第35話 幼年期の終わりと未来への飛翔

 大精霊の儀を終えても仮成人ということで日常生活は何も変わらなかった。相変わらず里の外には一人で出かけることはなかったし、魔力や身体の鍛錬にも悠久の時を生きるエルフにとって終わりはないからだ。

 私が大精霊の儀を終えて三年経った後、今度はセイルが五十で大精霊の儀に臨んだ。私が精霊舞を奉納したのと同じように、男性エルフの場合は精霊剣舞を奉納する。

 精霊剣舞は精霊舞に比べて激しい物だった。序盤は静かに剣の基本の型をなぞる様にして静止する。中盤では足捌きを中心とした激しい動きに変わり、終盤の疲れが溜まる厳しい時期に、エルフ伝統剣技の百二十八連撃を、自身に可能な最速で繰り出してみせるのだ。それをセイルは剣先が目視できない速度で息一つ見出すことなくしてみせると、剣を納めて最後に霊弾を空に飛ばして剣舞を終えた。


「すごいわ! セイル!」


 宴会の場でセイルの里の皆に一通りお祝いを受けて一旦解放されたのを見るや、セイルの下に駆けつけてハグすると、


「こんなに強くなっていたなんて気が付かなかったわ」


 そう言って二の腕や肩の筋肉を触ってしなやかさを確認しては繁々しげしげと観察した。すごいわ、なんだかパパの筋肉に似てきた気がする。そう言う私にセイルは笑って答えた。


「フィスと一緒に外を出かけられるよう鍛えているからね」


 百二十八連撃をあんな速度で繰り出して息一つ乱さないなんて、一体どういう鍛錬を積んだのかしら。そう言えばパパも息を乱したところを見たことがないわね。エルフの男性はタフにできているのかしら。後でパパにもやって見せてもらおう。

 そんなことを考えていたところで、セイルの里のみんなが遠巻きに見ていることに気がついた。やだ、お祝いの邪魔してしまったわ。


「ごめんなさい、セイル。お祝いの邪魔をしてしまったわ」


 また今度ね! そう言って私は里の席に戻った。


 ◇


 セイルは憮然ぶぜんとした表情でいた。


「すまん、邪魔しちまったな!」

「いくら褒めても顔色ひとつ変えなくなったセイルの笑顔が珍しゅうてのう」

「セイルは鍛えているからね、キリッ!」


 そんな里の男衆を尻目にフィスの方を見ると、カイルの里の円陣の中央で、父親のライルさんがフィスにせがまれて百二十八連撃をしている様子が見えた。腕の先がかすんで見えない。宴会芸を終えたとばかりに息一つ乱さず戻ってくるライルさんを、フィスが溢れんばかりの笑顔で拍手して迎えている。


「なんというか、越えるべき壁は異様に高いな」

「だが、セイルもいい線いっているぜ」

「このまま鍛錬を続ければいつかは十に一つは勝てる様になるやもしれん」


 セイルはそんな声に、ここまで来られたのはみんなのお陰だと真面目くさった顔で言った後、まだまだ足元にも及ばないみたいだから今後も頼みます、そう言って笑った。

 俺たちに任せておけと、背を叩いて笑う里のみんなは暖かかった。


 ◇


 ムーンレイク王国での魔導製品の普及がひと段落した後、カーライル王国でも魔導製品の普及が進められていた。幸いなことに両国関係が比較的良好であったことから、急速に発展したムーレイク王国に対してカーライル王国から使者が送られ、発展の理由を聞いた使者にムーンレイク王国側から魔導製品適用のユースケースが紹介されたのだ。かつて、ムーンレイク王国から東の大陸に視察団が訪れた時と同様に、製品適用の結果が実際に目で確認できることは効果的で、カーライル王国でも普及に力を入れることがトップダウンで決定された。

 こうして、私が直接カーライル王国に訪れることなく、西の大陸全体で魔導製品の普及が進んでいくこととなった。


 その間、西の大陸のドワーフと東の大陸のドワーフで直接交流が図られる様になった結果、魔導製品の機構部品、筐体部品がますます高度化したことで、自転車や馬車程度の速度であれば、魔石を用いなくても自走できるまで機械効率が上がっていった。

 魔石を用いれば時速二百キロ以上は出るけれど、いまだに魔石を利用した魔導製品を人間に展開する判断はできないでいた。王が交代して世代が変わったらどうなるのか、年若い私には確信が持てなかったからだ。


「何百年でも見守ればよいのじゃ」


 じぃじは百年でも千年でも、確信が持てるまで気長に待てばよいという。魔導製品を利用する日常が当たり前、そのように人間の常識が完全に塗り替わるまで四世代、二百年で十分。新しい要素を一つ加えてそれが常態化するまで二百年スパンで見ても、私たちエルフの時間尺度で見れば決して長いわけではないのだと。


