第15話 雨と龍 そして凛


 ロイドさんは忙しい時間を裂いて、時間をとってくれた。

 わたしは一日も早く、雨降らしをコントロールする力を得たい。それこそが陛下様に恩を返せるひとつでもある。


 それには、あの日の事を思い出さなくてはならない。

 わたしは陛下様に激しい怒りを感じそれをぶつけた。その日から龍は現れ豪雨となった。


 ロイドさんはわたしが龍を連れて雨雲を切り裂きながら天に登って行くのを見た。

 そして雨は止んだ。

 しかしわたしはそんな記憶は一切無い。


 龍はわたしが誘導していたんだろうか。

 発生と消滅に関わっているなんて、大それた事があるんだろうか。

 もしそうだとしたら、雨巫女どころか、雨疫病神だよ…

 怖すぎるよ…


 しかしこれをつまびらかにしないと前には進めない。

 もう逃げない。わたしには強い味方が二人もいる。


 わたしは雨を掌握して、陛下様に言ってやるんだ。

 いつまで、そんな場所で ぐじぐじしているの と。


 朝 待ちきれずに書庫に向かった。

 最近は部屋より書庫にいる時間の方が長いかも知れない。

 この間は、何気に開いた冒険ものの本に、落書きを見つけた。

 拙い文字で、カッコいい ぼうけんしゃになる と書いてあった。思わず、吹いてしまった。王様じゃないんかぁーい。

 陛下様にも、こんな子供の頃があったんだなぁ

 陛下様とわたしの秘密にしよう。わたしはそっと元の場所に本を戻したのだった。


 暫くしてロイドさんがやって来た。


「ロイドさん、おはようございます。

 忙しいのに、ごめんね。」


「リン様、おはようございます。

 遅くなりました。」


「凛、余も同席いたす。」


「うわぁ でたぁ 国王陛下様。」


「はぁ 凛よ。

 でたぁは、やめてくれぬか。」


「ごめんなさい。

 国王陛下様も一緒だなんて、思わなかったから、びっくりしちゃって。」


「余も知りたいのだ。

 さぁ 鬼がでるか仏が出るか。どちらよのぅ。」


「面白がってますよね。

 もうぅぅ 帰って下さい。」


「すまぬ すまぬ。

 どちらにせよ、余がしっかり受け止める故、安心せよ。と云う意味ぞ。」


「そうならそう言って下さい。

 国王陛下様とロイドさんが頼りなんですから。」


 よかった。顔を合わせるのが少し気まずかったけど、陛下様はいつもの陛下様に戻っている。


「リン様、あの日をおさらいしてみましょう。

 あの日 私は、祭壇の前で災害地域を俯瞰ふかんしておりました。」


「はい。その時わたしは城の地下通路を通り、ロイドさんに会いに来ました。」


「凛は何故、ロイドに会いに来たのだ?」


「はい。雨を止める為に、わたしを元の世界に戻してもらおうと考えたんです。

 でも、ロイドさんを見て、それは叶わないと思いました。

 ロイドさんに何かが起きている事は直ぐに、分かりましたから。あれは幽体離脱ですよね。

 落ち着いて、自力で何か出来ないかと考えている内に意識が無くなってしまったようです。

 まったく、それからの記憶がありません。」


「私は、マディソン地区まで避難指示を出した後も、天上に居りました。

 後方から風を感じ、振り向くとリン様が凄い速さで私を追い抜いて、あっという間に天に消えてしまったのです。

 その後から、リン様の言われている龍が、風を起こし雲を蹴散らしリン様をおわれて、天に消えていきました。私は、夢を見ている心地でした。

 雨雲が消え、陽がさすまで、あっという間で、私は身動きひとつ出来ませんでした。

 それから 直ぐに、体に戻ると、意識を失ったリン様を見つけたのです。

 ここからは陛下もご存知の通り、リン様は三日間、目を覚ましませんでした。」


「雨と龍は間違いなく、相関関係にある。そこに凛はどう関係しておるのであろう。」


「陛下、リン様と龍に因果関係があるとは、考えられませんか。

 龍はリン様の跡を追って行きました。或いはリン様が龍を誘導して行ったのかもしれませんが。」


「凛は、雨を止ませたいと切に願っておった。

 龍は余や他の者には見えぬ。ロイドには見えるのだな?」


「陛下、私には、形の変わった雲に見えるのです。以前、リン様がそれを龍と呼んでいらしたので、私もそう呼んでいます。他の雲とは明らかに異質で、まるで生き物のようなので、直ぐに分かりす。」


