第12話 康二の歩む道


康二は悩んでいた。

自分は何を目標にすればよいか。

勉強は出来るが、それ以外になんの取り柄もない。

まぁやんみたいに人望もない。

龍弥みたいに夢もない。

高校2年の進路を決める時期になっても、まだ自分が何をしたいのかがわからない。

そんな康二の異変にいち早く気づいたのはまぁやんであった。

「康二、ちょっとこいよ」

まぁやんは康二を自分の部屋に入れた。

その日は龍弥はバイトで帰りが遅かった。

「なぁ、お前…なんかあったか?」

「なんで?」

「お前、たまにぼぉーっとしてるだろ?俺、何度かお前に話しかけてシカトされた事あったんだぞ」

「え!うそ!ごめん!」

「んなことはいいんだよ。俺ら家族だろうが。なんかあるんだったら言ってみろよ!」

「うん…実はさ…俺、何になりたいとか、将来が全く見えないんだ…」

「うんうん」

「まぁやんはやりたいこと見つけられたし、龍弥は元々夢があったし。それに引き換え俺は…」

「なるほどなぁー。わかるわー」

「え?わかるって?」

「いや、俺もよ。お前と同じだったってことだよ」

「まぁやんが?」

「あぁ。俺だって今やってる飲食業に出会ったきっかけは龍弥の一言なんだぜ?」

「龍弥の?」

まぁやんは部屋のミニ冷蔵庫からビールを取り出した。

「内緒だぞ?バレたら怒られっからな」

二人は極力音がしないように、ビールのリングプルを開けた。

「よし!今日はお前の道をつくろうぜ!」

「カンパイ」

二人はぐいっとビールを飲んだ。

「くあー!うまいね!」

「あぁ!最高だな」

「ねぇまぁやん。さっきの龍弥がきっかけって?」

「おぉ。実はな、俺も全くやりたいこととか何にもなかったんだよ。それを龍弥に話したんだ」

「うん」

「あいつな、お前は人当たりも良くて、体力もあって、礼儀を重んじるからとか言って、飲食業を勧めたんだ。俺には全くない発想だったよ」

「そうだったんだ」

「康二、お前はよ何にもやりたい事ねぇんだよな?それって本当か?」

「ん?どう言う意味?」

「恋だよ!お前には血の繋がった大切な妹がいるだろ?恋のために何かやれることってないのか?」

「恋のため…」

「直接恋のためになることもそうだが、例えばな。んーそうだなぁー。恋みたいな子を二度と出さないようにするとか…」

「恋のような子を出さない…」

「そだ!公務員とか?」

「公務員って言っても、たくさんあるよ」

「そっかぁ…」

まぁやんと康二は色々意見を出し合った。

康二は今まで自分一人で考えていても何にも思いつかなかったのに、今はイキイキと意見を出し合えていた。

「そうだ!」

まぁやんが何か閃いた。

「康二、お前弁護士になれよ!」

「えぇぇぇ!弁護士ぃー!」

「そっ!弁護士!かっけーべ!」

「簡単に言うなよ!無理だよ」

「なんで無理なんだ?」

「だって、弁護士だったら法学部に行かなきゃ。それに今からって」

「なぁ、無理って誰が決めたんだ?」

「え?」

「自分が勝手に決めてるんだろ?チャレンジもしない内から、なんで無理って決めつけるんだ?」

「だってさ、めちゃくちゃ難しいんだよ」

康二は慌てふためいた。

「康二、俺がなんで弁護士はって思ったかってっとな?法律で恋みたいな子供達を守れないのかなって思ってな。

まぁ、今ビール飲んでる事自体、法律守ってねぇけどな!」

まぁやんは戯けて笑った。

「康二、お前は頭いいんだから、絶対できるって!俺が保証してやってもいい!しかもお前は優しい!弁護士向きだ」

弁護士…物凄い高いハードルが目の前に塞がったような錯覚を覚えた。

でも「恋みたいな子供達をまもれないのかな」と言ったまぁやんの顔が頭から離れなかった。


数ヶ月後、康二が通う高校の進路指導の日である。

康二は進路指導日のギリギリまで悩んでいた。

そして決意した。

「俺…北大行きます。北大の法学部を受験します」

すると先生は

