アブノーマル・アブダクション

海沈生物

第1話

1.

 私に恋した宇宙人から誘拐アブダクションされた。それはある春の日の夜、人気のない丘で寝転んでいる時のことだった。春の心地良さにうつらうつらと眠りかけていると、突然空に半径数十メートルほどの円盤状の物体が現れた。その物体は私の上で止まると、まるで私のことを見定めるように停止した。

 その時、私は無意識に涙を流していた。その円盤状の物体は明らかにUFOだった。UFOなんて醜い人間たちが自己顕示欲のために捏造した、ただの虚構だと思っていた。それが目の前にちゃんと存在する。誰かの自己顕示欲ではなく、れっきとした事実としてUFOが存在する。それは私にとってのな感動だった。

 しばらくUFOは止まっていたが、やがて船底に突いた三重丸になった部分から青い光線が放たれた。されるがままに肉体が空へと浮かんでいくと、私は完全にUFOに誘拐アブダクションされたのだった。


 誘拐された私の肉体は、早速半円状になったカプセルの中に入れられた。このままホルマリン漬けにされて標本にされるのか、あるいは今から人体実験の素体として拷問やら解剖やらをされるのか。どちらにしても、私は抑えきれない興奮を覚えていた。なほどの興奮に身を震わせていた。

 UFOの中は見た目から想定していた広さよりも若干広かった。端から端まで走ってみたのなら、遅くて三十秒かかるかなといったぐらいだ。透明なカプセルの中だとあまり動きを取ることができないが、周囲には円盤状の機械たちが働いているのがギリギリ見えた。船内の掃除をしたり、あるいはUFOの操縦していた。

 私の興奮は少し興醒めしてしまった。想定していた宇宙人らしい宇宙人がいなくて残念に思った。宇宙人がいない、ただの機械によって運転されているだけのものに捕らえられてしまったのか。


「……退屈だなぁ」


 どうせカプセルの中にしか聞こえないと思って、そう虚ろに呟いた。もうこのまま死ぬまで眠り続けてしまおうかと思った。目蓋を閉じて、私は眠ろうとした。だがその時だ。遠方からぴちゃぴちゃと音が聞こえてきた。魚が跳ねる時のような音。思わず目を開くと、そこには私を見下げる人型の宇宙人がいた。


 その宇宙人はいわゆるテンプレート的な銀の色をした人やタコみたいな火星人ではなく、人魚の宇宙人だった。彼女は明らかに人魚であった。僅かに浮かしたその半人半魚の肉体で宇宙うみを自由に泳ぎ、伸びすぎた前髪の奥にある赤い眼光を光らせていた。ふと舌なめずりをされると、私の神経系がファンサを受けたファンのように甘い悲鳴を上げた。まさか、私を食べる気ではないだろうか。私はその想像だけでご飯が十杯は食べられそうだった。

 

 しかし、伝説上の人魚が宇宙人だなんてそんな与太話みたいなことがあるのだなと思う。それは宇宙人やUFOが実在した時点でな大興奮している私ではあるが、人魚と宇宙人というのはいまいち結びついたことがなかった。

 人魚伝説自体は幼い頃に絵本で知っていた。シングルマザーの母親から何度も読み聞かせをされたことがあったのだ。――――今はもうお墓の下で眠っているのだが――――私を養うために多忙な日常の中であっても、夜だけは決して疲れを見せずに絵本を読んでくれた。母が肌に手を触れてキスをしてくれたのを思い出していると、ふとカプセルが開いた。

 宇宙人さんは私の傍に近付いてくると、そのザラザラとした掌を私の頬に手を当てた。その手はどこか母の手の感触と似ているように思えた。私は興奮と共にその奇妙な感触に戸惑いを覚えていた。


「&%(&……あー、あー。これで言葉が通じる? 通じないなら、えっと」


「通じて、あー、通じています! えっと……宇宙人、ですか?」


「単刀直入に聞いてくるね。うんまぁ、広義ではそうだよ。あたしからすれば、キミたち地球を占領している生物の方がよっぽど”宇宙人”だけどね。……できるのなら、キミたちが付けてくれた”人魚”って種族名の方で呼んでくれたら嬉しいけど」


 苦笑いをする人魚さんに、私はちょっと反省する。立場が逆転すれば、案外私たちも宇宙人と呼ばれる存在になってしまうのか。あまり考えたことがなかったことに、これからは言葉に気を付けようと思った。