「わたしはあっちの世界に居た時から、いえ 物心ついた時から龍を見てました。んん 付いて来ると云うか…やって来ると云うか…そうすると、決まってどしゃ降りになるんです。

 誰に聞いても、龍なんていないと言われてしまって、だんだんわたしも、言わなくなったけど、大切な日には必ず現れて、ザアザア雨になるんです。

 だから、わたしを知る人は わたしを雨女と呼ぶんです。」


「んん。 雨女とな?

 ロイドが凛を雨巫女として選んだ訳は?」


「はい、強い力を誰よりも感じました。私とぴったりの波動で、もはや離れられなかったのです。

 私は、召喚の力を殆ど使っていないのです。リン様は自ら来られたと云っても良いでしょう。

 私も、初めてな事でした。救世主にちがいないと確信しました。」


「凛よ。

 そなたはいったい、何者ぞ。」


「ふええぇ

 何者なんでしょうねぇ。」


「まったく、緊張感の無いヤツぞ。」


 これから わたしと龍の因果関係を解き明かしていく事になる。

 しかし、それは慎重にしなければならない。無闇に龍を呼べば、災害を起こしかねないのだ。

 そんな事が万にひとつもあってはならない。

 明日から、いや 今から わたしのやる事は決めた。

 苦手な座学ではあるけれど、この書庫の隅から隅まで本を読みあさり、龍にまつわる全ての事柄を見つけ出そう。それをもとに仮説を立ててみよう。

 そうだ 、読書は嫌いじゃない。雨女のわたしとしては、小さい頃から慣れ親しんだ娯楽だ。龍のお話しも絵本、童話、昔話、冒険小説、歴史小説、伝説、ラノベ、そしてコミックと、何冊も読んでいる。むしろ、得意な分野だ。

 気象現象から一旦離れて、今一度 わたしの今の立場から検索してみよう。

 ヒントが見つかるかも知れない。

 陛下様とロイドさんもわたしと龍の因果関係を解き明かそうと模索してくれている。




「凛、書庫に寝泊まりしておるのか。」


「国王陛下様、ご機嫌麗しゅう。

 わたしは ご機嫌ですよ。ここは、パラダイスですから。」


「変わった者よ。

 凛、気晴らしに余とデートせぬか。」


「ん?デート」

 有無を言わせないのが、陛下様の上等手段だ。

 わたしは手を取られ、あっという間に馬に股がっていた。

 久しぶりの馬上デートに、少なからず胸が踊る。やっぱり陛下様の走りは大好きだ。

 なんだか すごく懐かしい感じがするのだ。ずっと前に…


 この頬を撫でる風、風の裂け目に向かい髪をなびかせて進む。何でこんなに胸が締め付けられるんだろう。


「そなた 初めて余と乗馬の折も、臆せなんだ。

 この速さ、恐くは無いのか?」


「こわい?

 ぜんぜん。もっと スピードアップでお願いしまぁーす。」


「ほう、大したものだ。ならば、しっかり捕まっておれよ。」


 陛下様は一気に速度を上げた。

 やがて目の前が開け流れて行く景色が止まった。見渡す限りのジャガイモ畑だ。

 小学校の特別活動でジャガイモを育てたから、この花は知っている。可愛らしくて好きだ。


 わたし達の進む道は一面のジャガイモ畑を横断する。

 走っても走っても一面のジャガイモ畑だ。

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 …

 こんな詩歌を思い出してまぶたをしばたいた。

 時折、遠くで鳥のさえずりが聴こえる。

 永遠がそこに有るかのように噂している。

 時を忘れ、永遠に身を委ねていると、雨がやって来た。

 ふと我に返り陛下様を見上げる。


「凛、あいさつ がわりに 暫し 雨を降らせようぞ。」



 陛下様とわたしはジャガイモ畑を縦横無尽に飛び回り、雨を降らせた。

 ジャガイモ畑の中央にポツンとある城に着いた時には、薄暗く夜のとばりが落ちようとしていた。


「ええぇ~

 今晩、ここにお泊まりですかぁ?