「お前の成績なら北大は大丈夫だと思うが。法学部は難関だぞ。弁護士か?」

「はい!俺、弁護士めざします」

「司法試験も受けなきゃいけないし、かなり高い山だぞ!険しい道だぞ!それでもやるか?」

「はい!」

「お前、少し前までふわふわしていたのに、その心境の変化はなんだ?」

「俺に目指す道を照らしてくれたのは、俺の兄です」

「だって、お前にお兄さんなんて…」

「いるんです。俺には頼れる兄が二人も!」

「?」

「とにかく、俺の進路は揺るぎません!これでお願いします!」

康二の決意は固かった。

その日から、大学受験に向けた勉強に加え、司法試験の勉強も入れた。

ただし、康二の勉強を邪魔する存在がいる。

恋である。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ここ教えて?」

康二は恋の宿題に毎日付き合っている。

「ここはなぁ、分母と分子を…」

康二の教え方には定評があり、以前は学園の子達を集めて授業もしていたほどだ。

だが、たたでさえ大学受験の勉強もある上に、司法試験の勉強、恋の勉強の相手と、康二のキャパはオーバーしていた。

ある日、恋の勉強を教えていた時のこと。

「んーこれ、わかんないよー」

「これは前に教えただろ?」

「えー。教わってないよぉー」

「ちゃんと思い出しなさい!」

「だって…」

「だってじゃない!」

康二が珍しく声を荒げた。

近くにいたまぁやんも驚いた。

「お兄ちゃん怖い!嫌い!」

恋が泣きながら飛び出していった。

「あ…」

その瞬間、我に帰った。

(あぁ、やっちまった。何イライラを恋にぶつけてるんだ)

するとまぁやんが寄ってきて、康二の頭を掴んだ。

「お前、追込みすぎなんだよ!恋に八つ当たりしてどうすんだよ!ばーか!」

「す…すまん」

「俺じゃなく、恋にだろ?謝んのは!」

「あっ…恋…」

康二は恋の元に走って行った。

恋はいじけたり、泣いたりすると、必ず行く場所がある。

まぁやんのベッドだ。

恋はまぁやんのベッドに潜り込んで泣いていた。

「恋…ごめんな…お兄ちゃん…どうかしてたよ」

「お兄ちゃん怖いもん!怖いお兄ちゃんやだもん」

「そうだよな…やだよな!お兄ちゃん、二度と怖いお兄ちゃんにならない。約束する」

恋は布団からガバって出ると、今度はまぁやんの元へ走ってった。

「恋!待ってくれ!」

恋がまぁやんの足にしがみついて後ろに隠れている。

「恋!この通りだ。許してくれ」

恋は俯いたままじっとしていた。

するとまぁやんが恋の頭をくしゃくしゃって撫でて

「恋、許してやれよ。後でな、俺がこいつを懲らしめてやるから!なっ!仲直りしなさい!」

すると恋は

「うん…」

っといって康二の元に行った。

「恋、ごめん!」

康二が恋を抱きしめながら、まぁやんを見た。

まぁやんは親指を立てて、笑顔だった。

それからは、康二のフォローをまぁやんと龍弥が交代で見ていた。

二人ともバイトの時は、みさき先生やスタッフ達が見ていた。

できる限り、康二に勉強させてあげようとした。

その周りの動きからか、恋も気がつくようになって、康二にお茶の差し入れなんかをするようになった。


季節は過ぎて…

康二の受験日となった。

学園全員あげて、康二を支援してきた。

「康二神社」なるものを子供達が作って、みんなそこにお参りをしていた。

「康二、気合いだぞ!」

龍弥が康二の背中をバンっと叩いた!

「よっしゃ!」

康二も気合い充分のようだ。

「お兄ちゃん!ファイト!」

「ありがとうな!恋」

まぁやんは東京に行っているため、その場にはいないが、前日の夜に電話で激励した。

「じゃ!行ってくる!」

『いってらっしゃい!』『頑張って〜』

みんなに見送られながら、康二は出発した。

「よし!も一回康二神社にお参りしとくか!」

龍弥は康二神社の祭壇に向かってお祈りしようとした。

その時、なんか見覚えのあるものが…

康二の受験票である!

