26.またあなたですか⁉ いたずらはやめてください!

「あ、確かここのお店のはずですよ。お邪魔しまーす」


私は果物を持ちながら、気楽に中へと入ろうとした。すると、キース殿下が声を上げる。


「ちょっと、アイリーン。このレストランが今日挨拶をするお店だったのですか? あなたと同じ飲食店の」


「そうですよ? あ、でも割と高級なレストランですから、私のカフェとは立ち位置がちょっと違いますけどね」


「そうなのですか? でも商売敵ということには変わりないでしょう? あまり迂闊に入るのは得策ではないのでは? 最悪、喧嘩になってしまうのでは……?」


「それなんですよねー。向こうもそう考えたんだと思うんですけど、誤解なんですよね、それって。だから、その誤解を解いておこうかと思って」


「はぁ、誤解ですか。ですが、なぜ向こうが誤解しているとあなたが知っているんですか?」


殿下が首を傾げる。私も同時に首を傾げながら、


「昼間にクレームを入れて来られたお客さんが、このレストラン『シグネット』の店主ザカリーさんだからですけど?」


とあっさり言った。


「「「ええええええええええ⁉」」」


まさか! と驚くみんな。


でも、間違いありません。お店を出す際に周辺の同業者の顔くらいは覚えておくものですので。そのあたりは貴族同士が同じ立場の人の顔を覚えるのと全く同じですわ。


私は目をパチクリとさせつつ、


「えっと、でも、よくあることなんですよ? 商売敵のお店にクレームをつけに来たり、邪魔したりするのって」


「そうですか、しかし。許せませんね。ちょっとアイリーンのためにも、職権を濫用してこのお店を潰してしまいましょうか」


「名案ですな、殿下。私の美しき鳥を狙う不届き者は、夜道に気を付ける必要があることを思い知らせてやりましょう」


「僕も何か出来ることがあったら言ってよ、姉さん! 姉さんの役に立ちたいんだ!」


「私もです、アイリーン様!」


口々に死亡フラグ四人衆が言うが、


「いやいやいやいやいや! ストーップ! ストーップ! どうどうどうどうどう」


リラックスですよー、リラックス―。すー、はー。


「私たちは馬ですか。いえ、それはともかくなぜ止めるのですか? 僕の婚約者を攻撃した不届き者をこの世から抹殺するべきかと思うのですが? いえ、安心してください。もちろん、社会的に抹殺するだけですから」


「いやいやいや、怖い怖い、逆に怖いんですよ!」


将来、浮気するくせに愛が重いんですよ!


「えーっと、みなさん落ち着いてくださいませ」


私は出来るだけ丁寧に説明する。


「あれくらいのことが覚悟できていなければカフェなんて出来ませんわ。まぁ、もちろん助けてくれる周りの方あってのことではありますけれど。それに、さっきも言いましたけど、誤解されてると思うんですよね。先ほどお店に訪問する旨の先触れも出しておきましたし、大変なことにはならないと思いますよ?」


「先ほどから誤解をされている、とおっしゃってますが、どういう意味なのですか?」


「それはですね……。あっ、どうやらお出迎えが先に来てしまったようですわ」


レストランの入口で会話をしていた私たちを見つけて、中から禿頭はげあたまの男が出て来た。


それは昼間、私の喫茶「エトワール」にクレームをつけてきた、レストラン『シグネット』の店主ザカリーさんであった。


「さっきの連絡はあんたが出したのか。アイリーンさん、だったか? 昼間の件、クレーム嫌がらせの文句を言いに来たんだな?」


「いえいえ。ザカリーさん。きっと誤解があると思ったので、挨拶がてらお話をしに来ただけですわ。どうですか、少しお茶でも」


「ふん……。だが、後ろの連中は?」


死亡フラグ四人衆です! 助けてください! とはもちろん言えませんので、


「気にしないでくださいな。お友達ですわ」


「いいえ、婚約者です」


「騎士です」


「彼女と最も長く一緒にいて、一番身近な者です」


「アイリーン様をお慕いしている者です」


えっと、なんですか、その自己紹介⁉


「よ、よく分からねえな。ま、いいさ。入んな。あの嫌がらせの現場はかなりの人間が見ている。あんたが憲兵に通報でもすれば、きっと公爵様のお沙汰が下るだろうしな。逃げるつもりはねえよ」


