第13話 わたしの挑戦

 夜のとばりが下りた。

 陛下様と騎士二人を連れ、わたしは城を出た。

 勿論、雨対策は万全だが、電気や電池が無いので、灯り取りは厳しくなりそうだ。

 夜の暗さが全く違う。真っ暗とはこのことだ。

 電気を発明した人って天才中の天才だ。

 雨はまだ降らない。

 陛下様の手がすうっとわたしの手を握った。


「凛よ。手を繋ごうぞ。

 夜のとばりが、凛を隠しさらって行ってしまいそうぞ。」


「あぁ、わたし 真っ黒だもんね。真っ暗と同化しちゃうね。

 アハハハハ。」


 陛下様の手は温かく大きい。


「ロズワルドはシンプルに出来ておるのだ。

 陽と共に起き、陽が沈めば眠る。

 夜は恋人たちの時間となる。

 夜に逢うは思いを寄せる者同士だけなのだ。」


「えっ。それって…」


「そうぞ、よっぽどの事が無い限り、夜に仕事をすると云う発想がないのだ。

 異世界から来た凛ならではの発想ぞ。」


「ごめんなさい。

 騎士さん達に悪い事をしてしまったわ。」


「城に務める者達は、別ぞ。

 民衆の必要に答えねばならん。

 今、凛は余の民、故に当然である。」


 わたしは、騎士さん達にぺこりとお辞儀をした。

 わたし達が城を出て、城下町の加治屋の所まで来ると、ポツポツと雨がやって来た。


「このまま、進んでも良いでしょうか?」


「あい わかった。」


 わたしはそのまま実験を続けた。雨は進む毎に強くなっていく。


 小一時間位かけ街をぐるりと回り、城に戻った頃には、ザアザア降りになっていた。


 全く同じ事を繰り返し行うつもりだ。まずはデータを取ろうと思ったからだ。

 但し、雨が次の日まで続いた時は計画を変更する。

 その旨 陛下様に承諾を取り付けた。陛下様は、毎夜わたしとデートが出来るとニコニコしていた。


 部屋に戻り今日の詳細を事細かにまとめる。

 今日、龍は見ていない。夜だからなのか。雨足がそれ程でもなかったと云う事なのか。雨はわたしが床に着いてもまだ降り続いていた。


 俄然がぜん 研究っぽくなってきたぞ。何かを突き詰めて行い結果を見い出すと云う、楽しさがそこにはあった。


 朝には雨は上がっていた。

 日照時間の心配はクリアしたので、ほっと胸をで下ろす。

 今日の夜も計画を実行出来る。


 今日の日中はロイドさんに色々聞きたい事があったので、早々に朝食を済ませた。


 綺麗なメイドさん達に、ロイドさんへのアポを頼み、わたしは書庫に向かった。

 少しして、ロイドさんが書庫にやって来た。


「おはようございます。

 リン様。」


「おはようございます。

 ロイドさん。

 忙しいところごめんなさい。来てくれたのですね。

 聞きたい事があって。」


「はい。何なりと。」


 わたしは、これからの計画を話した。そして相談に乗ってくれるようお願いし、勿論 ロイドさんは即座に快諾してくれた。


「ロイドさんは、自分の力について、どの様に理解しているんですか?」


「んん、ひとつの感情だと思っています。

 笑ったり泣いたり怒ったりの心を動かす感情と同じものの様に思います。

 私の場合、感情の動きの大きさによって力は変わりますから、力をコントロールするには常に冷静沈着でなければ成りません。

 私はもともと、感情の起伏の激しい気質でしたから、その乱れは力のばらつきに直結していました。

 感情をコントロールする為に色々しましたよ。

 瞑想、武道、山にこもって全てを遮断したり、逆に様々な所に出向き、数多くの人と交流し見聞を拡げたりしました。

 その中で、自分を客観的に理解する術を学んだのです。

 気が着くと俯瞰ふかんの目で自身を 世の中を見られる様になっていました。

 これはリン様に当てはまるかは分かりませんが、参考になりますでしょうか。」


「んんん…

 難しい…

 わたしがおばあちゃんになっても、たどり着けなさそう…」


「リン様。

 リン様にはリン様にあったやり方が、あるはずです。

 焦らず、探して参りましょう。

 それに実地研究はとても良いアイデアだと思いますよ。

 リン様のいた世界では、ここより科学が進んでいるのでしょう。事実を、実験を重ねて捕らえようとするやり方が興味深いものです。

 私の勉強にもなります。」


「ありがとう。

 ロイドさんが言ってくれると、もう成功した気分になってくる。」


「凛のお陰で余も良いアイデアが浮かんだのだ。」


「国王陛下様。

 そろそろ、おでましになる頃だと思っていました。」


「つまらぬ。

 もう、この手は使えぬか。」


「いったい、どの手ですか。

 小5のやり口ですよ。まったく。」


「小5? とな?