 ええぇぇぇ〜 」


「書庫に寝泊まり出来るのだから、何の事は無かろう。」


「凛、龍はおったか?」


「今日は見ていませんが、国王陛下様が龍に見えました。雰囲気まるで一緒でしたよ。」


「余と龍がか?

 なんと、面妖な。」


 ジャガイモ畑の城では、この地区の統治を任されている男爵様が出迎えてくれた。文字通り、男爵いもだ。そんな事を考えて、ニヤついてしまった。

 いも男爵様は、夫妻で手厚くもてなしてくれた。見た事も無いジャガイモ料理がテーブルの端から端まで並べられた。

 さすが いも男爵様、いもを知り尽くしている。どれも絶品で、舌を巻いた。

 いもの種類の多さにも驚かされた。料理の用途によって品種が使い分けられていた。


 次の朝、すっかり雨は上がっていた。

 何と無く こうなるだろうとは思っていたが、全く根拠がない。わたしの精神が安定しているからなのか。陛下様が一緒に居てくれるからなのか。

 わたし達は、程よく必要な量の雨を降らせた。

 わたし達は名残惜しそうな、いも男爵様夫妻にお礼を言い、雫に輝くジャガイモ畑を後にした。

 実はこの雨降らしは陛下様によって事前に計画されたものだったのだ。

 陛下様も何か、仮説を立てていてその検証を兼ねているらしかった。


「凛、ここから太陽を背にして、北に向かう。」


「はい。国王陛下様。」


 馬は翔ぶように進む。

 広大なジャガイモ畑を一気に飛び抜け景色は変わっていった。


 わたしは龍出現に気を配りながら、昨日の雨の降りだす切っ掛けを考えていた。

 あの時、一面のジャガイモ畑を前に雨の事は全く頭の片隅にも無かった。

 ポツポツ来た処で、はっと雨が降っていなかった事に逆に気が付いたのだ。馬を走らせてから随分たつにも関わらず、雨は遅れてやって来た。

 陛下様の雨を降らせるぞの言葉に頷き、すんなりと、雨 解放みたいな気になった。


 あの違和感の無い感じはどこから来るのだろう。

 雨から心が離れていれば、降る時間を遅らせる事が出来ると云うのか?

 と云う事は心頭滅却すれば、雨は降らないのか?

 わたしには、心頭を滅却など出来る訳がない。

 やっぱり、何にも解らない。


 この道はラルゴンに続く道だ。もうこの辺りから、稲作地帯が広がっている。南の小麦に北の米と云われるだけあって、ここから北の辺境の地まで 余すところなく米が作られる。