「あのバカ!マジかよ!」

受験票を持って、龍弥は走り出した。

康二はバス停に着いて、バスに乗り込むところだった。

「くっそーがー」

龍弥の全力疾走。

「こーうーじー!」

康二は気づかない。

とうとう康二もバスに乗った!

受験票を忘れたら受験すら出来ない。

あいつの今までの努力が水の泡である。

走っても間に合わないと判断した龍弥は、すぐにタクシーを探した。

だがタクシーはなかなかいなかった。

その時である。

遠くからバイクのエンジン音が!

「この音は…」

聞き慣れたバイクのエンジン音だったので、すかさずバイクに合図した。

バイクは龍弥の目の前で止まった。

「龍弥くんじゃない!どうしたのよ!」

苑香さんである。

苑香さんはバイクが趣味で、よくまぁやんと雷斗と一緒に自慢されていたのだ。

「ごめん!苑香さん!あのバスをおって欲しいんだ」

龍弥は簡潔に事情を説明した。

「いいわよ!しっかり捕まってるんですわよ」

龍弥を乗せたバイクがバスめがけて走り出した。

「次のバス停まで先回りする?」

「いや、それだとバスを停めてしまう。バスが遅れると迷惑かかるから、あいつが降りたところで渡す」

「りょーかい!」

苑香さんと龍弥はしばらくバスを尾行した。

そして、康二が降りた!

「よし!行っといで!龍弥!」

「はい!」

龍弥は走りながら、

「康二ぃー」っと叫んだ。

康二が気づいた。

「龍弥?どうして?」

「バカ!お前!これ!」

龍弥は受験票を渡した。

「あー!ごめんー!助かったよー」

「ほんとバカ!ばーか!」

「今から受験受けようとしてる人にバカバカ言うな!」

「だってな、バカなんだから!しょうがねーじゃん」

二人とも同時に笑い合った。

「緊張解けたよ!サンキュー龍弥!」

「おう!ぶちかましてこい!」

龍弥と苑香さんは康二を見送った。


そしていよいよ!合格発表の日

康二は恋を連れて見に行った。

一人ではいけなかったのである。

「大丈夫!お兄ちゃんなら絶対受かってるよ!」

「そっかな。大丈夫かな?」

不安で押しつぶされそうな康二。

掲示板だんだんと近づいて行った。

「お兄ちゃん!受験番号何番?」

「429番なんだ…しにく…死に苦だってよ…」

すると恋は康二の太ももをパンチして

「何変な想像してるの!429は幸せ肉だよ!だから合格したらお肉食べようねー」

恋のその一言で不安がかなり軽減した。

「よし!いくぞ!」

掲示板を見た!

「429…429…幸せ肉…幸せ肉…」

すると恋が明るい声で

「あっ!あったー!あったよー」

「えっ!」

『429』確かに合格していた!

「よっしゃー!恋!」

康二は恋を肩車にしてはしゃぎ回った。

「やったね!お兄ちゃん!」

康二に捕まりながら喜んだ。

「約束通り、今日は幸せ肉だ!」

「みんなに報告しよ!まぁ兄と龍兄にも」

「ああ!すぐ電話しよう」


大学に無事合格した康二。

入学と同時に学園を卒園することになった。

「恋、お兄ちゃん少し離れるけど、ちょくちょく様子見に来るからな!」

恋は寂しかったが、それが兄のためならと思って我慢した。

まぁやんも出て行った。龍弥も出て行った。そして実の兄の康二も出て行く。

「約束したんだ!まぁ兄と龍兄も年に数回帰ってくるって。だから大丈夫だよ」

明るく振る舞う恋。

康二は少し心配だったが、みさき先生に託すことにした。

「みさき先生、恋の事頼みます」

「わかったよ!安心して行っといで」

「はい!」

康二は自らの夢を叶えるために…

学園を後にした。


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