あ、その人私のお父様です。でも、正体は明かしません。


なぜなら、私は自分の人生をこの2周目で取り戻します。それは自由に生きていくということ。だから、これくらいのことは正直試練にもなりません。誰にも頼らない、と意地を張っているわけではなくて、本当に大丈夫だと思うのです。


そんなわけで私たちは、レストランの個室へと案内されたのでした。そこでは普段商談などにも利用されているのでしょう。静かで広めの落ち着いたテーブル席でした。




「で、さっきの話の続きだが、昼間のことを謝罪すればいいのか?」


「いえいえ。まずはご挨拶に来ていなかったなー、と思いまして。失礼しました」


「挨拶?」


ザカリーさんは意外そうな顔をする。その時初めて、私がフルーツを持参していることに気づいたようだ。


「本当に挨拶だったのか……?」


「だからそう言ってるじゃないですか」


「いや、そうか……。それにフルーツはありがたい。ちょうど最近品切れ気味でな」


伯爵の舞踏会のせいですわよねー。知ってますよー。


「病床の奥様も、やはりフルーツを召し上がった方がいいでしょうからね。栄養をとってもらわないと」


「……何でそのことを?」


「出店する際に同業の方々のことは一通り調べておりますので。ザカリーさんが悪人でないこともよく知っておりますわ。この辺りでずっと営業をされていらっしゃる方ですし、別に評判も悪くありません」


その言葉に、ミーナリアさんが疑問を口にした。


「え? でも、どうしてそんな方があんな嫌がらせを……」


「お店が傾くと奥様の治療費が払えないと不安になられたんですよね?」


「……」


ザカリーさんは答えない。


でも、口を開かないのが肯定しているようなものだ。


「近くに同じような飲食店が出来たので、焦られたのだと思いますわ。育ち盛りの息子さんもいらっしゃるから、そのことも不安に拍車をかけられたのではないかと」


「そうだ」


ザカリーさんは観念したように言う。


「うちは元々、酒とそれなりに高級な料理を提供する店だ。価格帯も高い。そこにあんたが一番良い立地の場所に店を建てた。価格も高めでうちの客が大量に流れちまうんじゃないかと不安になったんだ。そうなれば、嫁の薬代が稼げなくなるかもしれねえし、息子を士官学校に通わせる金もなくなるかもしれねえ。それで……」


「あのような嫌がらせをされたのですね?」


「そうだ。だが、馬鹿な真似をしたと思っている。普段の俺ならあんなことをするはずがないのにな。きっと焼きが回ったんだろう。さ、もういいだろう? 煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


「いえいえいえいえいえ」


私はブンブンと首を横に振る。


「やっぱりまじめな方ですよね、ザカリーさんは。そんな人があんな稚拙な嫌がらせをしたこと自体はちょっと意外ではありますが……。そもそも誤解があると思うんです。今日はそのことをお話しに来たんですよ?」


「誤解?」


はい、と私は微笑む。


「先ほどザカリーさんは私の喫茶店とお客さんが競合するとおっしゃいましたが、そんなことはありえません。そうならないように・・・・・・・・・、カフェにしたのですから」


「ど、どういうことだ?」


どうやら混乱しているようですね。


「カフェというのは普通もっと低価格帯でしょう? ですが、私のお店はあえて高い値段にしました。他の低価格帯で勝負している喫茶店の客層と重複しないようにです。つまり競合を避けたのです」


「なるほど……。だが、うちとは競合するんじゃないか? 客層は同じなわけだし……」


「しませんよ?」


「そ、そうなのか?」


意外そうな表情をするザカリーさんに、私はあっさり頷きながら、


「酒類提供のお店と、カフェでは、利用目的が違いますし、客層も実は若干異なります。そちらは恐らく家族連れなんかも多いのではないでしょうか? あるいは、商談での利用、混む時間帯も夜間が多いと思います」