 それから四年の時が経ち、五十歳を迎えた私は成人を迎えた——


 ◇


「嬢ちゃん、今回も真の一流ドワーフは、このゲオルグじゃ」


 十年前にして見せたように、優勝を勝ち取った銀細工を掲げて見せて不敵に笑っていた。今回の銀細工は鳥の羽をかた取るような繊細な腕輪で、光の具合で虹色に光る翼が美しい。その大胆な構図に、私の碧眼の瞳と同じ宝石が散りばめられていた。


「すごい! 前回の時もすごかったけど、もっと凄いものを貰ってしまったわ!」


 そう言って喜ぶ私に、は進化し続けるものじゃとドヤ顔してみせた。

 その後、熟成期間が二十年を迎えたウイスキーのヴァッティング・ブレンディングのため、ゲオルグお爺ちゃんを酒蔵に案内する道すがら、大精霊の儀を終えて五十歳となり成人した事を話すと、


「嬢ちゃんの成人祝いを渡せてよかったわい」


 と豪快に笑って見せた。どうやら今回は東西の大陸で競い、西の老ドワーフと僅差の勝負を繰り広げたらしく、喜びもひとしおだとか。ゲオルグお爺ちゃんとそこまで僅差の勝負ができるなんて、西の大陸のドワーフも凄いのね。そのように驚いた風に言うと、ドワーフの腕は親方から代々受け継がれて極まっていく、今回はその積み重ねが一枚上回っただけだという。

 つまり、自分一人の技術力ではなく、過去のドワーフも含めた集団の技術力の結晶なのだそうだ。やっぱりドワーフの言葉は短命種の人間と言葉と違って含蓄がんちくがあるわ。


「いつか人間さんも、エルフやドワーフと同じように、そうやって連綿と受け継いでいくことができるようになると嬉しいわ」


 紙やデータのような記録を残しても、その精神までは受け継げない。銀河を旅する魂に刻まれた記憶は肉体に宿る瞬間に消えてしまうのは、エルフとドワーフも一緒のはず。だというのに、なぜここまで差が出てしまうのか。

 きっと、精神的なものまで受け継ぐには一定以上の時間が必要なのだわ。だとするならば、その閾値スレッショルドを越えるまで人間さんの寿命を医療革命で伸ばすことができたなら、人間さんも同じ叡智を手に入れられる様になるということかしら。


「嬢ちゃんは相変わらずだな」


 そんな話をすると、ゲオルグお爺ちゃんはそう言って笑った。


「そんな嬢ちゃんだからこそ、わしらドワーフたちは信じられる」


 ゲオルグお爺ちゃんは、今年のウイスキーの混合比を決めた後、遺言の様に告げた。


「次回以降、もしわしが来られなくなったとしても、優勝者の技術の中にわしは生き続けている。だから、今後も、未来に渡ってよろしく頼む」


 これがゲオルグお爺ちゃんと言葉を交わした最後の日となった——


 ◇


「フィス、本当に砂漠に行くのかい」

「あら、西の大陸には一緒に行けなかったのだから、別の大陸に一緒に来てくれるって言ったのはセイルじゃないの」


 成人を迎え、一人で旅に出られる様になった私たちは、南東にある砂漠で覆われた大陸に向かって出発しようとしていた。あれから、偵察ドローンを使って中継点となる離島を探し出し、なんとか南東の大陸まで無人のドローンを行き来させることに成功していた。

 これには綿密な調査以外にも、ドワーフさんの技術向上による航続距離の延長や飛行性能の飛躍的向上も大きく寄与していた。


「だって、偵察ドローンが人間さんの姿を捉えたんですもの。だから、私たちが持続可能な文明に導いたり、住みやすいよう環境変更テラフォームしてあげたりしたいわ!」


 そう言い切った私を、仕方ないなぁと笑いながら抱き上げ、魔導飛行機の席に乗せるセイルがいた。

 ばぁば。私個人がしたいことも、結局、みんなが幸せに生きていけるように活動し続けることだったわ。私を残して先に死んでしまうドワーフさんも、沢山の人間さんたちも、全て、私の中で生き続け、そして、私に活力を与え続けてくれると気がついたの。


「さあ、いくわよ!」


 そうして未知なる大陸に向けて飛び立とうと碧眼の瞳を輝かせるフィスリールの手首には、虹色の翼が美しい銀細工が輝いていた——

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星霊乙女のテラフォーム〜魔導工学を駆使してクリーンな世界を目指します〜 夜想庭園 @kakubell_triumph

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