第3話 新たなる生活

「…………」



 朝、小鳥の囀りと共に目を覚ました。

 夜にヴェルと話し込んでしまったため、眠気はまだあるが初日から寝坊などトンデモナイ。

 ふかふかのベッドという誘惑に後ろ髪を引かれつつも、身体を起こした。



「いてて……」



 まだ身体の傷は完全に癒えていない。

 思わず痛みに顔が歪んだ。



「……あれって現実だったのか?」



 鏡の前に立って独り呟いた。

 月明かりに照らされた夜、この屋敷の令嬢たるヴェルエリーゼ・セルシウスからの提案。

 あれは本当に現実であったことなんだろうか、そう思うくらいの僥倖だ。



 鏡の前で身だしなみを整えてから部屋を出る。

 だが部屋の外の廊下は広くて何部屋も存在する、どこに行けばいいのかサッパリだ。



(どうすればいいんだコレ……)



 廊下に呆然と立ち尽くす俺。



「ユーズ様ですね? おはようございます」



「あ、お、おはようございます」



 執事だろうか、カールした口髭を蓄えた老齢の男性が声をかけてきてくれた。

 それにしても様付けで呼ばれるなど、身体がおかしな感覚に襲われてしまう。



「お嬢様でしたら直ぐにお見えになるかと思われます」



「そうですか、分かりました。ありがとうございます」



 すると彼の言った通り、待ち人(?)は現れた。



「おはようユーズ」



 一瞬の間、それは俺の思考の問題だった。

 この時に答えるべき最善の言葉を―



「おはようヴェル・・・



 俺の返事には満足したようだが、可笑しそうに彼女はクスッと笑った。



「いや、すまない。直ぐに慣れるさ」



 どうやらあの夜の会話は俺の夢でも妄想でもなかったらしい。

 ほっと胸をなで下ろす。



「さぁ朝食を一緒に食べよう。案内する」



 美しい銀の長髪を眼前に見ながら俺は屋敷の中を歩き出した。



 用意された朝食は流石貴族のそれと言うべきか、豪勢なものだった。

 ヴェルと同じテーブルに着くが、正直に言うと落ち着かない。

 何せディアトリス家では朝食などというものには無縁で、たまにこうした食卓に呼び寄せられるとティモールがわざと落とした食事を這って食べなければならないという辱めを強要されていた。



「どうした? 体調でも悪いのか?」



「い、いや。大丈夫だよ」



 俺がそう答えるとヴェルが食前の祈りを捧げる。



 昔のことを思い出すと本当に体調が悪くなりそうだ。

 そんなことはサッサと忘れなければと思い、目の前に用意された皿に手を伸ばす。



「……美味い」



 スープを飲んで思わず漏れた一言、無意識だったが隣のヴェルには当然聞こえていたようで。



「ふふっ、そうか。それはよかった」



 少し気恥ずかしいが無理のないことだ、今までが今まで過ぎたのだから。

 だが食事を美味しく感じられる一番の理由は料理が豪勢だからではなく、安心できる環境で食べることが出来ているからだろう。



(マズいな、また泣きたくなってきた)



