永遠

瑞田 悠乃

永遠

「永遠をどこかにやってしまったわ」と、をんなの神が仰った。「あなた、永遠が何処にあるかご存知でない? 永遠をどこかにやってしまったようなの」

 をとこの神は「そんなはずはない」と仰って、今しがた滅ぼそうとすくいとった生物を元あったところへお戻しになった。

「庭に過去が干してあっただろう。あれに混じっているのではないかい」

「いいえ、そんなはずはございませんわ」

「はずがないということはなかろう。おまえが時間の棚から過去を取り出すときに、あいだに永遠を引っ掛けて気づかなかったとしても不思議ではあるまい。それにこの前、いらなくなった未来をまとめて勝手口のほうへ積んだだろう、あそこではないのかね」

「そんなはずはないんですの」とをんなの神はまた仰った。

「だってあなた、あなたがいつぞや『永遠は時間ではなくて状態ではあるまいか』なんて云いなさって、それから永遠は別のお部屋へ持って行ったのよ。ですからわたくしそのお部屋を探したんですの。けれど見つかりませんの。永遠をどこかへやってしまったわ」

「なるほど」をとこの神は思い出されたようにお手をお打ちになった。「確かにいつぞやそのようなことがあった。ではあそこの三つ目の引き出しは見たかい。究極やら完璧やらをしまっておいたところなんだが、永遠もそこへ入れたかもしれない」

「もちろん、探しましてよ」とをんなの神はいささかうんざりなさった声色で仰った。

「でもありませんでしたわ。それはともかくとして、あなたあの引き出しを最近ご覧になって? あんなに至上も完全も上から詰め込んだのではいけませんの、中身はもう大変なことなのよ。完璧なんてちょっとばかり欠けてしまっていたのよ、ほら」

「それはうっかりしていた。しかし、今は永遠の話だろう」

 をとこの神は、をんなの神の差し出された完璧をお受け取りになると、あとでなんとかすべしとかためて置いていらっしゃる正義と平和の上にお重ねになった。

「そうよ、そうですの。永遠をどこへやったのか見つけないと大変なのよ。あなた、いつぞやまだ永遠があったときのことを憶えていらっしゃるでしょう、ほら、お手がすべって天変地異のお籠に落としてしまったとき。あのときは洪水や地震の終わりがなくなってしまって、生き物の皆さんはさだめし大変だったでしょうに。それを拾い上げて終わりにして差し上げるのだって苦労しましたのよ」

「憶えているとも。あれは大変だったがしかし、尚更、そのようなことになる前に我々は永遠を見つけなくてはいけなかろうね」

 をとこの神はしばらくお開けになることもなかった一部屋の扉にお手をおかけになった。

「あら、あら、あなたそこは駄目よ。そこはいろんな命あるものの性質をしまってありますの。でも随分前から、下の方にあった平等がバランスを崩してしまって、いま扉を開けたら大変なのよ」

「なんと、それはあぶなかった。しかしそれでは、もはや性別や種族などをこの扉の向こうから取り出してくることはかなわないのだね。時々あれのかたちを変えなくては具合が悪いのだが——」

 そう仰っている最中に、をとこの神は何かにお気づきになって大きな声をあげなさった。

「おい、ちょっと、おまえこれを見てくれ。真実がこんなところに落ちているじゃないか。こんなに埃にまみれてすすけてしまって、これではなんだかわからないではないか。ああ、踏んでしまった」

「あなた、お気をつけなさって。わたくしもしばらく前に、真実が落ちているのを足で触ってしまったのよ。でもこの通り汚れてしまっているでしょう? だから注意深く見たのですけれど、もしかしたら論理かもしれないと思いましたのよ。ほら、あれって真実によく似ていますもの」

「しかし論理は真実に比べたらひどく脆弱じゃないか、踏んだら壊れてはしまわないかね。これはまったくもって事もなげに見えるのだが」

「だってそんなに黒ずんでいてはきずがついたってわからないわ」

 をんなの神は台所の収納をすべてお確かめになって、お肩をすくめなさりそう仰った。

「それにあなた、ちゃんと永遠をお探しになってほしいわ。いろいろなところを見ましたけれどちっともありませんのよ」

「そうだった。ときに思ったのだが、いつか命あるものたちが愛し合うのや憎しみ合うのを眺めていたときに、おまえが永遠を欲望の類だと云い出したことがあっただろう」

「ええ、そういえばありましたわ。色欲や物欲が永遠のもとなのじゃないかしらと、わたくしそう云いましたわね。でも、そうしたら、あなたがそれは執着が永遠を思わせるだけだと正されたのよ」

「ああ、そう云ったに違いあるまい。けれどあの時はあんまりおまえが譲らないものだから、ついにわたしも折れて、しまうところだけでも欲望と一緒にしておいたのではなかったかい」

 をとこの神は今度こそ自信がおありの様子であったが、をんなの神はお首を横にお振りになった。

「いいえ、わたくし憶えておりますけれど、あのときは死と並べて永遠を飾っておきましたのよ。ほら、あそこの棚に。あの者どもの結末をご覧になってあなたが思いつきになったのよ」

「そうだったかな」をとこの神は残念そうに御髪おぐしを掻きなさった。

「それに、欲望は感情の一揃いといっしょにお隣へ譲ったばかりですのよ。あんまりお羨みになるんですもの。ですから永遠がそこに紛れ込んでいたってもうわかりませんの」

「なんだって。それは惜しいことをした。おまえ、何故わたしに相談のひとつもしてはくれなかったんだい」

「あら、だってその頃にはあなたは宇宙にかかりきりで、光とか闇にばかり夢中でしたもの。そんなにお気に召しているとは思わなかったわ」

「そうであったかな」

 をとこの神は、もうまるきり隅に放り出されたままの宇宙をちらりとご覧になった。はじめの頃はこよなく楽しんだものだが、中身がどんどん拡がっていくので手がつけられなくなり、お手入れなさるのが億劫になられたのだった。

 をとこの神は嘆きなさった。

「ああ、はじめの頃は神ともなればなんでも知れたものだったが。今や神なぞはちまたに溢れかえっているのだから、我々のできることもすこぶる減ってしまった。よもや永遠を何処へやってしまったかもわからないとは」

「仕方なくてよ。そういう運命なのだもの」

「運命だって我々で決めていたではないか」

「あれも失くしてしまったのだもの、もうできませんのよ」

「そうなのだよ。永遠ももはや——」


 そうしてお二柱の神はなかなか永遠をお見つけになることができず、そのまま大変に長い時が流れ、とてもこの世の言葉では言い表せないほどの時が流れ、ついに終わることがなかった。

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永遠 瑞田 悠乃 @myiuztua_no

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