第12話 リンから凛へ

 陛下様から、中庭での実験が許された。

 ただし、陛下様付きの条件だ。

 それもそうだ。農作物にとっては、日照時間が多い方が有り難い時期なのだ。

 本当は、こんな時期に雨の実験なんかしてはいけないに決まっている。

 それでも、陛下様は 自分が一緒ならばと許してくれたのだ。


 陛下様は、忙しい人なので毎日と云う訳にはいかないが、今日はそれが許された。

 中庭がどこに有るのかは、もう知っている。陛下様を半ば置いてきぼりにし、わたしは走り出していた。


 しかし 回廊を抜け中庭を目の前にして、大粒の雨がまばらに降りだしていた。


「うそ。

 あんなに、晴れてたのに…」


 空はまだ日が差していて明るい。

 わたしは、慌てて戻ろうと振り向いた瞬間、後ろから来た陛下様の胸に飛び込む格好になってしまった。


「早く、戻らなくちゃ。」

 わたしは、陛下様を見上げた。


「リン、その様な 哀しい顔をするでない。

 落ち着いて、外を見るのだ。」


 言われて空を仰ぐと、城の東側の塔と南側の塔に鮮やかな虹が橋を渡していた。


「えっ・・」


 わたしは、陛下様の腕の中で言葉も無くその虹を眺めていた。


「リン。

 そろそろ、戻ろうぞ。」


 はっと我に返り、こくりと頷いた。

 わたしは、陛下様にすがり付いたまま、もと来た回廊を戻って行く。

 そのすがら何故か涙が込み上げて溢れてしまった。

 そんなわたしを、陛下様はマントでそっと覆い隠してくれた。


「泣き虫 雨巫女の噂が再燃したら、大変ぞ。」


 部屋に着いても、陛下様から離れたくなくて、マントの内に潜り込んでいた。グスングスンと鼻を鳴らしていると暫くしてパンケーキがやって来た。


「リンよ。

 余とパンケーキ、どちらを取るか。」


 勿論、パンケーキだ。

 すっと、身を乗りだしパンケーキに向かった。


「まったく、余も見くびられたものだ。」


「早くに両親が亡くなったので、父に甘えた記憶がないんです。その お父さんてこんな感じなのかなって…


 リンは勇気凛凛の凛なんです。お父さんが付けてくれたそうです。

 名に恥じない生き方がしたいのに、いつも残念な事になってしまう…」


「リンは凛であったか。

 善い名である。

 これから余は、そなたを 凛 と呼ぼうぞ。」


「はい? 音は一緒ですよ。」


「否、余の心持ちが全く違うのだ。

 リンよ・・ 凛よ・・

 全く 違うであろう。」


「んー 国王陛下様が 言うんだから…そうかもしれない…かも…」


「それから凛よ。

 ひとつ大切な訂正をいたそう。

 余は凛の様な大きな子がいる程、生きてはおらぬのだ。

 せいぜい兄と思うてくれ。」


「これはこれは、失礼致しました。」


「分かれば、宜しい。

 それに 先ほどの虹は格別であった。残念な事ではあるまい。

 余は、あれ程の虹は初めてぞ。」


「国王陛下様、実はわたしも虹を見るのは初めての様な…気が…

 雨が降るといつも急いで、屋内に隠れなきぁって焦ってたから…

 あれ、どうして わたし 泣いたんだろ?」


「凛は虹を見た時、どう感じたのだ?

 瞬きひとつ、しておらなんだ。」


「綺麗だなぁって。

 今日は、外に出てどれだけ 経ったら、雨模様に成るのかを試そうとしていたんです。

 なのに、中庭に出る前から雨が降って来ちゃったから、やっぱり わたしは外に出てはいけないんだ。早く戻らなくちゃと思って。

 そこに虹だから。そうそう、キツネ 狐につままれた感じ。狐の嫁入りに出くわす

 みたいな。

 国王陛下様、わかるぅ。

 狐につままれた感じって。」


「狐につままれて、泣いたと申すか。」


「んんっ? ちがうね。」


「ハッハッハッハッ」

「ぷうっフッフッ」


 雨降らし実地実験一日目が虹出現の吉報報告で良かったのかも知れない。

 パンケーキを食べながら、そう思った。


 また泣いてしまったけれど、へこんでなんか いられないのだ。

 早く雨をコントロール出来る様になりたい。心の底から、そう思った。


 さっそく次の日、陛下様へ提案をした。

 太陽が登っている時間帯を避け、夜に雨を降らせる実験だ。

 農作物にとっても、わたしにとっても誠に都合が良いのだ。

 日照時間を減らさず実験が出来て、人払いも簡単に出来る。

 陛下様は上機嫌で終始ニコニコしていた。

 わたしが積極的になる事をなによりも、喜んでくれる。

 こんな先生がいたら、もっと勉強をしていたかも知れない。

 身近に尊敬出来る人が 居るのと 居ないのとでは 人としての仕上がりに大きく差が出て来るのではないか。

 そしておそらく、今わたしは最上級の尊敬に当たる人を見つけた。

 絶対、雨をコントロールしてやるんだ。

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