 余はこれから、市場調査に向かう。

 凛、なにか調査して欲しい事があれば、言うがよい。

 一緒に調べて来ようぞ。」


「きゃい。あります。あります。

 昨夜の雨の範囲が知りたいです。

 昨夜の経路でどれくらいまでの広さに雨が降ったのか、知りたいです。

 出来れば、雨の量も…これは さすがに無理かぁ。」


「あい、わかった」


「出来るのー」


「余の調査とリンク致す故に、やってみようぞ。」


 陛下様は、きびすを返し颯爽と姿を消した。

 こう云う時の陛下様は、マジ格好いいのだ。お父さんからお兄さんに格上げしても良いくらいだ。本人には、言わないでおこう。

やり取りが、面倒くさい。


 夜に成るまで、書庫で色々な資料を読みあさった。

 確か、理科の時間に気象について勉強した筈だ。

 どうして雨が降るのか、教科書に書いてあったのに、全く憶えていない。


空と山、海、大地

全ては雨を介してつながっていると、なにかで見たような気もする。

循環、、? なんだっけなぁ

なんで もっと 勉強しなかったんだろう。

 なにか手掛かりが見付かったかも知れないのに、もう 昔のわたしのバカ。


 夕食を取り、外出の準備を済ませると、それを待っていたかの様に陛下様がロイドさんと共にやって来た。


「凛よ。

 ロズワルドの地図である。

 昨夜の雨は、この枠内で降っておる。

 手筈てはずは全て整った。

 安心して、実地研究に励め。」


「リン様、陛下は各地域に雨量の調査団を派遣しました。

 今夜からの雨降らしについては、正確にその情報が陛下の下に集まります。

 陛下は防災に力を入れ様としているのです。

 雨による河川の氾濫に強い地域造りを目指します。

 雨量によって、どの様に川が変化するのか、今回のリン様の研究と合わせて調査しようとしています。」


「おそらく、農作物においても何らかの成果を得よう。

 凛がおらねば、安定したデータは得られぬ。

 此度こたびは、凛 のみならず 余にも利が有るのだ。

 しかと頼んだぞ。」


「はい、国王陛下様。」


 実地研究二日目。

 昨夜と同時刻に出発。なるべく同じコンディションに務めた。


「国王陛下様、はい。

 ここで手を繋ぎますよ。」


「凛よ。

 今宵は、やけに積極的ぞ。」


「はいはい。」


「はぁ そなたは…」


「昨夜は、あっちに見える加治屋さんの辺りで、ポツポツ来たんです。」


 やっぱり、加治屋さんを通り過ぎた辺りで、雨が降り出した。

 わたし達一行は、昨夜と同じ夜を歩き、城に戻って来た。昨夜と同じ床に着き、雨音を聞きながら、眠りに着いた。

 そんな同じ夜を、わたし達は三週間過ごした。わたしの雨降らしは夜に限り、安定していた。

 龍が現れる事もなかった。翌朝には太陽が濡れた大地を乾かしにかかるのだ。

 この状態が一ヶ月続いたら、その影響はどんなだろうか。

 そんな思いでいると陛下様の提案で、もう少しこの同じ夜を続ける事となった。

 そして今夜わたしは、気付いてしまったのだ。


「あっ たいへんんん。

 国王陛下様、彼女いますよね。

 その歳で、彼女がいないなんて、普通 ないですよね。

 毎夜、こんな事してたら、破局しちゃいますよ。

 何やってるんですか。

夜は恋人同士の時間なんですよね。

それとも、二股ですかぁ。

国王なんだから、二股三股は 当然だとでも 思ってますかぁ~。

わたしを巻き込まないで、もらえますかぁ~。」


「凛よ、もっと早くに気付いて欲しかったぞ。

 とうに破局しておる。」


「えええぇぇー

 わたしのせい ですかぁ。

 国王陛下様、人は幸せを目指さなければ、ならなかったんじゃないんですかぁ。

 それとも、国王陛下様は人ではないとでも云うんですかぁ。

 民衆の為なら、自分を犠牲にしなくちゃならないんですかぁ。

 好きな人が離れて行ったのに、どうしてそんな冷静でいられるんですかぁ。

 わたしのせい なんですかぁ。

信じらんない。

バッカじゃないの。」


 わたしは泣きながら まくし立て 訴えたあげく、今夜の研究に雷雨まで添えてしまった。

 陛下様は何も言わなかった。ただ、切ない様な、淋しそうな、曖昧な顔を向けるだけだった。


 最悪だ。わたしは陛下様をバカと言ってしまった。あんなにわたしの為に色々してくれた人の事を。自分にバカヤローだ。


 昨晩は眠れなかった。どしゃ降りのなか、仄暗ほのぐらいままに一日が過ぎていく。窓越しに、龍が九十九折くぐなりに上ったり下がったりしていた。

 そこから、三日三晩雨は止むことが無かった。


 わたしはここに居てはいけない。


 陛下様は、災害から民衆を守る為、奮闘している。城には戻って来ない。

 主の欠いた城は空洞の様にがらんどうだ。


 わたしは恩を仇で返してしまったのだ。取り返しがもうつかない。

 一刻も早く、元の世界へ帰らなければ…

 この雨を止めなければ。


