第4話 ドナドナ

 驚愕の事実が判明した挙句、スタッフ先輩方の猛烈な追求をどうにか躱しきった翌日。

 下手したら地獄を見るかなと思っていたのだが、意外なことに登校しても特に何も起きなかった。

 そんなわけで昼休み。


「柚樹。お前、今日は学食?」

「いや弁当」

「自作?」

「一応。冷食ばっかだけど」

「よくやるなお前。親に作ってもらえばいいのに」

「一人暮らしの練習だよ。身の回りのことは自分でできるようにしときたいんだわ」

「相変わらず一人暮らしへの憧れが凄い……」

「何故呆れられるのか」


 良いじゃないか一人暮らし。好きな物を買える。飯も自分で好きな献立にできる。あと音の原因が自分だけだから超静かとか。

 色々と自由にできるんだから、そりゃ憧れるだろうよ。


「お前の家、厳しいんだっけ?」

「親は別に。ただ姉と妹がいる。ぶっちゃけそっちが面倒」

「あー……」


 姉、クソ面倒。妹、ワガママ。俺の能力の関係もあって、かなり酷使されてたりする。

 だからさっさと家を出たいんだよね。自由への渇望が凄い。


「険悪ってほどじゃないんだけどな……。ただあの二人を見てたら、女子に夢見ることもできなくなったし。なんか、本当に家いるのキツいんよ」

「姉や妹がいる奴のあるあるだな。やっぱり漫画みたいにはいかない?」

「現実と二次元は混同しちゃアカンよ。……家によるってのが実際なんだろうけど」


 少なくとも我が家に関しては、そういうのはないかなぁ。あの家での俺の扱い、特に姉からのそれは下僕寄りだからね……。

 おかげで女性不信というほどではないけれど、少しばかり異性が苦手なんだわ。バイトとか、そういう場面で関わるのは全然大丈夫なんだけど。

 そんなわけで、早く一人暮らしをしたい。そんで将来は独身貴族──。


「……っ!」

「どした?」

「いや、何でもない」


 ヤバい。一瞬昨日の柊先輩のアレがフラッシュバックした。

 駄目だぞ俺。揺れるな俺。女性に夢見るんじゃない。外面は良くても、実際は中々にアレってことがかなりの確率であるんだからな! コレは別に女性限定ってわけじゃないけど!

 そもそも俺は異性はもちろん、純粋に他人と関わるのだって億劫に感じるタイプなんだ。

 そんな奴が下手に踏み込んだ関係を作ろうとすれば、大火傷するのが目に見えている。

 昨日のアレはただの事故。灰色の青春をちょっとだけ彩った思い出ってことで、心の奥底にソッとしまっておこう。


「ともかく、高校卒業したら早々に家を出たいんだよ。弁当もその一環」

「でもアレだろ? 一人暮らしって金掛かるじゃん」

「それも大丈夫。ちゃんとバイトして金貯めてるし」


 能力の関係もあって、時給も割と高めにして──


「阿久根君! ちょっと先輩たちが呼んでるよー!」

「うん?」


 会話の最中に、クラスの女子から声を掛けられた。……それは問題ないんだけど、今なんつった?


「え、誰が呼んでるって?」

「三年の先輩たち。──青木先輩、本当に阿久根君で良いんですよね?」

「そーそー! さっさとその子をこっちにパース!」


 ……なにやら聞き覚えのある声が。コレ、昨日のスタッフ先輩方の一人では?


「……げっ」


 恐る恐る振り返ったら、自然と声が漏れた。昨日いた人たち揃い踏みじゃないですかぁ! ちょっと後ろの方に柊先輩までいるし!!


「柚樹。お前、何かやった? あの人たち、三年の先輩だよな? 奥にはあの柊先輩までいるし」

「……心当たりは、ある。でも凄い行きたくない」


 気付かないフリしてフェードアウトしてしまいたい。


「いや阿久根君、悪いけど逃がさないから。青木先輩、女バスの先輩だし。あの人の命令は絶対なんで」

「それ俺に関係なくない!?」

「良いから早く! ゴーゴー! あとついでに何やらかしたのか教えてね!」

「ドナドナ+野次馬根性は大罪じゃないかなぁ!?」


 俺の抗議も虚しく、クラスの女子によって連行される羽目に。

 気分は処刑台を引き摺り上げられる死刑囚だ。マジで嫌だ。


「やっほー。阿久根君、昨日ぶりだねぇ」

「……何でしょうか?」

「はいはい。そうムスッとしない。単に私たちとのお昼のお誘いってだけだから。ほら、私たちのクラス行くよ」

「っ、すー……。いや、あの、ほぼ初対面の先輩たち、それも女性ばっかのところにお邪魔するのは……」


 人付き合いが苦手な自分としては、流石に抵抗感があると言いますか。いや冗談抜きで。


「それに先約もあるので──」

「……ね、ねぇっ!」

「へ?」


 できるだけ角の立たない感じで断ろうとしたタイミングで、想定以上の大きな声に遮られた。

 声の主は意外なことに柊先輩。……あなた、そんな大声上げるキャラでしたっけ? あと、何でそんな勇気振り絞ってる感出してるんです?

 凄い嫌な予感するんですが、多分恐らくきっとメイビー俺の勘違いですよね?


「な、何でしょう……?」

「そ、その……私としては、阿久根君と一緒に、お昼を食べたいかな、なんて……」

「っ……!!」


 当たってほしくない予想ばっかり当たるんだなぁコレが!!


「言えたね円香!」

「頑張った! エラい!!」


 ヨシッ、じゃないんだよなぁ!? 今の一瞬でうちのクラスの空気が固まったんだよ!! 盛り上がってるのは先輩方だけなんですよ!!


「あ、もちろんね? 先約があるというのなら、無理にとは──」

「あ、柊先輩! ソイツと一緒に飯食う約束してた者ですけど、どうぞ遠慮なく連れていってください!!」

「ちょぉ!?」

「よしナイス援護射撃! あとでキミにはジュース奢ってあげよう」

「あざっす!!」


 ここでまさかのバックアタックだとぉ!? そりゃないだろ親友!!


「何でよ!?」

「お前、この状況で断ったらマジで柊先輩のファン敵に回すぞ。ついでに言うと絶対俺も巻き添えを喰らうし。だから大人しく行ってこい。針のむしろは嫌だろ?」

「ぬぐっ……」


 ここで正論で刺すのは止めろよぉ!! それじゃあ責めるに責められないじゃないかぁ!!


「ヨシ。それじゃ阿久根君、私たちのクラスまで行こっか」

「急がないとお昼休み終わっちゃうしねぇ」

「待ってください! せめて学食の方に……!!」

「学食中から注目されるのと、数も少なく味方も多い私たちのクラス。どっちが良いと思う?」


 晒し者と孤立無援の違いですよね? どっちにしろ地獄でファイナルアンサーじゃないですか。


「……えっと、その、ゴメンなさいね。でも本当に、キミとちゃんとお話をしたかったから」

「いや、まあ、はい。大丈夫っす……」


 そんなシュンとした表情で謝られたら、何も言えなくなるじゃないですか。顔面偏差値で殴ってこないでくださいマジで……。

 あー。これマジで腹括しかないよなぁ。てか、これからどうなるんだろ。色んな意味でスゲェ不安なんだけど。

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