第13話 ドワーフとの会合(前編)

 結局殺到した注文に対しては、殺到したウイスキーの注文に販売するほど量がないこと、エールと違って最低でも十年は熟成に時間がかかることを説明書きと共に伝えた。その対案として、人間に酒造方法を伝えるので穀倉地帯でエールを作っている人間をウイスキー造りの研修に寄越す様に伝えた。注文したのは王を始めとする重鎮であったので、思いの外早く研修やそれに関わる費用の支払いなどの必要な段取りはついた。

 そんなやり取りが行われてしばらく経過した後、工業ギルド長グスタフの元に鉱工業で発生する有害な空気を大気に放出する前に浄化する魔導製品の話が使者を通して伝えられた。使い方の説明や取り付けの注意など説明に、エルフの長老のカイルと妻のファール、そして魔導排ガス処理装置を開発した孫娘がやってくるという。


「あの偏屈ジジイがよく工業都市までやってくる気になったもんだ」


 自分のことを棚にあげてカイルを偏屈呼ばわりしたグスタフは、特に断る理由もないと了承すると会合の日取りと場所を伝えた。用向きはそれだけかとぶっきらぼうに問うと、使者は思い出した様に付け加えた。


「そういえばエルフの少女がドワーフ向けに新しい酒を作ったそうなので振る舞いたいとか。主だった親方衆には来てほしいそうです」

「エルフが作った酒だと? 山葡萄で作った果実酒のことか?」


 こちとら酒好きのドワーフ、もらえる酒はもちろんもらうが果実酒は酒精が弱くて話にならん。そう言って鼻で笑うと使者は違うという。


「なんでも麦を使用した酒だとか」

「なんだ、エールなら飲み飽きとるぞ」

「いえいえ、ウイスキーという全く新しい酒だそうです。熟成に最低十年はかかる酒精の強い酒で、人間では水で割って飲むのが適当だとか」


 十年だと? 成人に満たないエルフの少女が十年も時間を掛けたというのか。いや、新しい酒となれば十年では済むまい。エルフの偏屈ジジイの十年とは訳が違うのだ。そう考えたグスタフは驚いた表情を見せた。


「わかった。ギルド長グスタフの名にかけて各工房の親方どもを引き摺り出して席につかせてみせるわ」


 使者にそう返事をして、用は済んだとばかりに帰城を促した。おもしろい。呑ませてもらおうではないか、に十年以上にかけて生み出したというウイスキーとやらを。

 使者の帰りを見届けながら、不敵な笑いを浮かべるグスタフであった。


 ◇


 使者からドワーフとの会合の日取りが知らされた。今回はサンプルとなる魔導排ガス処理装置一つとお土産のウイスキーを何本か持参するだけだったから、工業都市までの長い道のりを魔導馬車で行くまでもない。

 魔導飛行機により一日で到着する気軽さもあり、フィスリールは会合の日が来るまでエルフの里でいつもの鍛錬の日々を過ごしていた。


 カッココン!


 通常の突きから変速して打ち出した月影を木剣の先端に同じく木剣の先端を合わせる様にして停められたかと思うと、あっという間に木剣を跳ね上げられていた。


「フィス、そんなにわかりやすく剣先に目線を向けていたら月影の意味がないよ」


 コツンと軽く頭に木剣を当てて、はい一本というパパは本気のカケラすら見せずに快活に笑っていた。四十年もすれば人間基準では熟練の剣士に育っていてもおかしくないのだけれど、相変わらずパパやママから一本も取れる気配が微塵もしない。

 そんなわけで相変わらず未熟な私は、今回もじぃじとばぁばの付き添いで工業都市まで訪問することになっていた。


「一本取れたら里の外を一人で自由に出歩けるという条件では、一生無理なのではないかしら?」


 自分が十代の時に言い出した条件の無謀さに、今更ながら気が付きはじめたフィスリールであった。

 そんなたわいもない日々を過ごすうちに、出立の日は訪れる。


 ◇


「おう、グスタフの! エルフの小娘が造ったという酒を飲みに来てやったぞ」

「このクソ忙しい中、これだけのメンツを集めたんだ。期待していいんだろうな?」


 その日の工業ギルドはいつになく人、というかドワーフで溢れていた。幸か不幸か、持続的な発展を遂げる様になった人間の人口増加で発注が倍増し、金は貯まれど時間なし、そんなブラックな労働が工業都市で蔓延していた。そのためギルドに親方クラスのドワーフが訪れることはほとんどなくなっていたのだが、この日は有力な工房の親方ばかりが集められていた。


