第3話 安居院、塚原と対峙する

 やはり視線を感じる。

 寮に帰ってきて、考えてしまう事はそればかりだ。

 授業中であろうと、教室移動であろうと、昼休みであろうと。

 俺の『蜻蛉かげろう』の前に、敵は無し。


 塚原長義。


 確か全中二位で、推薦で入学した奴だ。

 俺の挙動を細かく目で追っているのが『蜻蛉』でよく分かる。

 何故そこまで、俺の行動を見張る必要がある?

 剣道部顧問の差し金か? 

 いや、そんな事をする必要性が何処にあるというのか。

 もしあったとするなら、それはそれで大問題に発展する。

 剣道部で『問題』を起こした訳ではない。

 寧ろ、顧問の判断で、俺は謹慎を受けた。

 それを過剰に俺の行動を見張っている、としか言いようがない。

 だとすれば俺の仕掛けた一計いっけいがバレたか。

 他の寮生から聞き出さない限り、俺と千葉がルームメイトである事はすぐにバレる事はない。

 という事はバレた、と考えた方がいいだろう。

 塚原だけの視線かと思いきや、他の視線も感じる。顔も割れている。

 おそらく剣道部の新入部員だろう。

 だが名前が思い出せない。

 そんなものに興味がなかったからだ。

 しかし間違いない、新入部員だ。

 視線はこの二人、それ以外は感じられない。

「おーい、話聞いてる?」

 今日一日の出来事を振り返っていたら、千葉がベッドから起き上がり声を掛ける。 

 そういえば、千葉の話を聞いていたんだったな、すっかり忘れていた。

「すまない。で、何だっけ?」

「ほらー、聞いてないじゃんかー。最近多いぜ?」

「そうか? 聞いているつもりなんだけどな。以後、気を付けるよ」

「そう言ってまた上の空。ここ最近、そんなのが多いぞ?」

 千葉の指摘通り、確かにその通りだった。

 部活動謹慎中で、ここまで視線を感じる事に、違和感があり過ぎた。

 しかしどんなに思考を巡らせても、やはり納得がいかない。

 個人的なものなのか、顧問からの指示なのか。

 前者は考えられそうだが、後者であったら、指導者としてはクソだな。

 とりあえず今は、考えても仕方がない。

 千葉の話を聞いてあげるのも、ルームメイトとしての仕事だ。

「すまんが、もう一度最初から、聞かせてくれないか?」

 俺は千葉に頭を下げる。

「しょうがないなぁ、もうこれが最後だぞ? 剣道部の女子たちが、体育館に押し寄せる様になってきたんだ。何だか俺のファンクラブみたいなのまで出来ているみたいで、剣道部女子だけじゃなくて、色んな部活に広がっていっているみたいなんだ」

