第4話 救世主 漆黒の雨巫女リン伝説の始まり

 目が覚めると、お城の客間に寝かされていた。


 あのどしゃ降りの中、調子こいて悪ふざけしたからだ。

 いや、泣いていた事を知られたくなくて、くるくる回り踊り続けた。そんな事をしなくとも、雨が涙を隠してくれていたから、二人には分かるはずないのに。


 わたしは、自己完結した可哀想な初恋と陛下様の雨 好き発言の狭間を行ったり来たりして、止めどなく涙を流していた。


 それは、塩っぱいものの後で甘いもの、甘いものの後に、塩っぱいものを食べる、無限ループに似ている。


 どの辺りで気を失ったのか?

 どうやってお城に戻って来たのか?

 んんん陛下様の素晴らしい体躯にい抱かれて、馬に乗せられたのを、うっすら覚えている。

 思い出そうとすると、頭がガンガンした。

 これは、思い出すなと云うことなのかも知れない。


 ドアがノックされ、綺麗なメイド達が入って来た。そのすぐ後からロイドさんが。

「リン様、昨日はお疲れ様でございました。

 雨はまだ降り続いています。まるで、渇いた国土を満たす様に。

 素晴らしい成果です。

 陛下も大変お喜びです。」


「ロイドさん、わたし どうやって帰って来たのか、覚えてなくって。」


「ええ、あれほどの功を労したのです。

 気を失う様に、倒れてお仕舞いに成りました。

 少し、熱もあり、薬を処方致したところ、すぐにお眠りになりました。

 今朝方に見舞った時には、もう熱は下がっておりましたので、安堵しました。

 気分はいかがでしょうか?」


「頭が少し痛くて…」


「リン様、それでは こちらをお飲み下さい。

 それから、薬膳を食すのが宜しいかと、お持ちしました。」


 綺麗なメイド達が、お膳をベッドまで運び、食べやすいようにセッティングしてくれた。


「今日のところは、何もせずに体をねぎらう様に、

 と 陛下のお言葉です。」


 わたしは、何だか恥ずかしくてコクリと頷き、わき目もふらず琥珀色のスープを口に運んだ。


 ロイドさんには、泣いていた事がばれている様な気がする。


 日がな一日食べたり、飲んだりして、部屋から一歩も出ずにいた。

 時折 窓の外を眺めながら。

 激しい雨足は、午後になると柔らかい感触に変わっていった。


「いったい、いつまで 降るんだろ。」


 雨は三日三晩、降り続いた。

 このまま、やまなかったらどうしよう…

 不安がわたしの内に広がり始めていた。


 ロイドさんは、毎日 昼頃と夕食前に顔を見せてくれている。

 何気ない日常的な会話を楽しみ、わたしを笑わせては、では おやすみなさい。

 また あした。

 と、くくって戻って行く。


 神出鬼没な陛下様は、あれからいちども顔を見せてはくれない。

 ミッシション成功のあかつきには、安全に元の世界へ帰してくれるんじゃなかったの。

 あんなに、喜んでくれたのに…


 あの時、雨女の記憶を雨巫女に上書き出来たのだ。

 この上書き保存のまま、元の世界へ戻りたい。

 怖いけど、これから わたしはどうなるのか、明日こそは聞いてみよう。


 四日目の朝が来た。

 昨夜は、なかなか寝つけなかった。

 朝方になってうとうとしていたところ、綺麗なメイド達とロイドさんに、起こされた。


 ああっ、寝過ごしてしまったぁ。

 びっくりして飛び起きた。


「リン様、陛下がお待ちです。

 お支度始めて、宜しいでしょうか。」


 ロイドさんの言葉を合図に、綺麗なメイド達は有無を言わせず、手際よくわたしの部屋着をいだ。

 そして持参した黒いドレスを頭からすっぽり被せると、頭と両手を引っ張り出す。

 髪にオイルを塗り、ツヤツヤにで付ける。

 見たこともない大玉真珠を首に掛ける。

 唇に薄く紅を差し、漆黒の雨巫女 リン マーメイド風が出来上がった。


 鏡に映ったわたしは、これから何が、起きようとして要るのか、必死で探ろうとしていた。


「さあ リン様、参りましょう。

 一刻も早く 陛下の下へ。」


 ロイドさんに手を取られ、小走りに玉座のある部屋に向かう…


 いや 違う。そっちは、行った事がない。


 階段をひたすら登り、たどり着いた所に、騎士団を従えた陛下様は要らした。


 ここは城の頂上。

 そこには、空はすっかり晴れ渡り、無限の青が広がっていた。


 雨は、上がったのだ。


 見上げた先から届く陽の光はことさら眩しく頬を照らす。

 わたしの手はロイドさんの手から陛下様の手へと渡された。


「リン。

 参るぞ。

 みなが、待っている。」


 眼下には、見渡す限りの民衆が城を取り囲み、今や遅しと待ち望んでいた。

 陛下様の力強い手がわたしを、民衆の前に導き出す。


「雨巫女 リンである。

 三日三晩の雨降らし、大義であった。」


 云うなり、地響きの様な歓声が巻き起こった。

 これ程の人々が、雨を待ち望んでいたのだ。


 わたしは、込み上げる感情を素直に涙に代えた。

 感情は後から後からこぼれ、民衆の知るところと成ったけれど、ぬぐう事はしなかった。

 それでいいと思った。

 その時、涼やかな風が吹いて

 雨が落ちてきた。

 雲ひとつない抜ける様な青空から、雨が落ちて来た。

 優しく柔らかい雨だ。

 暖かい雨は民衆にパラパラと降り注いだ。

 これを待っていたかの様に、陛下様が両腕を挙げた。


「見よ。

 雨巫女の涙は祝福の雨となり、

 我がロズワルド国、全ての民を包みこんでいる。

 今年も豊作は約束された。

 安心して、励むのだ。

 我がロズワルド国は、永久に祝福されるのだ。」


「国王陛下

 ばんざーい

 万歳

 万歳」

 再び、歓喜が巻き上がり、巨大な渦と化した。


 いつしか、歓声は雨巫女コールに変わっていった。


 大地が豊富な雨水を溜め込み ふくれている。

 救世主 漆黒の雨巫女伝説の幕が開けられた。


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