第14話 ドワーフとの会合(後編)

(う、うめぇ……なんだこりゃ)


 工業ギルド長グスタフはかつてない衝撃を受けていた。

 酒に強いドワーフを以ってしてガツンと感じさせる強い酒精。チリチリとした焼けるような喉越しに、鼻を突き抜ける木墨を燻した火のようなスモーキーな香り。そしてくせのある独特の味わいが全身を駆け抜けていた。

 今まで飲んでいた酒はなんだったというのか。この酒を一度でも飲んだドワーフは、もう、他の酒で満足できるはずがない。そう確信できる妙味に全身を震わせていた。


「あの、大丈夫ですか? やっぱり水で割った方が……」


 ダンッ!


 自分グスタフを含たドワーフの親方臭が一斉にグラスが振り下ろした。冗談ではない! これを水で薄めるなど、酒神バッカスに対する冒涜だ。

 大きな音に首を竦めたエルフの少女を目にした爆風のカイルと爆炎のファールから、背筋を凍らせる様な殺気が吹き寄せたのを感じ、我に帰ったドワーフたちは言葉短く答えた。


「すまん、大丈夫だ。問題ない」

「で、わしの孫娘のまごころはどうじゃった?」


 孫娘に危害が及ぶことがないと判断して殺気を引っ込めたカイルは、今度は一転してニヤニヤした表情で聞いてくる。

 この狸ジジイ! 確信しきっていながら聞いてやがる。相変わらず嫌な性格してやがるぜ!

 だが……隣で座るジジイの孫娘が期待と不安で胸を膨らませる様にこちらを覗いている様を見てグスタフは落ち着きを取り戻し、ありのままの事実を答えた。


「ああ、信じられねぇくらいうまい」

「なんじゃ、其方ら味覚はあったのじゃな」


 かんらかんらと笑うカイルを見て憮然とした表情で当たり前だと返した。この偏屈ジジイ、さては、いつぞや秘蔵のワインを水の様だといったことをいまだに根に持っていやがったな? 別に不味いわけではなかったが、いかんせん、酒精が足りなかっただけだ。

 晴れ晴れとして気が済んだとばかりに、これで魔導排ガス処理装置の話に移れるのぅ、と話を進めようとしたカイルに、待ったをかけるように親方衆から次々と声が上がった。


「ま、待ってくれ。このウイスキーはもっとないのか?」

「そうだ、これだけでは焼石に水じゃ」

「こんな酒を飲ませておいて、グラス一杯のみでは生殺しも良いところだろ!」


 申し訳なさそうに魔導飛行機で運んでこられたのはこれしかないのと、しゅんと耳を垂れたエルフの少女を見て何かを思いついたのか、


「そういえば、孫娘はが作るという憧れの銀細工を、仲が良ければ頼んでみたかったと言っておった気がするのぅ」


 チラチラっとこちらを見ながら、


「里に戻れば樽であるのにのぅ」


 そう小狡い笑みを浮かべてわざとらしそうに話すカイルに、「じぃじ!」と嗜めるようにカイルに詰め寄ったエルフの少女を見て、カッ! と目を見開いてドワーフの親方衆たちが吠えた。


「このガッツが! 嬢ちゃんに似合う最高の銀細工を作ってやる!」

「いいや、銀細工ならこのドランに任せろ!」

「だまれ小童こわっぱどもがッ! の銀細工師はこのゲオルグをおいて外におらぬわ!」


 細工ものの注文に辟易していたゲオルグ老はどこに行ってしまったのか。親方衆は老若問わず我先にと揉み合い始めた。

 だが無理もあるまい。偏屈ジジイの茶番はともかく、エルフの嬢ちゃんのお眼鏡に叶う銀細工を作れれば神のウイスキーが手に入る。老獪なエルフと違って、目の前の少女はドワーフの親方衆から見ても未だ幼いのだ。お礼に融通を効かせてくれる姿は容易に想像できた。

 なによりグスタフから聞き及ぶに、この幼い少女が十年以上かけて、ドワーフ向けにこれだけのクオリティのウイスキーを用意したというのだ。この酒造職人のような心意気に応えられない者は、一流の職人ドワーフではなかろう。


 結局、折り合いが付かなかったため、エルフの里で数年に一度行うという魔導製品の品評会にヒントを得て、工業ギルドで銀細工品評会を開いて優勝した者が、酒神バッカスの申し子というべきエルフの幼子に銀細工を贈ることが決定された。

