第5話 コンタクト

 あれから半年が過ぎて、僕は河口高校の一年生になった。

 色々な高校から剣道のスカウトもあったりしたけれど、家から近い剣道の強豪校、河口高校に推薦で入学した。

 前田は「俺は中学で辞めるよ」と言って、一般受験で進学校に入学した。

 やっぱりあの、『安居院』の映像を観たせいなんだろうか、と勝手に想像してみたが前から決めていたようで、高校からは別の部活に専念したい事も言っていた。

 多分前田自身も、剣道で伸び悩んでいた時期があったのかもしれない。

 あながち、

「俺は人に教える方が向いているよ」

 というのは、嘘じゃなかったのかもしれない。

 そんな事を思いながら、河口高校の校門を通る。

 入学式前だから、父兄や新入生達で賑わっている。

 桜をバックに、入学記念の写真を撮っている家族も見えた。

 中学の入学式とは違い、何だかとても華やかに思える。

 僕もそのひとりで、母さんに新品のブレザー姿である僕を、桜をバックに写真を撮られた。

「もう一枚!」

 そう言いながら、またスマホのカメラでシャッターを切る。

 僕の入学であるのに一番はしゃいでいるのは、もしかすると母さんかもしれない。

 そんな母さんを尻目に入学前の冊子を貰う為に、係員が配っている場所へと並んだ。

 

 私立河口高校。

 スポーツの分野では強豪校だ。

 野球やサッカーでは中々芽が出ないみたいだが、バスケットボール、テニス、そして剣道はここ五年でインターハイの常連になった新参校しんざんこう

 僕の家から近いというのも、何かの縁なんだろう。

 ここならば、もしかしたら自分の剣道を思う存分に出来るはずだ、

 そんな事を思いながら、僕はこの学校を選んだ。

 別に家から近いから、という理由で選んだわけじゃない。

 僕は何かと『縁』というものを、凄く大事にしている。

 信心深いとかそういう事じゃない。

 多分、僕の性格なんだろうと思う。

 前田や内山田先生に後輩達、そして僕の師匠である、細川先生だって、何かの縁で繋がったから出会えたのだろう。

 ひょっとしたら言い方がおかしいかもしれないけれど、そういう出会いは大事にしたいと、勝手に僕は思っていたりする。

 そういえば前に一度だけ、後輩達にそんな話をしたら、

「先輩、変わってますね」

 なんて言われたり、それを聞いた前田からも、からかわれたりした事があった。

 前田曰く『天然剣道バカ』だそうだ。

 別に剣道バカだとは思った事はないが、天然だとも思った事もない。

 どこがどのように天然だというのか。

 今となっては分からずじまいだ。

 そんな事を思っていたら、あっという間に係員の人から冊子を貰っていた。

 こういうところが天然なのか?

 そんな事を思いながら冊子を開いて、自分の名前を探す。

 直ぐに見つかった。

 僕のクラスは1-A。

 しかし僕は、自分の表情が、一瞬にして強張る感じがした。

 全身の血の気が引いていく。

 同じクラスに、見た事のある名前が印刷されていたからだ。


『安居院貴久』


 バカな。

 あの安居院が?

 河口高校に入学してきただと?

 自分自身の目を疑う。

 しかし紛れもなく、奴の名前である。

 いや、同姓同名の別人、という可能性もあるかもしれない。

 だが、ちょっと待て。

『安居院』なんて珍しい名字を持った同姓同名の奴がいるものか。

 間違いない、あの全中で大暴れしたあの安居院、、、だ。

 ここで、重大な事に気付く。

 例え安居院貴久という名前が記載されていても、僕は奴の顔を知らない。

 面金めんがねのせいで、顔を見る事が出来なかった。

 だからどういう外見をしているかなんて、分かる訳がなかった。

 入学早々に、嵐の予感を感じた。

 安居院貴久。

 奴の顔を知ったからといって、剣道部に入部してくるかも分からない。

 だが可能性は高い。奴の名前を見て、胸騒ぎがする。

 ただそれだけだった。


 入学式も粛々と終わり、そのまま自分達の教室に向かった。

 僕は直ぐに安居院を探す。

 席順でいけば、おそらく窓側の先頭が、安居院の席になるはず。

 僕は自分の席に座り、まるで張込はりこむかのように、窓側をずっと見ていた。

 奴は直ぐに来た。

 身長は170センチあるかないか、細身で髪は長く……いや、それよりもその髪の色に驚いた。

 白髪、いや、銀に近い白。

 染めているのか?

 だがそんな風に見えない。

 生まれつきなのか?

 教室がざわつく。

 それはそうだ、鮮やかなまでの白銀。

 入学式で何故気が付かなかったのだろう、これだけ目立っているというのに。

 僕が目を光らせていた事に気付いたのか、こっちを見た。

 僕は瞬時に目を逸らしたが、目付きは鋭い印象を持った。

 まるで…殺される、、、、、そういう表現が言葉として当たっているのかどうか。

 殺気。

 一瞬にして、僕に飛ばしたのかもしれない。

 間違いない。

 奴が『安居院貴久』だ。

 細川先生が言っていた、組手甲冑術の剣術使い。

 僕は再び、窓側の安居院の席に目をやる。

 もう席についていて、窓をずっと眺めている様だった。

 そしてたった今、起きた事を僕は反復する。

 ちょっと目があっただけだ。それだけで僕は圧倒されてしまった。

 目で殺すとはよく言ったものだが、それが出来るなんて信じられなかった。

 という事は、僕はたった0コンマ何秒で、殺されたという事になる。

 常人では出来ない事だ。

 しかも僕と同い年。

 細川先生の言葉を思い出した。


「この小僧に当たらなくて良かった」


 それが今、体験出来た。

 安居院貴久は危険だ。

 この高校に一体何をしに来たんだ?

 まさか剣道部に入部するんじゃないだろうか?

 僕には、嫌な予感しかしなかった。

 これが僕と『安居院貴久』の、ファーストコンタクトだった。

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