「それは良い事じゃないのか? 事実、千葉は高身長のイケメン、っていう部類に入るんだから」

 俺は手に取っていた本を机に置き、千葉を見据えてそう答えた。

「あ、それ、ひがみに聞こえるんですけど」

「僻み? 何で俺が千葉に僻まなきゃいけないんだ?」

「だって前に、言ってきたじゃん。『見下ろされるのは嫌いだ』ってさ」


 あぁ…、確かに。


 千葉とこうなる前に、言った様な記憶がある。

 でもそれは事実だし、見下ろされるのは嫌いだ。

「自分の背が低いからって、僻む事ないんじゃない?」

「背が高い低いの問題じゃない。俺が生理的に受け付けないって話だ。だからって千葉を受け付けないとか、そう言う意味ではないぞ?」

「ふぅ~ん?」

 千葉は悪戯っぽく、俺を見つめ始める。

「何だよ」

「貴ちゃんってさ、モテたいとか、思った事ないの?」

 丁度ペットボトルのお茶を、飲もうとした時にそんな事を言うものだから、思わず吹き出しそうになった。

「はぁ? モテたい?」

「イエス!」

「無いな。女なんて邪魔に過ぎない」

「そう言っている割には、誰かに手紙を送っているみたいじゃん? 知ってるよ、便箋で何か書いてるのも、読んでいるのも」

 本当にこいつときたら。

 まぁ、別に知られても困る様な事でもないか。

 千葉との信頼関係は、短期間で築き上げたのは確かだ。

 というより、千葉の天性の人懐っこさというべきか。

 だからといって、ペラペラと口外する様な奴でもない。

「ばあちゃんだよ」

「えっ? 何だって?」

「手紙の相手はばあちゃん、、、、、だよ」

「ばあちゃんって……貴ちゃんのばあちゃんだよな?」

「何を言ってんだ? お前は」

「あ、ゴメン。何言ってんだ、俺。でも意外だな、貴ちゃん、ばあちゃん子なんだ」

 千葉から見たらそうだし、世間からも見たらそうなんだろう。

 ばあちゃん子、、、、、、という表現が、当たっているのかどうか、いまいち自分でも分からない。

 ただ、それでもはっきりしている事は、親戚に預けたばあちゃんを、一時も忘れた事はない。

「だったら、貴ちゃん。絶対に女の子にモテるよ!」

 何を言っているんだ、お前は。

「ばあちゃんの事を気にかけて、毎回手紙を書いているんだろう? そういう奴に悪い奴はいない! 俺が断言する!」

「はぁ…」

「大丈夫だよ! 俺が保証するぜ! 貴ちゃんにもきっと、良い娘が現れるって!」

「いや、だからな……」

「俺の言う事に間違いはない!」

 駄目だ。

 ここまでくると、コイツは手に負えなくなる。

 さっきまでの千葉の相談は何処へやら、完全にシフトチェンジして、話題は俺に切り替わっていた。

 だがこういうのも、何だか悪くはない。

 俺は不思議とそう思うのだ。

 今までが今までだけに、異常だったのだ。

 一期一会いちごいちえとはいったものだ。

 だからといって。

 俺の考えが変わる事なんてない。

 これをかてにして、さらに高みを目指し、計画を成就じょうじゅさせる事が狙いだ。

 それこそが俺の本懐であり、野望でもある。

 それを邪魔する奴は、叩き潰すまでだ。


 現代文の授業中。

 やはり視線を感じる。

 視線の主は塚原長義。

 馬鹿が、バレバレである。

 俺に執着する理由はなんだ?

 佐々木を叩き潰した事か?

 そうだとしても、塚原と佐々木の関係性は全く無い。

 だったら何だ?

 ただの逆恨みか?

 とんだ迷惑だ。

 それに塚原長義、全中二位の成績であろうと何だろうと俺の敵ではない。

 もし俺の前に立ちふさがるならば、容赦なく塚原を叩き潰す、、、、。 

 徹底的に。日輪無神流の前に、勝者などいない。あるのは敗者のみ。

 これが真剣であれば、塚原は自分でも気付く事なく、しかばねになるだろう。

 現代における剣道が、日輪無神流に勝てるはずがない。

 付け加えるのならば、現存する剣術流派でも、我が流派に勝てる訳がない。

 それに勝とうなど、狂気の沙汰だ。

 そんな事を思っていると、塚原は現代文教師に叱られていた。

 クラスメイト達に笑われていた。

 ボーっと人の事を、観察しているからこうなるんだ。

 あれが全中二位だなんて、笑わせる。

 ああいう奴が、剣道を駄目にしている。


 やはり甘い。

 俺は決して認めない。



 視線を感じる。

 もうこれで、一週間は過ぎているはずだ。

 しつこいにも程がある。

 当初は気にしていなかったが、段々とイラつきが収まらなくなってきた。

 授業中、昼休み、移動教室等断るごとに俺を監視している様だ。

 剣道をやっているというのなら、正々堂々と俺に直接立ちはだかり話しでも何でもすればいい。

 正直、陰湿いんしつにしか思えない。

 これが剣道をやっている奴のやる事か?

(とは言え、俺も人の事は言えないのだが)

 下校の時間、俺はそのまま寮に向かう。

 それでもなお、視線を感じる。

 これも毎度の事だ。

 寮に帰るまでこの視線はずっと続く。

 ならば俺が視線の相手である塚原長義に、直接会って話を聞こうじゃないか。

 あの馬鹿は何処までも俺を追ってくる。

 それに視線がひとつ減った。

 これも好都合こうつごうといったものだ。

 俺に用があるのは、別の視線ではなく、間違いなく塚原だ。

 寮の入り口。

 わざと俺は寮に入らず、裏手に回った。

 寮の裏手まで、塚原の視線は追ってくる。

 どこまでも馬鹿正直な奴だ。

 寮の裏手は庭になっており、管理人によって綺麗にされている。

 木々も生い茂っていて、その場所から塚原の視線を感じる。

「おい! いい加減、悪趣味な事をするのは止めたらどうだ!」

 声を上げても、中々姿を現そうとしない。

 俺は生い茂った木々に近づいていく。

「バレバレだぞ? 1-A、塚原長義。俺に用があるなら、正々堂々と姿を現したらどうだ?」

 しばしの沈黙。

 するとようやく観念したのか、木々の奥から、塚原が観念したように出てきた。

 塚原はまるで、苦虫にがむしを嚙み潰したような表情をしている。

 俺は鼻で笑った。

 その態度が気に入らなかったのか、塚原は俺を睨みつける。

「何で…僕だって分かった?」

 愚問な事を聞く。

 蜻蛉、、を舐めてもらっては困る。

「そんな事、すぐに分かる。他の奴には分からなくてもな」

 よく見ると、塚原は竹刀袋を持っていた。

 まさかとは思うが、俺と立ち合いでもしようと思ったのか?

「どちらにせよ、悪趣味な事をするじゃないか」

「そんな! そんな事……ある訳ないじゃないか!」

 塚原はひどく狼狽した。

 ならば追い討ちでも掛けるか。

「それじゃあ、その竹刀袋はなんだ? 俺とここで、立ち合いでもしようっていうのか? それとも、闇討ち同然の事でもしようっていうのか?」

「馬鹿な! 俺はそんな卑怯な真似は絶対にしない!」

 塚原の目を見る。

 どうやら、嘘はついていない様だった。

 とりあえず何故ここまで、俺に執着するのか、その訳を聞いてやろうと思った。

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