一方で、と続ける。


「私のお店は確かに客層はそれなりにハイクラスになりますが、そもそも利用目的は小休憩や昼食です。夜間利用は少ないです。酒類も積極的には提供していません。メニューも軽食が中心ですから、そちらの高級料理とは酒類が違うのですわ。いくら客層が同じハイクラスでも、利用タイミングが違いすぎます。むしろ、相互連携も出来るのではないかと思っていますのよ?」


「れ、連携?」


「はい。例えばうちのお店に来たお客さんの中には、ザカリーさんのお店を知らない人もいるでしょう。例えば交易をしていて、領地をまたいで商売をしている商人たちや他領からの賓客の方々、お忍びの貴族、あとは旅行客などです。昼間、当店に来た客が、夜、そちらのお店を利用するようにビラでも置いておけば、お客さんをそちらに誘導する効果が大きく見込めます。それで、逆にですね」


「皆まで言うな。逆に、うちに来た客には、昼間くつろげる良いカフェがあると宣伝すればいいんだな? そうすれば、そっちにも客が行く。しかも、競合はしていない。双方の利害が一致するってわけか!」


「そうですそうです。どうでしょうか? この辺りのお店は余り連携をしていませんよね? 思うのですが、そう言うことをしていけば、更にお客さんの囲い込みが進むと思うのです。この好景気もいつまでも続くとは言えませんので、今のうちに連携を進めておくのは良いアイデアにはなりませんか?」


私はザカリーさんに提案する。


「すごいな……。そこまで考えてあの店を出していたとは……」


「いえ。偶々な部分もあります。でも、今回のも何かのご縁ですし、いかがですか?」


私は前向きに検討してくれるといいな~、というくらいの気持ちで言った。さすがにすぐに判断することは難しいだろうと思うし。


でも、ザカリーさんはガバッと突然頭を下げた。


な、なんでしょうか⁉


「本来ならば俺から出向いて謝罪しなければならないところを、アイリーン殿には妻の見舞いも兼ねた挨拶も頂き、しかも、愚かなことをした俺にこんなチャンスまで頂けるとは思っていませんでした。ぜひ、うちの店と協力しましょう。いえ、させてください!」


そう言って、もう一段ガバッと頭を下げた。


っていうか、口調が変わってませんか⁉ 貴族であることはばらしてないのですけど⁉


「い、いえいえいえいえ! 私は若輩者で色々教えてもらうべきことの方が多い人間ですので! 長くお店を切り盛りされているザカリーさんに、そんなに頭を下げ貰うのは申し訳ありませんわ!」


「いえ、商業にも筋があります。ありがとうございました。そして、今後もし何か困ったことがあったら言ってください。なんでも力になりましょう!」


そう言って、やっと顔を上げてくれると、ニッと歯を見せて笑った。その表情は力強い。ああ、これが本当のこの人の表情なのだろう。


先ほどまでの暗い表情はなりをひそめて、まるで憑き物が落ちたような顔をしている。


「良かったですわ。受け入れてもらえて」


私も胸を撫で下ろす。すると同席していた殿下たちがひそひそと呟いた。


「さすがアイリーンです。やはり彼女こそ国母にふさわしい。ねえ、バスク君。そう思いませんか?」


「いえいえ。むしろ姉さんは公爵領でその辣腕をふるってもらうべきだと確信しましたよ。ねえ、ミーナリアさん?」


「そうですね。でも、どこにいてもアイリーン様のいる場所が私の居場所なので……」


「はっはっは。ミーナリア様は良いことをおっしゃる。確かに、アイリーン様が誰と婚姻を結ばれるかは今のところ完全に未定ですからなぁ」


バチバチバチバチバチ。


何だかいつものように部屋の空気が重いなぁ……。


と、そう思っていた時でした!






「今回も邪魔立てする気ね、聖女アイリーン!」


「へ?」


私は呆気にとられました。なぜなら、憑き物が落ちたと思ったザカリーさんの身体から、スーッと黒い靄のようなものが浮かびあがってきたからです。それは以前、学院の精霊の森で、ミーナリアさんを襲っていたのと同じ存在でした!


えっと、つまり。


「どういうことなのー⁉」


先ほどまで冷静だった私は、見事混乱するのでした。

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