 それから数時間程度して、ついにUFOが未知の星に着陸した。人魚さんからすれば未知の星などではなく、「いつものいえ」らしいが。一応私が逃げないようにと透明な首輪を付けられたままUFOの外に出される。その瞬間、眼前にロボットらしき物体が飛び交うSF的な未来都市が見えた。パッと見て目に付くのは中央にある巨大なモノリスのような建物だ。その中央にぽっかりと開いた穴の中にロボットたちは吸い込まれていく。

 私は昔から宇宙人……いや「人魚さんのような存在」に関連してSFが大好きだったので、頭の中で思い描いていた現実が目の前に現れて大興奮した。すると、人魚さんは溜息の代わりに悲哀のこもった歌声のような声を漏らした。これが人を蔑む声なのかと勝手に身体がゾクゾクさせた。


「あんな味気の無い箱みたいな建物、何がそんなに面白いのかよく分からないね。キミの星にもビルなんていくらでもあったでしょ?」


「はいまぁ。でも、なんだろうな。ああいうのとはまた違うんです。なんだろ、私がこういう無機質でSFチックなものが”好き”だからかな。えっと、SFっていうのは……」


「そんなに焦って話さなくても分かるわ。”サイエンスフィクション”のことでしょ。最近の地球人類はSFに未来予知の性質を期待しているって聞いた。それが”好き”なの?」


「は、はい! だから、こういうSFのCGで描かれるような世界が本物として見られるなんて、なんだか夢みたいだなーと思って」


「なるほど。……それじゃあ、そのSFに対する”好き”とあたしへの”好き”ってどっちがより勝る”好き”なの?」


「あ、貴女です!」


 思わず出た大きな声に思わず、人魚さんは私の口を塞いで睨んできた。思わず口からよだれが出そうになったのを堪えた。


「私は君が好きだから基本的に何も言わないけど、急に叫ぶのだけはNGね。あんまりうるさかったら、そうね……食べちゃうかもしれないから」


「えっと……私を食べてくれるんですか?」


「食べないわよ! まったく。そもそも、キミのような地球人と違って、あたしはご飯を食べる必要はないのよ。……まぁ娯楽程度に食事をすることはあるけど」


「やっぱり食べてくれるんですか!?」


「食べないわよ!? いくら食べることが可能とはいえ、好き好んで人間なんて酸っぱいだけの肉を持った生物なんて食べたくないわよ。それに、あたしにはキミを食べない理由がある」


 彼女はコホンと咳払いすると、私の顔を見てくる。


「――――これから、あたしの生涯のパートナーとして暮らしてもらうのだからね。、この星で」


 そんな唐突な告白の言葉から、私と人魚さんの奇妙で異常な同棲生活は始まった。



2.

 人魚さんの地球名は「斉藤春香さいとうはるか」という名前らしい。どうしてそういう名前なのかと聞いたら、地球に初めて来た時に人間を誘拐しようとした時に間違えて中身だけ抜き取りキャトルミューティレーションをして、ある人間の皮膚以外の臓器だけ吸い取ってしまった。その人間が斉藤春香だったので、戒めを込めて記念にその名前を付けたらしい。

 これが人間なら悪趣味だなと思うところであるが、春香さんは人魚である。むしろその悪趣味な性格をゾクゾクとするぐらいにとても好ましく思う。ただ、無類の春香さんのような存在愛好家としては、むしろキャトルミューティレーションも体験してみたかった。しかし、「死んだら困るから」と春香さんから拒絶されてしまった。

 せめて臓器を抜き取られても生きていけるような、そんな魂が肉体である憑依型生物として生まれたかったなと自分の境遇を恨む。


 ところで、春香さんはとても良い人魚だと思う。私は三大欲求の内「性欲」の成長ツリーだけが歪な進化を遂げて「春香さんのような存在」にひたすら興奮する異常者であるのだが、彼女はそんな薄汚れた私の数十倍は良い生物である。

 彼女が良い人魚である証拠なんて挙げる必要がないと思うのだが、一つ挙げるとすれば、私の異常性癖を許容してくれていることだ。


 私と彼女はこの星に住んでいるが、私は自由に動くことができない。彼女に付けられた目に見えない透明な首輪によって、常に彼女の監視下にあるからだ。何か変なことをすれば、その糸によって私の意思に反した行動を肉体に取らせることができるようになる。ただ勘違いしてほしくないのだが、それは彼女が私に引き続き強制したことではなく、私が彼女に頼み込んだのである。