 わたしはきっと龍を睨んでから、部屋を出てロイドさんを探した。


 おそらく城と地下で繋がれている聖堂に居るのではないか。

 急いで向かうと、ロイドさんは静かに地域の地図を見ていた。


 その地図は、これまで得た降水量を元に氾濫危険区域が割り出されたものだった。


 ロイドさんはこちらを見たけれど、わたしを見てはいない。その瞳は地図を見ながら、その現場を俯瞰ふかんしているらしかった。


「伝令です。

 マディソン地区まで、避難を拡大して下さい。まだ 猶予が有りますが、大事をとります。

 その旨、陛下にお伝えを。」


 即座に 傍らに控えていた騎士達が連動する。


 体はここにあるが、ロイドさんはここにはいない。尚も高いところから地域を見回している。


 そこに一切の乱れは感じられない。音の無い静止画像の中で、わたしの心臓の音だけが、激しくドラを打つ。


 わたしは、目をつぶり深く深く 呼吸した。一回、二回、三回と。

 今 わたしの出来る事、わたしの出来る事…




「リン様、気がつかれましたか。」


 ぼんやりとした意識の中、心配そうな陛下様の顔が一番に飛び込んで来た。

 一気に覚醒して、陛下様に抱き付いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい…

 わたし ごめんなさい…

あっ これが いけないんだ !」


わたしは 慌てて陛下様から、身を引いた。


「凛。謝るのは、余の方ぞ。

 すまぬ。すまぬ。

 許せよ。

 このまま そなたを、失うのではないかと…」


 陛下様の腕が今までにない強さで、わたしを抱き寄せた。


「凛。ここにおるな。感謝する。」


 んっ? 泣いてる?

 陛下様、ないてるぅ?



 ロイドさんがおもむろに語り出す。

「私が見たものは、リン様が龍を連れて天に昇って行く姿でした。あっと云う間に、雨雲を切って行かれてしまいましたので、私は付いて行く事が出来ませんでした。

 雨雲はビリビリに切り裂かれ、散り散りに消えていくと、そこから陽が差し込み、突然 雨は上がりました。


 私が体に下りてきた時には、祭壇の傍らにリン様が倒れておいででした。」


 わたしは丸三日間、意識を失っていたのだ。

 ロイドさんの話しを聞いても、全く記憶が無い。そんな事をした憶えは無い。


「凛に話しておかねばならん事がある。」


「彼女さんの事ですか。

 もう どうでもいいです。別れようが、くっつこうがわたしの知ったこっちゃありませんから。

それは、国王陛下様と彼女さんのこと。

わたしは浮気相手でもありませんし、これから どうなるものでも ありませんから。

 そんなことより陛下様、災害は防げたのですね。

みんな、無事なのですね。」


「無論だ。

 少ないデータではあったが、あのデータが役に立ったのだ。」


「それなら、良かった。

 安心したら、お腹すいた。」


「はぁ…

 まこと 言いたい放題な漆黒の雨巫女だ。

 凛にパンケーキを。」


「きゃい」


「余の涙を何とす。」


 わたしは大好きなパンケーキを鱈腹たらふく食べ、体力を回復したのであった。

 今回の大雨は、色々な事を明らかにしてくれた。

 良く取ればの話だが、氾濫区域がはっきりした事。氾濫区域予備軍が明らかになった事。それらを元に河川の拡張工事が着工された。

 陛下様がどんどん前を進んで行く中、わたしは未だ、解離性の健忘の内にいる。

 陛下様の彼女さんの事も少しは気になる。知ったこっちゃないとは言ったものの、わたしのせいで別れたんじゃ、やっぱり寝覚めが悪い。

 ロイドさんを訪ね、気無げなく、聞いて見ることにした。

 最近 ロイドさんがどこに居るのか、何と無く解るようになって来た。

 今日は陛下様の隣部屋の執務室あたりだ。

 幸い 陛下様は河川工事の陣頭指揮に当たっている。


「リン様。

 そろそろ、お出でになる頃だと思って、お茶を用意しておりました。」


 やっぱり ロイドさんの方がうわ手だ。

 ロイドさんの所で出されるお茶は、抹茶の様な味がして好きだ。意味の無い雑談をひとしきりして、切り出した。


「あれから、夜の雨降らしはお休みしているから、陛下様も夜はお暇でしょうね。

 あぁ、それともりが戻ったかな?」


「リン様、知ったこっちゃなかったのでは?」


「もう、ロイドさん

 意地悪しないで。

 陛下様の彼女さんって、どんな人、ねぇ どんな人?」


「そんなに気になるのでしたら直接、聞いてみてはいかがです?

 陛下のプライベートは、私の口からは言えません。」


「ロイドさんは国王陛下様一筋だもんね。

 あぁ 聞いて損したぁ。」


 陛下様に忠実なロイドさんから聞き出そうなんて、我ながら考えが甘ちゃんだった。









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