31.断罪の始まり。そして黒幕の登場

私を断罪する! と大きな声で宣言したのは、なんと同じ学院で学ぶ令嬢たちでした。みな、一様に冷笑と侮蔑の表情を浮かべながら、私の罪状をまくしたて始めます。


「アイリーン=リスキス公爵令嬢! あなたのこれまでのキース王太子殿下やクライブ子爵様への数々の不敬罪にも当たる振る舞いはもはや看過しがたい! そして、義弟であるバスク公爵令息やミーナリア子爵令嬢への学院での陰湿なイジメの数々は目に余る所業である。また、私たち下位の貴族令嬢へのイジメについても証拠があがっているわ!」


「そ、そんな!」


私は反論しようとするが、向こうは10人以上いて、反論の余地も許さないという程の勢いでまくしたてると共に、こちらを罵倒してくる。とても口を挟める雰囲気ではない。周囲の貴族たちもいきなり起こった断罪劇に何事かと静観を決め込むしかない。


代表の令嬢が罪状を読み上げていく。


「まず、最初にキース王太子殿下につきまとった罪! 婚約もしていない殿下に不敬にも親し気に近づき、あわよくば国母の地位をかすめ取ろうとしていた。これは数々の者から証言が出ている!」


「なんという恥知らずな女なの!」


「次に、誘拐事件を自ら偽装し、クライブ副騎士団長と接触を図った! 王太子殿下のみならず副騎士団長にまで色目を使い、王室の武力をほしいままにしようとした!」


「恐ろしい! まさか力まで掌握しようとしていたなんて!」


「そして、最後に自身が公爵令嬢としての地位を利用した、他の下位貴族たちへの陰湿ないじめの数々! 義弟のバスク公爵令息には度々屈辱的な荷物持ちをさせ、ミーナリア子爵令嬢には精霊の森で嫌がらせをして恐怖を与えたり、無理やり自分への宝石を購入させるなど、精神的、金銭的な負担をいた! 他の貴族令嬢にも、貴様に階段から突き落とされたり、金銭をゆすられたり、あるいは池にいきなり突き落とされたといった報告が沢山集まっている!」


そう言うと、代表の令嬢がずらりと罪状が書き記された書面を広げてみせた。


(ああ、終わったー!)


私は絶望に打ちひしがれる。1周目とは断罪してくるメンバーが違うが、結局こうして罪状をでっちあげられてしまった。状況証拠を捻じ曲げれば、確かに私はキース殿下と一緒にいることが多かったし、誘拐事件の真相はまだ不明であり、私のでっち上げでない、という証拠がない。さらにバスクを連れ出していたことも嘘ではないし、ミーナリアさんと宝石選びをしたのも本当だ(最後はプレゼントしたけど)。


そして、何よりも重要なのは、私が幾らここで事実とは異なると主張しても、当のキース殿下やクライブ様、バスクにミーナリアさんが否定しない限り、真実となってしまうのだ。そして、すぐに国外追放の沙汰が国王陛下より下され、その馬車が不慮の事故に遭う可能性が高い!


「そ、そんなことはしていません!」


「幾ら否定しても、証拠は上がっているのです。観念しなさい!アイリーン=リスキス公爵令嬢!」


うう、やっぱり誰も私の主張なんて聞いてくれないのね!


今回の人生ではカフェも作って、したかったことをして、自分の人生を取り戻して、新しい人生を生きようと思ったのに! ここで終わってしまうのね! ううー、頑張ったのに悔しい!!


そう絶望していた時でした。


「はぁ? あなたたちは何を言っているのですか?」


「……へ?」


私の隣にいつの間にかキース王太子殿下がかばう様に立っていらっしゃいました。いえ、それはまさに私を全てから守る意思を感じさせる、将来王となられる殿方の覇気すらも感じさせるものでした。普段、私にしか見せてくれない柔和な表情ではなく、まさに国の頂点に立つべく育てられた威厳がそこに存在したのです。


「ここに宣言します。アイリーン=リスキスを僕は愛しています。ぜひ、僕と正式に婚約して欲しい。どうでしょうか、アイリーン?」


「へっ、あっ、は、あの!」


「はっはっはっ。照れ屋さんですね。まぁ、このように、その罪状は嘘八百です。付きまとわれている? とんでもない。あれは僕とアイリーンの逢瀬おうせというもの。邪魔するならば国家反逆罪で逆に牢にぶちこみますよ?」


いやいや! 怖いですって、殿下! 表情がまじなんですけど!


