モデラー探偵M ~エロい作品を作りたかった彼は、何故殺されなければならなかったのか!?~

猫鰯

事の起こり(というサブタイトルの人物紹介)

 2022年12月。ハロウィンが終り、今世間はクリスマスムード一色。街には賑やかな曲が流れ、ケーキ屋、おもちゃ屋、金物店に至るまでクリスマスセールと銘打って年末商戦を繰り広げていた。


 そんなせわしない街の喧噪の中、突如として我が探偵事務所の電話も騒ぎ出した。萩葉原警察署からの依頼で、とある殺人事件の捜査に協力してもらいたいという。


 ……こんな場末の探偵事務所にまで協力依頼があるとか、どれだけの難事件なんだ?



 事件は、萩葉原工作室から動画配信されている【椰子本やしもとプラモデル部】のメンバー、牛太郎ぎゅうたろう副部長が控室で殺されていた。というものだった。

 動画内ではアニメの聖地でダラダラしたり、謝罪会見をやったり、何故か“歌ったり”と評判は……まあ、ピンキリ。

 メンバーは皆お笑い芸人が本職で、バンクプープーの哲にょ部長が発起人という異色のグループだ。



模寺もでら探偵事務所所長の模寺もでら造琉つくるです」

パソコンで作った自作の名刺を手渡すと、哲にょ部長はそれをじ~っと見つめ、口を開く。


「これ……1/144いっちょんちょんっすよね?」


「ああ、わかりますか!」


「当然でしょう。 いや、いいっすね~。 エロいっすよ!」


 私の名刺には、自分で作ったプラモデルの画像を載せており、その模型の縮尺サイズを一目で当てられてしまった。渾身の力を込めて仕事がなくて暇な時間に作り込んだかいがあるというものだ。

 ちなみに『エロい』とは模型界隈で『カッコいい』『すごい』といった意味である。過度なこだわりや緻密な改造をする人を『変態』と呼ぶこともある。もちろんどちらも誉め言葉だ。そういう意味では、目の前の哲にょ部長は“変態”である。


「それで、牛太郎さんの死因なのですが、警察からは『長い針の様な物で首を刺されていた』と伺いましたが間違いないですか?」


「はい。いつも動画の撮影は休憩挟みながら3~4本分まとめて撮るのですが、皆疲れていたんで部長特権で休憩延長したんです。だけど休憩時間が終わっても現場に来なかったので、スタッフに見に行ってもらったら控室で……」


「なるほど、他に変わった点や気が付いたことは?」


「特にはこれと言って……あ、最近牛ちゃんはガレキに手を出していた様です。 初めて作るからと、自分やプロモデラーさん達に色々聞いていたみたいです『エロいの作りたいんすよ!』って言ってました。」


 ……なるほど。

 ちなみにガレキってのはガレージキットの略で、まあなんというか、いろいろ手間の掛かるプラモの様でプラモじゃない物だ。

 警察からの資料では、死体発見時間のアリバイや行動、被害者との関係から割り出された容疑者は3人。いずれもプロモデラーであった。



 1人目は、でっ海道在住のPowポゥ猫谷ねこがい。モデラー界隈では『Pow兄貴』という愛称で親しまれている。ハンチング帽とサングラスが特徴で、一言で言うと【怖い】。だが実際は、サングラスを取ると【もっと怖い】

 その強面こわおもて故か、容疑者に挙げられている。ちなみに変態。



 2人目は、MAX転寝うたたね。『MAX師匠』と呼ばれる模型界のLEGEND的存在で、物凄く気さくな人柄。トライアスロンなどにも出場するという、モデラー界きってのスポーツマン。『MAX塗り』と総称される“色味の変化に自然なグラデーションをかける塗装方法”を確立し、根強い人気を誇る。

 今日はたまたま萩葉原工作室を訪れており、牛太郎副部長が殺されたとされる時間帯のアリバイがない為、容疑者となっている。元祖変態。



 3人目は、桜丼信之。『サクラ総統』と呼ばれ、理論立てた模型論に定評がある。特に塗装技術はとんでもなく素晴らしい。今日はPow猫谷と共に動画撮影に参加しており、真っ黒の上に“隠蔽力の低い赤”を鮮やかに塗り上げる技術を披露して、皆を驚かせていた。もちろん変態。



他にも、提督ヨシタカやコゴシ・モモエといった名だたるプロモデラーもいたがこちらの2人は別の部屋で自身の番組動画をとっている最中だった。紛れもなく変態。



 容疑者の変態……じゃなくて3人は今、それぞれ休憩室にいるらしい。

 ドアを開けるとPow兄貴がスマホで“ルパン7世”のアニメを観ていた。


「え? 牛ちゃん? 彼、最近はガレキ造るってんで、色々聞きに来ていたよ。 軸打ちや下地処理を熱心に聞いていたね」


 軸打ちというのは部品と部品の間に金属線を入れてしっかりと固定させる作業の事だ。中身がスカスカのプラモデルではほぼ必要ないが、レジンという素材の塊であるガレージキットを造るには必要な工程である。

 ――木の棒2本をつなぎ合わせる時、真ん中に穴を開けて金属棒を入れる事で強度が増す。と考えればわかりやすいだろう。


「他に何か気が付いた事ありますか?」


「そうね……上手く中心に軸が通らないって悩んでいたな。一応やり方を教えはしたけど、モデラーなんて結構自己流でやっちゃう所があるから、他の人にも聞いてみてって助言しておいたな。……あと、何故かわからないけど『見てくれ』って言っていきなりネタを披露してたよ」


「そうですか……あれ?そちらにあるガレキはもしかして?」


「ええ、これは塗装途中です。ちょっと失敗したので塗り直ししますが……雑誌の作例依頼なので他言無用でお願いします。」


「……なるほどご協力ありがとうございます」



 隣の部屋ではMAX師匠が髭の手入れをしていた。


「牛太郎さんの件だよね。実はそれほど深い仲ではなくてさ。『殺された』って聞いた時も、最初『誰だっけ?』ってなってたくらい。哲にょ部長とはよく話すけどね」


「殺害された時間のアリバイがないと伺いましたが、その時はどちらに?」


「あの時はね、趣味のロードバイクを弄っていたんだ」


「自転車……ですか?」


「うん、ここまで愛車で来たんだけど、ちょっとブレーキの効きが少し悪くなった気がして点検してたんだよ」


「そうですか。 ありがとうございます」


 ふむふむ……自転車か。 

 ――某漫画みたいにスポークの先端を尖らせれば凶器になるな。容疑者候補としては妥当なのかもしれない。



 最後はサクラ総統がいる部屋だ。ドアを開ける前から何をしているか解った。……廊下にまでエレキギターの音が漏れていたからだ。


「牛ちゃん? ここには来なかったな。撮影の時しか会ってないよ」


「何か気が付いたことはありますか?」


「いや、特には……撮影前に『色が上手く乗らないからアドバイスが欲しい』って言ってたくらいかな」


「お笑いのネタを見てくれとか言ってました?」


「それはないな。でも、Pow兄貴のとこでやってたね。結構ウケてたみたいだよ」


「……わかりました。ありがとうございます!」


ふ~、緊張した。皆尊敬すべき方々だからな……あ、サイン貰うの忘れてた。



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