 だが食事中に涙など流してはまたヴェルを狼狽えさせてしまう。

 流石に我慢して食べることにした。







________








 朝食を済ませた後、一階のホールにて俺は問うことにした。



「ヴェル、夜に魔剣のことについて知りたいって言ってただろ? 何のことなんだ」



「あぁ、そのことか。……そうだな、こっちに来てほしい」



 そうして俺はヴェルに引かれるように中庭へと出ていった。

 昨日の戦いの後がまだ残っている。



「この零華だが……昨夜言ったように私が手に取っても意味がない」



 ヴェルの右手に確かに握られてはいるが、何と刀身は存在しない柄だけの状態だ。



「言い伝えでは持ち主の魔力に反応する、とされているが……私は正確には違うのではないかと思う」



「違う?」



「正確にはある・・魔力にのみ反応する仕組みなのではないかと思うんだ。私の適性は水だから少なくとも水には反応しない」



 つまり特定の魔力でなければ零華は刀身を形作れないということか。



「そのある・・魔力っていうのが俺の……」



 適性検査用の魔動機の答えは"ERRORエラー"、その意味するところは何なのか。

 カロンはそれを魔力の才能なしと判断した。



「これは私の推測だが……君の適性はいわゆる基本属性に当て嵌まらないのではないか?」



「!」



 属性魔法における基本属性は四つ、これは周知のことだ。

 しかし希少な属性としてこれに光と闇の二属性が加わる。

 この二属性は滅多にお目にかかることは出来ないと言われているが兎にも角にも全六属性をもって属性魔法の体系は作られている。



「それでもおかしい、この剣が引き出した力は―」



「氷……」



 ヴェルの指摘、氷という単語。

 現在確認されていない属性として氷が存在する、そして俺の適性はその氷だという仮説。

 確認されていないのだから魔動機も答えを出すことは出来ない、辻褄は合っている。



「信じられねぇ……」



 ポツリと口に出た、仮にそうだとしたら俺の魔力は光も闇も超える希少度を持つ。



「そして零華は氷属性の魔力に反応し力を発揮する魔剣。古代には存在した属性だから作られ、こうして氷の魔力が絶えた現代にも剣だけが残っている」



 紐解かれる古代文明の魔剣。

 にわかに信じ難いが、何より俺自身が剣の力を引き出しているのだ。



「……」



 思わず考え込む、だがその沈黙は直ぐに破られた。



「お嬢様! ご友人のローディ様がお見えになりました!」



 門番が駆けてやって来た、それを聞いたヴェルはハッとしたような顔を見せる。



「分かった、直ぐに通してほしい」



「承知いたしました」









「ヴェル、久しぶりですね。元気でしたか?」



「もちろんだ。ローディも変わらないようで安心したよ」



 ヴェルの友人だという少女、黒髪ロングに眼鏡をかけており知的な雰囲気を感じさせる。



「こちらの方は?」



「私の客人だ、ユーズという」



「はじめましてユーズです。ヴェルとは昨日知り合いまして……」



 俺が挨拶するとローディは驚いたようにしてヴェルに向き直った。

 何か気に障ったのだろうか。



「驚きました、まさか私以外にヴェルをヴェルと呼ぶ友達が……! それに男の子の友人なんて……!」



 ローディの驚いた理由を聞くとヴェルは少しムスッとした表情になり、少し拗ねたように見える。



「私はローディ・アレンシアと言います。セルシウス家に仕える魔術研究士の家の者です」



「ローディは10年来の友人なんだ、だから是非私と同じように親しくしてほしい」



「分かった、よろしくローディ」



「ええ、こちらこそ」



 セルシウス家に仕える家系とはいえ、高貴な一族なのだろう。

 それは所作の一つ一つから伝わってくる。



「そうです、ヴェル。一週間後の入学試験の話をしに来たんです」



 ローディはここに来た用事を思い出したらしい。

 入学試験という単語を聞くとヴェルも今まで忘れていた大事なことだったのか、表情が変わる。



「そういえばそうだったな。昨日あまりに驚いたから今の今まで忘れていた」



 俺が話を飲み込めない、という表情をしていたからだろうか。

 ローディが説明をしてくれた。



「えっと、私たち一週間後に王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアへの入学試験を控えているんです」



 王立魔法騎士学園ナイト・アカデミア、ディアトリス家にいた頃耳にした。

 卒業生の将来は重要な国家機関である騎士団の幹部や宮廷魔術師、最先端研究職などなど……。

 何でも貴族しか入学できないが、選りすぐられたエリートの集まりらしく、国の羨望の的らしい。



「全入学希望者には筆記と実技が課せられてます。私は実技に自信がないのでヴェルに相談しようかと思って」



「そうゆうことか、ありがとう」



 王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアか……俺も貴族に生まれていれば受験できたのかもしれない。

 いやそんなくだらないifを考えるのはよそう。



「そうだ、ユーズも一緒に受験してみないか?」



「へ?」



「ゔ、ヴェル! それは幾ら何でも無茶ですよ!」



「そ、そうだよ。時間もないし、それに俺は学費なんか払えないし……」



「そこは安心していい。王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアは無償の教育機関だ、合格さえすれば問題ない」



 いやいや問題だらけだ、と言いたいところだが本人は至って真面目に話しているらしくその気になってしまっている。



「だからローディ、私もそうだがユーズの勉強も少し見てほしい」



 しかしローディは呆れた表情を隠していない、そりゃそうだ。

 だがこうなるとヴェルは頑固なのか、あまりに頼み込むものだから結局ローディは折れた。









「嘘、完璧じゃないですか……どこでこんな知識を身に着けたんです?」



 ユーズの知識を見るということでいくつかの書を取り出してみたが、ローディは思わず驚いた。

 彼の知識は試験範囲において完璧といえるレベルだったからだ。



「前に居た家で本は読んでたから……それかもな」



 ユーズはディアトリス家に居た時に実験と訓練の合間を見つけては基礎知識の教科書から魔導書に至るまでひたすら読み漁り学習していた。

 いやせざるを得なかったとも言えるが。



「だからって独学でこれは凄いですよ。勉強好きなんですね」



「好きっていうか……まぁ……」



 思わず頭をかく、自覚したことはないが意外と自発的に学ぶこと自体は好きなのかもしれない。



「驚いたな。だがこれで本当に入学試験は心配ないかもしれない」



 ユーズはもう実力なら文句のつけようがないからなと付け加えるヴェル。

 ますますその気になってしまう彼女だが本当に大丈夫なのだろうか。

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