第6話 もうひとつの陛下様のこと

 夢の中で、また寝て起きた。もっか、記録更新中。


 朝食を終えるとわたしは、陛下様から呼び出しがあった。

 綺麗なメイド達は、真新しい黒のドレスを持って来た。

 手早く身なりを整えられ、鏡の中に現れたのは漆黒のゴスロリータ リンであった。


「リン。

 今日も麗しい。」


 陛下様が玉座を離れ、大股でやって来る。来る 来る あぁ

 手を取られるぅぅ…

 瞬間的に後ろ手を組もうと動いた手に、見向きもせず、黒髪を一房 そして口づけされた。

 そうだ、そのパターンもあったっけ。

 陛下様の伏せたまぶたの長い睫毛まつげが、わたしの目の前まで降りて来ていた。


 まっこと、泣く子と陛下様には、かなわない。


「リン。

 今日は余が街をあない いたす。ついて まいれ。」


「ええっと、また、雨 降ってもいいのですか。三日三晩…。」


「リンよ。

 雨が落ちて来る前に、城に戻れば、問題 あるまい。

 リンと、共に見たいものがあるのだ。

 余にまかせよ。」


 用意されていた馬に乗る。

 陛下様はわたしの後ろに回り込み、がっしりとわたしを抱えこんだ。馬のお腹に合図すると、あっと云う間に、風を起こし頬を、黒髪を揺らした。陛下様の手綱を引く腕に力がこもり、ますますスピードが上がる。なのに この安心感は絶対的だ。


「リンよ。

 よく 見るのだ。

 これが、そなたの、成した事ぞ。」


 これはほんとうに、ロイドさんと見た街並みと、同じ場所なのだろうか。

 そこかしこから、緑が芽吹き 息吹き、光輝いていた。

 乾き、疲弊しきっていた大地が活力を取り戻している。この光景を前に言葉はいらない。

 ただ流れていく光景を、余すこと無く記憶しよう。陛下様とわたしは、無言で街並みを、郊外を、走り抜けた。


 陛下様は口数が少ない。

 説明が殆ど無い。単語だけの時もあるくらいだ。それでも陛下様の言葉には、力がある。

 真実がある。

 余計な物を削ぎ落とした、唯一の魂がある。


 この人から、何を言われても、決して傷付かないのではないか。こんなわたしでも 素直に聞き入れられるのではないか。


 陛下様は、本当に雨の来る速さに 負けない速さでもって駆け抜け 、城に帰って来た。


 あんなにわたしを、悩ませていた雨は 一滴も落ちて来なかった。

 陛下様には こうなる事が分かっていたかのようだ。


 こんな人を わたしは、知らない。

 こんな凄い人、わたしは、ほかに 知らない。


 城に戻り、わたしは無口に成っていた。


「リンよ。

 大事 ないか。」


 その言葉がわたしの心の閉ざされていた奥深くに すうーと降りて来て、ひとりぽっちのわたしを見つけてくれた。

 わたしは、陛下様にすがって、泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いた。

 陛下様は、黙って わたしを 泣かせてくれていた。


 まだ こんなに 涙が残っていたなんて。


 その日

 陛下様は、わたしの気が済むまで、ただただ わたしのかたわらに居てくれたのだ。


 わたしの涙が乾くまで。


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