第四章 8



翌朝、アリスティアは眩しい朝陽に目を細めて覚醒した。

「おはようアリス、気分はどう?」

そう紗越しに声をかけてきたのはカミラだ。

ここはカミラの部屋で、アリスティアに与えられている部屋と同じ棟にある。

あの時、アリスティアがあげた悲鳴に(ギルバートに扉を蹴やぶらせて)飛び込んできてくれたのはカミラだった。





部屋の中の状況をひと目で見てとったカミラは「アンタはまわれ右っ!」とギルバートに指示し、自分が履いていた室内履きを素早く脱ぐと「このバカアルフーー!何やってんのよ!」

スパーーン!と小気味よい音を響かせてアルフレッドの頭をはたいた。

叩かれたアルフレッドは一瞬何かわからない顔をしていたが、

「カミラ?なんでここに「なんでじゃねーわこのスカタン!」」

アルフレッドが言い終わる前に再度アルフレッドの頭を叩く。

またも良い音がして、

「カミラ、殿下にあまり乱暴な真似は__」

と諌める声もこちらに背を向けたままではあいにく説得力がない。


「その殿下がか弱い女の子に乱暴してるのが問題なのよっ!」

「乱暴って俺は別に__、」

言いながら徐々にアルフレッドの瞳に冷静さが戻り、自分の下にいるアリスティアに注がれる。

アルフレッドの手は片方がアリスティアの両腕を頭上で拘束し、片方がアリスティアの胸を鷲掴みにしている状態だ。

「ティアっ!」

アリスティアの空色の瞳が涙で濡れているのに漸く気付いて、

「ごめっ、ティア、痛かった?!」

甚だズレた心配ごかいを言葉まねくセリフを発して、

「ど阿呆!!」

と更にもう一発カミラにど突かれ、「今夜は私が預かる」と有無を言わせないカミラに部屋から連れ出してもらった次第である。


その後カミラのベッドに入らせてもらってからも横に座ったカミラに、

「ごめんね、駆けつけるのが遅くなって」と頭をポンポンされ、子供みたいに泣き出してしまった私は泣き止むまでそのままカミラに抱きしめてあやされていた。「どんなにカッコつけてても、中身は発じょ…コホン、思春期の男子ガキなのよ、赦せとは言わないけどわかってやって」泣き止むと同時にそう諭されてちょっと笑ってしまった。

発情期、か。

確かにあれはそう称して差し支えないだろう、カイルとの距離の近さへの怒りもあったのだろうが、だからっていきなり自室に連れ込んで襲う?

いや、庭園で暗がりから伸びてくる手と目的は同じか__それにしたって。

「私がその気になるまで待つ、て言ったのに……」

いつまででも待つからって、約束した癖に。

「全くね。あの宣言から一ヶ月も経ってないのに、躾のなってない犬だわ。貴女が実家に帰りたいなら止める権利はないけど、今は各国が貴女に目を付けてる状態だからあまり賛成出来ないわ。同じ理由でバーネット嬢の所もね。そうだ、よければカルディ侯爵家に来ない?王城から近いけどとりあえずあの馬鹿から距離は取れるわ」

カミラの申し出に心が揺れたが、「ジュリアがじきに城に来てくれる約束なので」と丁重に辞退した。

「わかった。その後でも出て行きたくなったら言って?約束よ?」

と指切りげんまんで約束させられた__まるでお母さんだ。

その後も、

「どこか痛いところはない?」

「この部屋に男は入って来れないから安心して落ち着くまでいなさい」

「お腹は空いてない?身体が冷えてるでしょう、温かい飲み物でも用意させよっか?」

等々世話焼きな言動が続き、カミラってやっぱり前世確実に誰かのお母さんだったよね?との確信を深くした。


丸一日経つ頃にはアリスティアも落ち着き自室に戻ったが、アルフレッドと会うことはなかった。

アルフレッドだけでなく、事情を知ったアッシュバルトが「メイデン嬢に何人であれ男性の接触禁止」という命令を秘密裏に出したので、護衛騎士も建物の入り口等にはいるが、室内には女性騎士のみ配置という徹底がなされた警護体制が敷かれた。