 それを受けて、返礼として贈呈するウイスキーについて少女から補足がされた。


「樽そのものだと一パターンしか味わえないので、十パターンの樽から瓶詰めしたものになります。できればヴァッティング・ブレンディングしてドワーフさんの好みの味への調整の協力をお願いしたいので、迷惑かもしれないけど、いくつか試してもらう手間をお願いするかも……」


 その説明を聞いたドワーフの親方衆は、未だ九パターンも味わいや酒精の違うウイスキーがあって、好みの味と酒精の強さになるまで妥協なく調整できる権利まで手に入るのかと、迷惑どころか無限のモチベーションが湧いていた。

 後日、数年に一度行われるようになった品評会で、優勝者が好みの組み合わせを定めたウブレンデッドウイスキーは、プレミアム・ナンバーズとして極一部の一流ドワーフ職人のみが手にできる栄誉として長く愛される様になるのは別の話。


 ◇


 難航したウイスキーの話の後、魔導排ガス処理装置の使い方と機能の説明をし、簡単のため実際に粉塵を撒いて集気・浄化する様を見せると、驚くほどあっさり導入は決まった。建物への設置や規格化による調整は、ドワーフにかかればお手のものであることから、全て任せろということで話は済んでしまったのだ。時間にして酒の話が九割以上、本題が一割未満ではないのかしら?

 釈然としないフィスリールだったが、懸案であったドワーフとの関係構築をすることができただけでなく、思わぬところで銀細工をも頼めることになり、気分は良かった。


「でも銀細工なんて高価なもの頼んで良いのかしら」


 そんな心配を聞いたじぃじは、フィスはウイスキーの価値をわかっておらぬのぅと、笑いながら答えた。


「あの場にいたドワーフなら、ウイスキー一杯金貨百枚と言っても即金で払ったじゃろう」


 そんなものかしら。というか金貨百枚を即金で払えるなんて、ドワーフの親方はお金持ちなのね。そんな私の内心を見越したように、ばぁばがドワーフの事情を教えてくれた。


「ドワーフどもは人間の人口増加の影響で受注が倍増して金を使ういとまもないのよ」


 私がウイスキーの受注で捌ききれないと判断して人間にウイスキーの量産移管を決めたように、ドワーフさんたちも捌ききれなくなったら人間に教えて作らせたら良いのではないかしら。そんな素朴な疑問を話すと、じぃじはため息をつくように答えた。


「あやつらが人間の職人の仕事で妥協できるほど柔軟な思考をしておったら苦労はせんわい」


 どうやら職人気質で半端な仕事では満足できないから、限界が来るまで人間への移管は進まないとのことだ。そんなブラックな職場だと逃げ出す人も出てくるのではないかしら。そんな疑問を見越した様に、じぃじは続けた。


「だから、ギルドにはドワーフしかおらんかったじゃろ?」


 ああ、すでに人間の職人は逃げ出した後だったのね。工業都市にドワーフが集結していた理由がわかった気がするわ。


「私は、人間が作るウイスキーに口出ししたりはしないわ」

「……そうじゃな」


 なにか含むような様子のじぃじを訝しげに見つめていると、ばぁばが教えてくれた。


「そうなると、ドワーフたちのウイスキーはフィスが作ることになるわね」

「なるほど!」


 目から鱗が落ちるように問題の所在が見えてしまった。カイルが見越した第二の試練は、妥協しないドワーフに付き合わされて孫娘が苦労しないか心配だということだったのだ。人間がどれだけ足掻いてもハイエルフの先祖返りであるフィスリールのウイスキーを越えることはできない。エルフ特有の判断や熟成管理はもちろんのこと、圧倒的な寿命差から経験の差が開く一方だからだ。完全自動化でもして均一化しないとフィスリールはドワーフたちに付き纏われることになる。

 でも私の、「ドワーフとの仲を改善する」というだけは完全にまっとうされる以上、複雑な心持ちながらもじぃじは私を見守るしかなかったのだろう。ウイスキーを作る私へ危害はおろか、銀細工騒ぎで確認されたように悪印象を持つような真似をするドワーフすら根絶される。じぃじとしても妥協に足る状況と判断したのだろう。

 ウイスキーの話をした当初、珍しく長考していたじぃじの考えの一部を垣間見たフィスリールは、その思慮深さに舌を巻いた。


「うぅ……。エルフとドワーフ、やっぱり相容れない種族なのかもしれない」


 その後、しばらく考えても妙案が浮かばなかったフィスリールは、お手上げとばかりに考えることをやめ、粛々とウイスキーを増産に勤しんだという。

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