 最初こそ彼女は首輪を私に付けていたが、しばらくして逃げ出さないことを理解すると「もう首輪を付けなくていいわよ」と外してくれようとした。しかし、私は彼女のその優しさが嬉しい一方、どこか物足りなさを感じた。私が想像する「春香さんのような存在」はもっと恐ろしくて、私を解剖するような悪趣味で残酷な存在だと思っていた。――――現実問題としてそうではなかったのだが――――だからこそ、私の方から彼女に頼み込んだのだ。「引き続き付けてほしい」と。


 結果として、春香さんはそのことを了承してくれた。「こういうのって友好的な人間関係を築くことに置いて、なんか致命的な不和を起こさない?」と彼女は心配してくれたが、むしろ私は逆なのだ。こういう人外倫理観を日常的に味わっていなければ、彼女がいくら人ではない形をしていようと、彼女が私みたいな人間より数倍も恐ろしい生物であることを忘れてしまいそうなのだ。その畏怖を忘れずに生きていたかったのだ。

 春香さんの優しい心を傷つけそうなのは申し訳ない気持ちがあるが、それでも「これが友好的な関係のためなら」と言って、受けて入れてくれた。本当に良い人魚だと思わないだろうか。優しい人格者の人魚である。


 さて、そんな優しい飼い主と異常な性癖を持ったペットのような異常関係を結びつつあった私たちだが、まだ私には満たされない点があった。それは彼女がウブすぎてキスも行為もできないことである。言わずもがな、私はキスや行為だけが恋愛だとは思わない。「プラトニック」なんて体のいい言葉で清くあろうとしないが、今まで付き合っては一日から一カ月で別れてきた女性たちの中にも、キスや行為が生理的に無理な人がいた。そういう人は一定するいるもので、それが春香さんという宇宙人が相手であったとしても、嫌がるようなことを強要したくなかった。

 ただ、それはそれとして私はキスや性行為が好きだ。するのも好きだし、されるのも好きだ。なので、私が「受け」の側をやることにした。「こういうのって友好的な人間関係を築くことに置いて、なんか致命的な不和を起こさない?」とまた心配してくれた彼女だったが、問題は無用である。何であろうと、彼女がやってくれることにこそ意味があるのである。それは相互にできたのなら楽しくて良かったが、まぁ彼女が嫌がる顔は見たくないし、仕方ない。


 しかし、春香さんは予想以上にウブであった。私も人外との行為は知識がなかったので上手くリードすることはできなかったのもあるが、私の胸の先に触ることすら怖がってしまった。嫌がっている様子じゃないので慣れたら大丈夫だと思うのだが、とりあえず触れる訓練からはじめないと何も出来そうにないなと思った。

 そこで、彼女の仕事場の同僚から「人になる薬」によって行為中だけ人型になってもらうことにした。人型の彼女は魚の尾の部分がないので、人間の女とほぼ類似した特質を持っていた。なんだかただの人と行為をするようなのは若干不満であったが、それよりも「姿形が私そのもの」という点の方が気になった。

 その薬は人型になれるのだが、条件として「自分が想像しやすい相手」になってしまうらしい。仲の良い同僚はいても彼女はあまり顔を覚えるのが得意じゃないらしく、結局セックス中に一緒にいる私にしか変身できないそうだ。


 そのことに際して「どうして自分なのか」という不満はあったが、地球から新たに変身用の人間をオブダクションしてくるわけにはいかないので、諦めた。彼女が慣れてきたら彼女の肉体でやってもらえるのだから、それまでの我慢である。

 ただそのような感情とは裏腹に、私の顔同士のセックスというのはなんだか奇妙で面白かった。一回目は私という存在が私という存在を犯している構図の歪さにあまり許容できなかったが、二回目からは彼女に意図的に目の下に黒子を付けてもらうことによって、脳で別人であると判断できるようにしたので、大分マシになった。

 近親相姦という感じは否めなかったが、これはこれで悪くないなと思った。



3.

