手紙の中身


 太陽が眩しく日照る中、ヨゾラとカタリナはお店の外席である丸い机で昼食を取りながらもゆっくりとした時間を過ごしていた。


「カタリナちゃん、あーん」


 ヨゾラが自分のパスタをフォークで巻き目の前に座っているカタリナに食べさせようとするが、カタリナは周りの人の目を気にしてかヨゾラのフォークには食いつかなかった。


「食べないですよ。職場の人にでも見られでもしたら後で散々いじられますからね」


「こんなに人がいる中で僕たちを見てる人なんていないからきっと大丈夫だよ。ほら、食べて」


 引き継ぎフォークを差し出してくるヨゾラに対しカタリナはそっぽを向いた。


「恥ずかしいので嫌ですよ。大人しく一人で黙々と食べてください」


「えー、さっきの服屋でのことよりは恥ずかしくないんじゃない?」


「次にその話をしたら眉間に穴が空きますよ」


「それは勘弁してほしいな」


 少し怒気を孕んだカタリナの言葉に対しヨゾラは一つも怯む様子はなく差し出したフォークを自分の口に運ぶ。


「まあ、カタリナちゃん友達いなさそうだし、食べ合いっこも恥ずかしくてできないのは仕方ないよね」


 少しだけムカついたカタリナは大人気なくヨゾラに言い返した。

 

「そういうヨゾラちゃんもいなさそうですね」


「僕はサキちゃんがいれば友達なんていなくても平気だよ」


 そう話すヨゾラの目は少しだけ狂気を孕んでいるようにカタリナは見えた。それと同時に少しだけ羨んでいた。


「それだけ大切な人ならくさないように気をつけるといいですよ。失くしてからでは何もできませんから」


 カタリナの言葉の真意と裏に残る感情に勘づいたヨゾラは、カタリナの核心を付くような質問をした。


「カタリナちゃんが亡くした人はどういう人だったの? もしかして、昨日言っていた先輩達の内の誰か?」


 その質問を受けたカタリナは変に落ち着いていたが、それだけカタリナにとって大切な人だったのだとヨゾラは思った。

 

「それ以上はお酒に酔っていないと話せないことですね。滅多に飲むことはありませんけど」


 質問をはぐらかしたカタリナは遠回しに話す気はないと言っていた。それに気づいたヨゾラもそれ以上深掘りはしなかった。


「お酒といえばサキちゃんがお酒を飲んでる所見たことないなあ」


「ずっと笛吹いているからですか?」


「そんなことはないけどね」


 そう言いながら、ヨゾラは食事を口に運ぶ。


「それなら、他に趣味とかあるのですか?」


「それなら花かな。よく買ってるところを遠目から見るよ」


「花ですか。可愛らしい所もあったものですね」


「あー、うん。そうだね。花は綺麗だもんね。」


 ヨゾラの歯切れの悪い受け答えにカタリナは何か間違えたのかと思ったがよくわからなかった。


「そういえば、カタリナちゃんの好きな人って誰なの?」


 カタリナは盛大に吹きかけたが貴族としてはしたないことをしないようにしっかり抑え込んだ。少し口から漏れていた。

 

「……昨日の話ですか? それならどっちもいませんよ。あの笛吹き女が勝手に勘違いしただけです」


「えっ、じゃあさっきから何でそんな反応なの?」


「いきなり、そんなことを聞かれたらこうなりますよ!」


 カタリナは初心だった。しかし、ヨゾラには解せないことが一つあった。


「僕のこの格好は?」


 可愛らしい服に身を包んだヨゾラはどこからどう見ても女の子の姿をしていた。しかし、それは最初はカタリナに半強制的に着させられたものだった。


「可愛い姿ですね。また先輩って呼んでください」


「カタリナ先輩♡ 僕は何故可愛い服を着ているのですか?」


「後輩はいじめられるものだからですよ。というか本官の家で本官だけの後輩になりませんか?」


「絶対に嫌です♡」


 この格好は好きだがカタリナは嫌いになりそうなヨゾラだった。

 そんな話をしている間にいつの間にか二人共食事を終えていた。


「そろそろ、帰りますか? それとも本官の家で後輩になりますか?」

 

「いい加減諦めてください、カタリナ先輩♡」


 そう言いながらお金を払おうと小袋を開いた。


「あっ、すっかり忘れてた」


 その中にはサキに届けるように頼まれた手紙が入っていた。


「代わりに払うので家に来てください」


「忘れたのはお金じゃないですよ♡」


 ヨゾラは手紙をカタリナに手渡した。その手紙の封蝋を見たカタリナは真面目な雰囲気に戻った。


「まだ開封されていないですね。どうして本官にこれを?」


「サキちゃんに渡すように頼まれたものだよ。カタリナちゃんへのものだって言ってたし、開けて見てもいいんじゃない?」


「そうですか。本来なら持ち帰る所ですが昨日のことは誤報だと報告していますから持ち帰るわけにはいきませんね」


 ヨゾラの言葉を聞いたカタリナは一瞬だけ迷ったが決心がついたのか慎重に手紙の封を開け始めた。


「見終わったら僕にも見せて」


「見てもいい内容ならいいですよ」

 

 カタリナは封筒に入っていた一枚の紙を開いて読んだ。その表情には明らかな動揺があった。


「ヨゾラ君、少し質問をしていいですか?」


「いいよ。答えられる範囲なら答えるよ」


 カタリナの雰囲気が剣呑なものに変わってもヨゾラは堂々としていた。

 

「昨日の夜に見せてくれた手紙は確かにチップに混ざっていたのですよね」


「そうだよ」


 カタリナはヨゾラが答えた直後に次の質問をした。ヨゾラは普段通りにしていた。

 

「演奏会当日にその手紙を誰かが入れたところは見ましたか?」


「見てないね」


 カタリナによって矢継ぎに次の質問がされた。ヨゾラは何事もないように平然としていた。


「本官の手にある手紙は誰に渡すように頼まれましたか?」


「サキちゃんだね」


 カタリナは一つ一つ何かを確かめるようにヨゾラに質問をした。ヨゾラに変わった様子はなく顔色一つ変えていなかった。


「サキさんが誰かからこの手紙を受け取っているところを見ましたか?」

 

「見たことないね」


 まるで尋問官のように毅然とした態度でカタリナはヨゾラに質問をした。ヨゾラは談笑でもしているかのように親しげな態度をしていた。


「他にこの手紙について知っていることはありますか?」


「何もないね」


 カタリナは犯人に証拠を突きつけるようにヨゾラに手紙を見せた。ヨゾラは指名手配の紙を見る一般人のように手紙を見た。


「本当に何も知らないのですか?」


「僕は何も知らないよ。知っているとしたらサキちゃんだよ」


 カタリナは溢れる感情を抑えながら縋るようにヨゾラに頼み込んだ。


「本官と一緒に昨日の屋敷まで行ってくれますか?」


 ヨゾラは秘めた好奇心を湧かせながらカタリナとの友情に応えた。


「いいよ。僕がついていってあげる」


 カタリナの持っている手紙にはただ一文だけ。

『冬の亡霊、廃墟にて鎖による封印を』と書かれていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る