 稲作にとって雨は極めて重要だ。今ここには雨が必要なのだ。


「国王陛下様、雨 解放しまーす。」


「凛、解放いたせ。」


 雨は降りだした。

 ポツポツからしとしと、そしてザアザアへと。

 軽い。心がすんなりと全てを受け入れている。

 なにか足枷あしかせが外れた様な軽さを感じる。枷が外れた精神が凛の器の中を軽快に飛び回る。

 こうなるのは、分かってた。しかし、なにも根拠はない。ただ、この雨は明日には上がっているだろう。

 根拠は無いけれど、そう成る事は分かっている。


「今宵は、あの丘のホーニヨ城に参るぞ。」


「きゃい

 今晩はどんな米料理が食べれるんでしょうね。楽しみぃ。」


「ふっ、相変わらず、食い意地が張っておるの。」


「ふん。何とでも言って下さい。

 国王陛下様の言う事なんか、ぜんぜん気になりませんから。」


「ほう、たくましいのぅ。

 ならば 凛に付いてまいろう。」


「はい。国王陛下様。」


 ホーニヨ城の主は物静かな初老の伯爵様だ。

 伯爵婦人はすでに亡くなられていたが、大勢の信頼の置ける人達と暮らしていた。ひとりは寂しいもの。伯爵様は心穏やかに、祈りの有る生活を送っていた。

 いったい この静かな魂は、なんだろう。伯爵様からは言い知れない慈愛が漏れ出している。

 祈りとは…

 こんな精神安定の方法もあるのか。


 城には食事前になると鐘の音が響きわたり、人々は静かに胸に手を当てる。

 これが三度 の食事毎に行われるのだ。全てに感謝し、今の自分自身を受け入れるのだそうだ。

 今のわたしには 自身を懐疑する中にあって、一番難しい事だっだ。


 物事には、どうしようもない事がおこる。

 全てをやり尽くし ほどこしても尚 、叶わぬ事が普通におこる。

 せめて わたし達は、その訳が知りたい。どうして、そうなってしまったのか。

 なにが、いけなかったのか。

 落ち度は、どこにあったのか。

 しかし それもまた、叶わぬ事なのだ。大切な物事程、なにも 分からぬまま前に進むしかない。



「国王陛下、雨巫女様、お会い出来て光栄にございます。

 この度の雨降らし 誠に有り難き幸せにございます。

 雨巫女様は、こんなに美しい方だったのですね。妻への冥土の土産になりました。

 国王陛下、ここまでお出ででしたら、もう少し 足をお伸ばしになり、ラルゴンの辺境伯殿にお会いになられてはいかがですか。

 この間の雨降らしをたいそう喜ばれていらしたのです。

 彼は、国王陛下の崇拝者ですから。

 それに雨巫女様に会えず仕舞いだった事をことのほか、嘆かれていらっしゃいました。」


「いや、良いのだ。ラルゴンには十分に雨を降らせた。

 これ以上、巫女に負担も掛けられぬ故。」


 わたしは眼をぱちくりさせながら、二人の会話を聞いていた。

 陛下様はラルゴンのイケメン辺境伯様をどうしてもわたしに会わせたくないらしい。意外と陛下様、ちっちゃいぞ。


 わたし達は、こんな道中を送りロズワルドの城に帰って来た。

 楽しかった。美味しいご当地ご飯もいっぱい食べた。


 雨降らしについては何の根拠も掴めなかったけれど、わたしの心は霧が晴れて見通しがきいていた。


 そんなわたしを、評価してくれたのがロイドさんだ。


「リン様、流石にございます。

 リン様のスキルは今後ますますアップされるでしょう。」


「ロイドさん、実はわたしもやる気しか沸いてこないんです。この根拠のない自信、自分でもびっくりしますよ。

 昔の自分に見せてやりたいくらいです。こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。ありがとう。」


「なんの、礼にはおよばん。」


「おおー、これこれこれです。 国王陛下様、来る頃だと思ってましたぁ。」


「であろう。余は期待を裏切らぬ故。」


「もうー嘘ばっかり、期待を裏切ってますよ。

 わたし ラルゴンのイケメン辺境伯様に会いたかったのに。」


「あやつだけは、いかん。

 無駄に男前で気にくわん。」


「ぷっ なにそれ。」


「凛、ひとつ提案ぞ。

 これより余をラウルと呼ぶのだ。

 特権である。

 ラウルと呼ぶことを

 許す。」


「はい? って

 まさか、いくら わたしだって国王陛下様を愛称で呼び捨てに出来るわけないでしょうに。」


「ロイドは名で呼ぶではないか。」


「ロイドさんは出会った初めからロイドさんだから…」


「あい分かった。

 これより余も、凛を雨巫女殿と呼ぶことにいたす。」


「はぁ?」


「リン様、陛下 っての願いです。

 お聞き届け下さいませんか。」


「もうぅぅロイドさんまでぇ

 分かりました。いきますよ。

 ラウ…ラ…

 無理無理無理

 やっぱ むりぃぃぃ」



「凛、冗談ぞ。」


「…」


 陛下様は、また新たな

 遊びを手に入れた。

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