 そんな彼女との関係性であるのだが、最近行為とは別に一つ問題が発生した。それは彼女が働いている職場のことである。彼女はこの星で自給自足で賄えているが、食料だけはどうにもならない。この星は不幸にも食料資源に満ちているわけではない。平らな土地が多いので建物は沢山建てられているのだが、その中で育てられているのは大量の植物である。それは私が生きていくための酸素を生み出すために存在している特殊な植物である。なので、食べることができない。それじゃあ食料生産用のスペースを作れば良いのではないかと思うかもしれないが、その特殊な植物以外のそんな施設を建てる土地が無かった。他にも通販用の宇宙的データベースに接続する装置と電力を生み出す装置、あとは私と春香さんが一緒に暮らす一軒家があるぐらいである。そこをカバーするために宇宙通販を使っているのだが、これがまぁ高い。この星は特に田舎ということもあって、送料が高いのである。

 なので彼女は週に何度か仕事に出ている。その間は私はだだっ広いこの星で寝たり本を読んだりして過ごすのだが。一人の日常は本当に辛い。首輪だけ付けていってもらっているのだが、飼い主がいない首輪というのは本当に味気がないものだ。捨て犬のような気持ちになる。……正直興奮する。

 

 ただ、時々遊びに来る彼女の仕事の友達によると、私がいない間の春香さんがとても虚無な顔をしているらしいのだ。それはそれで愛してもらえて嬉しいのだが、もしかすると、実は私のな欲望の要求によって苦しんでいるのではないかと思っていた。

 私は私の行為をだと思う。なぜなら、首輪をつけるなんておかしいからだ。彼女が困惑するほどには、宇宙ですらそれを性癖とみなすのはおかしいとされている。しかし、私は誰かに自分という存在を下に見られるのが大好きなのだ。それはもちろん好きな相手限定であるのだが……ともかく。


 仮に私の欲望で彼女が苦しんでいるのなら、私はもう彼女に対してこの首輪などのな要求をやめるべきなのではないかと思った。私は本当に彼女の嫌がることはしたくない。それだけは本当で、だから他人を傷つけるぐらいなら、自分が傷ついた方がマシと思っている。

 一週間ぐらいどう改善するべきなのか悩んだ末、私は一つの答えを出した。それは私が「普通」を演じてみることである。首輪をやめて、性癖をやめて、ありふれた普通になることだ。そうすれば、彼女は私のことで苦しむことがなくなるのではないか。


 そう思ったら即日行動、今日からやってみることにした。彼女が帰ってくると、私は椅子の上で本を読みながら「お帰りなさい」という。首輪を付けていない私に「どうしたの?」と聞いて来たので「やめました」と笑った。意外そうな顔をしたが、「そう、なのね」と受け入れてくれた。

 次に私が自由に外を歩くようになった。今までは部屋の中に入る大量の本や漫画を読んで時間を潰していたのだが、外に出るようになった。彼女とはその分一緒にデートして、二人で都市機構部分を見て回った。あるいは、二人で別の星に旅行へ行くこともあった。もちろん私は宇宙の外に出れば「死」なので出ることはできなかったが、それでもUFOデートをするのは楽しかった。


 行為やキスも次第に少なくした。キスは唇以外の頬や髪へとする訓練をしていたのだが、それも悪い気がして意図的にやめた。私はどんどんとになっていた。

 しかしそんなある日、彼女から話があると言われた。私をベッドの上に誘い込むと、人間型の姿で押し倒してきた。突然のアプローチに興奮しかけたが、いや、と思って咄嗟に振り払おうとした。しかし、彼女の力は強くて振り払えない。


「なんで……なんでになろうとしているの? なんで、であってくれないの?」


「だって……でなければ、であるのなら、傷つかないでしょ? 春香さんが」


「それは……それは、絶対に違うわ! あたし、キミがてっきりあたしへの愛が冷めちゃったんじゃないかって不安になっていたのよ? もしかして、キミの欲望を満たせていなかったんじゃなかったのかなって怖かった。キミが異常なことをしている時よりも、傷ついていたのよ? ……とても」


「ごめん……でも、本当にそのままの私で良いんですか? で欲望まみれな私で」


「当たり前。最初こそ驚いたけど、そういうキミの性が大好きになっから、さ。そのな感じで、キミが理想としている宇宙人を演じて馬鹿やっている感じがとても好きだからさ。――――、あたしの配偶者として」


 その声に身体が本当に痛くなりそうなぐらいゾクゾクした。春香さんは私の顎をクイッとあげると、首に首輪をつける。首が閉まるんじゃないかと思う程きつくしめると、私をそのまま押し倒した。その顔は明らかに異常で、でもそれは私が最も望んでいた春香さんの表情だった。

 今日は長い夜になりそうだなと小さく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アブノーマル・アブダクション 海沈生物 @sweetmaron1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