アルフレッドは猛省していた。

わかっている、カイルは見た目ああでも野生の獣みたいなやつだし、アリスティアも見た目は子猫でもなつかない野生の猫のようなものなので__、さっさと自分の膝で微睡む子猫化してくれたらあんなことしなかったのに__、じゃなくて。

要するにあの二人がうまが合うのは当然で、見た目も似合いで__とアルフレッドはどうしようもない焦燥に駆られていた。


カイルにあの後聴取したところ、

「あんたとあの後喧嘩になったんじゃないかと思って気になって謝りに行っただけだ」

と言っていたが、

「それなら何故正面から行って取り次ぎを求めなかった?」には

「面倒だったからだ」と返され、

「お前それで良く王子の侍従なんかやってるな?」とギルバートを呆れさせた。


だが、そんな事は理性を無くしていい理由にはならない。

“傍にいられるならどんな立場でもいい、君を守りたい”と言ったその口で、ひと月足らずで自分は何をやっているのか。

あの時涙に濡れたアリスティアの瞳は恐怖にまみれた色をしていた。

嫌悪でも軽蔑でもなく、心からの怯え__軽蔑の眼差しより、無関心より百倍キツい、アリスティアは滅多に弱さを見せないので尚更だ。

「早く謝らなければ」と思うのにまたあの瞳に見上げられるのが怖くて、恐怖にまみれて自分から後ずさる姿が簡単に想像できて。


アルフレッドは動けずにいた。


そんな姿にアッシュバルトは(何をやっているのか)と呆れつつ弟の落ち込みようがあまりに酷いので口を挟めずにいた。

そんなアルフレッドだが表向きは変わらずに見えるので気付かれないが、不穏分子に対する粛正がいつになく苛烈になっていた。

元々デフォルトスマイルを浮かべたまま敵を粉砕する事を躊躇わない気質タチがさらに増幅されていた。

が、

どうせ極刑対象なのでアッシュバルトもギルバートも気の毒そうに見つめるだけで諌めはしなかった為、アルフレッドの粛正対象たちは地獄を見ていた。

「……落ち着くまで放っておくしかないな」

「御意」

「メイデン嬢はどうしている?」

「カミラが付ききりでいるので落ち着いているようです、やはり殿下に会おうとはしないようですが」

「当のカイルは?」

「見張り付きで謹慎させています。ナディルに送り帰そうにも肝心のナディルから返答がないのです、どうも例の国との緊張事態に手が離せないとかで」

「だったらカイルを預ける時にその件も我が国に相談なりしてきそうなものだが__、どうもきな臭いな?」

「はい、その辺りも含め今あちらに潜入中の間諜からの報告を待っている次第です」

ギルバートが言い終わるのと、忙しないノックの音が響いたのは同時だった。




アルフレッドの暴走から一週間程、庭園を散策する程度には落ち着いたアリスティアはカミラとミリディアナと庭園の陽当たりの良い場所でお茶会をしていた。

最初こそ当たり障りのない会話をしていた三人だったが侍女頭から、

「ナルジア王国の国王陛下が先ほどこの城に到着されました」との報告を受け、

「ナルジア?確か西南の森と海を挟んだとこよね?」

カミラが考えながら言い、

「こちらの世界には珍しく、魔法より科学が発達した国らしいですよね」

私も教科書の内容を思い出しながら言うと、

「ええ。宝石が沢山取れるので交易は盛んだけれど、魔法使いの育成には熱心でないと聞くわ」

次期王太子妃らしくミリディアナが言う。

「その王様がなんで突然?先触れもなかったんでしょ?」

「それが……そのナルジアの国王はアリスティア様にお会いしたい、と言ってきてるそうで。くれぐれも気をつけるように と殿下がたからの伝言です。既にこの庭園の周囲には騎士たちを配備しておりますが姫さまがたも御用心なされませ」

と告げ頭を下げて離れて行った、ミリディアナが人払いを指示したからだ。そして徐ろに

「これはもう知らぬ間に“薔薇オト”IIが始まっていた現象だわ!」

と叫んだ。







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