「なんだゲオルグ爺さん。爺さんまで来てんのか?」


 細工物を作らせたら右に出るものはいないゲオルグ老も、人間の人口が増えることで、やれ恋人に送る品だのやれ結婚の品など、とかく仕事が倍増して辟易していた。


「ガッツか。たまには骨休みでもせんと、こう忙しくては老骨にはこたえるわい」

「ちがいねぇ! 娘っ子が造ったという酒でもいいから気晴らしせんとやってられんわ!」


 親方衆はフィスリールの酒にそれほど期待を寄せているわけではなかったが、酒と聞いたら興味が湧くのがドワーフという種族の特徴だ。不味くても話の種にはなるだろう。

 そんな気軽さで大会議室に着席していくドワーフの親方衆は、会議室奥の間に向けて入室の合図をしたグスタフを見ると、入ってきたエルフに目を向けた。


「暴風のカイルと爆炎のファール、相変わらず健在の様だな」


 隙が全く見当たらない立ち振る舞いにドワーフから感嘆の声が出ていた。


「あの偏屈ジジイとババアがそう簡単に老いぼれるなら苦労はせんじゃろ」


 自分のことを棚にあげて偏屈呼ばわりしたゲオルグ老に、しかし、ドワーフたちはちがいねぇと笑って同意した。人間ほど短命種ではないドワーフは、人間の王朝の興亡の歴史を克明に記憶しているのだ。目の前のエルフが見た目とは裏腹に化け物じみた戦闘力を持つことは、ドワーフの種族に実体験として共有された知識として親から子へと余すところなく叩き込まれている。

 しかし続けて現れた紫銀の髪に祖父母ゆずりの碧眼の瞳をした少女を見ると、緊迫していた場の雰囲気はガラリと変わった。キョロキョロと大広間に集まるドワーフを物珍し気に見るエルフの少女は、見た目通りの幼さを感じさせる。


「あの偏屈ジジイが未成年の孫娘を連れてくるなんてひょうでも降るのか……」


 エルフの幼子は貴重だ。本来、こんなところに連れ出すような存在ではない。となれば、孫娘に強請ねだられたか。どうやら暴風のカイルといえども孫娘には甘いようだ。

 こうしてドワーフとエルフの会合が始まりを告げた。


 ◇


「まずは酒だ」


 開口一番そういうギルド長のグスタフさんの言葉に、魔導排ガス処理装置の説明をしようと意気込んでいたフィスリールは、あれ? っとばかりに首を傾げた。

 じぃじは溜息をつくようにグスタフさんにジト目を向けると、呆れたように言い放った。


「この鉱工業の煤で薄汚れた街を綺麗にしてやろうと頑張る孫娘の真心まごころをなんだと思っておるのじゃ」

「その真心まごころで出来たウイスキーを堪能したいというのがドワーフ心というものだ」


 わるびれる様子もなく豪胆に言い放つグスタフさんに、周りの親方衆もそうだそうだ! 勿体ぶらずに酒をだせ! と囃し立てた。

 仕方のない奴等じゃと、ばぁばの方を見て各長テーブルに酒瓶の配布を促した。


「水で薄める必要は…あるまいな」

「当たり前だ。俺たちをなんだと思っているんだ」


 念のため確認しようとして取りやめ、肩を竦めて見せたじぃじを見ると、グスタフさんは不敵そうに笑った。親方衆の前に置かれたグラスに琥珀色が美しいウイスキーが注がれ切ったところで、グスタフさんが音頭を取るように掛け声をかけた。


「エルフの嬢ちゃんの真心に乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 そういったドワーフさんたちは一斉にグラスを傾け…そのままの姿勢で固まった。

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