と、そんな風に私が内心思っていると、


「いやはや、殿下のおっしゃる通りですな。むしろ、アイリーン様が我々を惹きつけてやまないのです。そして、アイリーン様が偽装したのならば、騎士団の諜報力であればとっくにそれくらいの証拠は上げているでしょう。王国騎士団を舐めないでもらいたい。それこそ、我が騎士団全員を敵に回すことになりますよ」


「ひっ⁉」


クライブ様もまた私をかばう様に立たれていた。


そして、将来の騎士団長の覇気はすさまじかった。失神しそうなほどのプレッシャーを浴びせられて、断罪しようとしていた令嬢たちの顔色は真っ青に変わる。


「ふふふ、それに、もしアイリーン様が私に近づくために偽装工作をしたというのなら、これほど喜ばしいことはありません。喜んで、美しき鳥の止まり木となりましょう」


いやいや、偽装工作なんてしてませんから! 一言多いですって!


すると、あと二人、私をかばうように立ちふさがってくれる人達がいた。バスクとミーナリアさんだ。


「まぁ、確かに姉さんは人使いが荒いし、ちょっとズボラなところもあったりするけど、人のことを粗末に扱うような人じゃないよ! それに、何より僕は姉さんと一緒にいれて楽しかった! 両親をなくした僕を本当の弟のように接してくれた! 落ち込んで絶望から立ち直らせてくれた希望がアイリーン姉さんだ! 彼女は最高の女性だ!」


「そうです! それに宝石はアイリーン様からプレゼントしていただいたものです! イジメなんて何もありません」


「子分のようにぞんざいに扱われていたでしょう!」


「とんでもありません! むしろ、逆にジュースとかを買って来てくださるので、本当にやめてくださいと懇願したことがあるような御方なのです、アイリーン様は! 少し天然な御方なんです! 私の大事な大事な御方なのです! だから侮辱しないでください! 私のアイリーン様を!」


「くっ…………!」


ミーナリアの絶叫に近い訴えに、私を断罪しようとしていた令嬢たちがたじろいだ。


「いずれにしても、あなたたちのその罪状とやらは、僕が正式に受け取りましょう。そして、きっちりと王室諜報部が内容を調査します。もし、その中に一つでも嘘があれば……分かりますね? 何せ、僕のアイリーンを陥れようとしたんですからね?」


微笑み、というか冷笑を浮かべた殿下が言う。


「は、は、はい……。い、いえ。その、それは……」


もはや令嬢たちに当初の勢いはない。まるでしおれた野菜のようだ。


「あ、ありがとう、皆さん」


私は余りに意外な展開にお礼を言う。


しかし、彼らは、


「お礼を言われるようなことではありませんよ、アイリーンを守るためなら当然のことです」


「我が美しき鳥を守れるのは騎士の本懐です、お気になさらずに」


「姉さんがそんな嫌がらせをする訳ないよね」


「はい、その通りです。アイリーン様にそんな陰湿なことができる訳がありません。そんな思考回路をお持ちだと考えるなんて、全然アイリーン様のことを理解されてないと思います!」


「なんかちょっとだけ天然扱いされてない⁉」


ま、まぁでも、ともかく助けられたのよね。


この死亡フラグ四人衆に。


あれ? おかしいな。


死亡フラグ四人衆のはずが、なぜか2周目のルートでは死亡フラグ破壊四人衆になってるじゃない。


あれ?


あれれ?


もしかして。


もしかして。


「あなたたちって、私の友達・・だったりする?」


その言葉に、全員がポカンとした後、ハーと長いため息をついて、


「何をいまさら。当たり前じゃないですか」


と言ったのだった。


そうか。私たち友達だったのか。じゃ、じゃあ、あれね⁉


これはいわゆる死亡フラグを回避できたってことでいいのね⁉ いわゆる友情ルートに入ったってことでいいのね⁉ もう普通に友達として接してもいいのね!


そう思うと、思わず涙がこぼれそうになった。


そう私はつらかったのだ。あんなに良くしてくれる四人が裏で私を陥れようとしていると思わないといけないことが。1周目に裏切られたから、そう考えざるを得なかった。でも、もう大丈夫なんだ。彼らは味方なんだ。


そう思うと、自然と涙がこぼれそうに……。


私がそう喜びの涙をこぼしそうになった、その瞬間であった。


「ならば、その罪状は儂が受理しよう。アイリーン=リスキス公爵令嬢はその罪に応じた罰として、国家反逆罪に相当するものとし、国外追放を言い渡す」


朗々とした声が会場に響いたのでした。


そう考えてみれば当然のこと。


1周目のルート。


いくら、王太子殿下やミーナリアさんが私の罪をでっち上げたとしても、仮にも公爵令嬢の私を国外追放するには、国内において相当の軋轢あつれきがあるはずなのです。


それには公爵家に対抗できる権力者の存在が不可欠。


でも、そんなのは一人しかいません。


つまり、


「国王陛下」


そう、彼こそが、この事件の黒幕だったのです。

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