に当たるのではないかと思い至った。


 辺境伯様がお帰りになる朝、初めて胸元のあいた漆黒のドレスを着た。胸元ぱっくりにオニキスを身に付け、お見送りをしたのだ。

 恥ずかしいけれど、この方がオニキスが映えるから仕方ない。わたしも大人になったと思いながら。

 それにしても、大きすぎて、ずっしり重い。肩懲りしそうだ。

 それでも笑顔を絶やさず、お見送りに手を振ると、お天気雨がパラパラと音を立て、城に虹を架けた。

 それは、ロズワルドの未来の繁栄と幸福を思わせた。


 ラルゴンの辺境伯様は、ことのほか感激され帰って行ったのだった。やれやれ。

 品位は保てただろうか。


 陛下様は、なにも言わずただただ頷いていた。


 そんな陛下様に誘われて、二人で虹を見ていた時だ、虹をくぐり抜け龍が向かって来たのだ。

 突然の事に、声を上げる間も無く意識が薄れて行く。

 ロイドさんが、慌てて駆け寄ってくるのが見えた。

 しかし、おかしい。これは見下ろしている光景だ。

 んん?

 そこには、陛下様に抱き留められているわたしの姿…わたしがわたしを見下ろしている。

 ええと、わたし…死んじゃった?

 なにがなんだか分からない。

 兎に角、もといた体に戻ろうと必死にもがいた。

 やっとのこと 陛下様めがけて、渾身のダイブをしたのだ。陛下様ならきっと、受け止めてくれると信じ。

 そして、かなりの衝撃と共にわたしの体に帰って来た。直後、更なる激しい衝撃で龍がわたしの体を捕らえたのだ。

 陛下様が抱き留めていなければ、おそらく粉々に砕けちっていただろう衝撃だ。

 そして、わたしは意識を手放した。

 勿論、少しも怖くはなかった。

 なぜなら、陛下様がわたしごと龍を受け止めてくれることを理解していたからだ。


 案の定、わたしは丸三日間意識が戻らなかった。



「凛、戻ったか。

 大事ないか?」


「国王陛下様は大丈夫なの?

 わたし…国王陛下様に無理させたよね?」


「余を見くびるでない。」


 陛下様は何事も無かった様に穏やかな面立ちで、わたしの傍らに居てくれる。

 ほっと安心して体を起こすと、ロイドさんはわたしの目の前に、そっとオニキスの首飾りを置いた。

 その大きな漆黒の宝石を前に、ロイドさんは出来事を語りだした。


「陛下、リン様。

 私は、幽体離脱したリン様が体に戻られた直後に龍がオニキスめがけて滑り込んでいったのをはっきり見ました。

 オニキスは持ち主を邪気から守り潜在能力を最大限引き出すと聞き及びます。

 そしてこの宝石には、龍が宿った事になります。リン様だけが身に着ける事を許された首飾りだと思われます。リン様を守り、力を引き出すアイテムに成り得たのではないでしょうか。」


 わたしは、恐る恐るオニキスを手にした。

 とたんに漆黒の宝石は輝きを増していき、光を放出すると、漆黒の内に鮮やかに龍が浮かび上がったのだ。

 それと同時に、さっきまでずっしりと重かったオニキスが、手の中ですうっと軽くなっていくのがわかった。


「こんなことって…

 オニキスがめちゃめちゃ軽くなった。」


「凛よ。

 そなたには、驚かされる事ばかりぞ。

 とりあえず、パンケーキ、いっとくか?」


「はい。

 もちの ろん でございます。」


 前回の 失心しっしん以降、三日間の体力回復期間を経たのちのパンケーキが、定番化された。

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