第3話 ハイキックな彼女

 日野先生との衝突をけた僕の目の前に、女子高生が一人、驚いた表情を浮かべ立っていた。


「よけてー!」


 僕はとっさに叫んだ。彼女と僕の視線が交わる。彼女は一瞬避けようと身体を動かしたが、間に合わず僕と衝突した。


 彼女は僕との衝突の衝撃に耐えることが出来ず、後ろに倒れ込み、そのまま僕は彼女を押し倒すようにおおかぶさった。夏服の白いシャツから感じる体温。柔らかい感触と心臓の鼓動こどう、そしてかすかな吐息といきを感じる。


「いったー」


 彼女は僕が覆い被さった状態のまま少し上体じょうたいを起こした。思わず視線を彼女に向けると視線が交わった。


 彼女は同じクラスの雪乃ゆきの結衣ゆいだ。整った顔立ちにつややかな線を描く肢体したい、そしてどこか寂しさとはかなさを感じる瞳は男子高校生たちの庇護欲ひごよくを掻き立てる、だが……。


 雪乃だけはまずい。


 雪乃の表情は僕を睨みつけるように変わっていく。


「はやく、どきなさいよ!」


「ご、ごめ――」


 雪乃は僕の声を最後まで聞く事なく、僕の身体を振り払った。そして、起き上がると同時に雪乃の上体は少し下がり、左脚で踏み込んだ。


 刹那せつな、「せいやー!」という掛け声が聞こえてきそうな表情と共に、右脚が円弧えんこを描きながら僕の顔面へと向かってくる。


 一瞬の最中さなか、思考をめぐらせた。


 僕は格闘ゲームが好きでよくやっているのだが、ゲーム知識で無双する物語が少し前に流行ったようだ。


 そう、格闘ゲームの知識を今使って、この難局を乗り越えることにする。


 まずは、当たり判定の把握である。雪乃の右脚ハイキックの当たり判定は……右脚だ。そしてまずはガードだ。ハイキックをガードするには上段ガードでなければならない。それには、十字キーを進行方向とは逆の方向を押せばいいだけである。簡単だ。僕は心の十字キーを押した。


 そして、雪乃の右脚は僕の顔面を正確にとらえ、僕の身体は宙に浮き、数センチ空中を移動し日野先生の足元へと倒れ込んだ。


 ……ゲーム知識は役に立たなかった。


 日野先生の足元へと倒れ込んだ僕は、仰向あおけになった。そこには青い世界が広がっていた。


「青ですか」


 日野先生は何言ってるんだ? というような顔で僕を見たが、やがて何かに気付いたように一歩後ろへ下がり、顔を赤くした。


柏木かしわぎ君、放課後職員室に来なさい」


「な、なんで!」


「教師へのセクハラ行為を反省してもらいます」


 これは不可抗力というか、冤罪えんざいだ。


「雪乃さん、あなたもです、他生徒への暴力行為、許されるものではありません」


「っ!」


 雪乃は何か言いたそうにしたが、諦めたかのように無言で立ち去った。


 僕はゆっくりと押し寄せてくる顔の痛みに耐えながら、果てしなく青い空を見上げた。空にはいつの間にか白い雲が一つだけ浮かんでいた。


「青と……白か……」


 母さん、僕、柏木春人かしわぎはるとは高校二年にして、セクハラ容疑で捕まるかもしれません。



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