35.「両面表のコイントス」

 伏せたまま撃つしかなかった。まだ魔術弾の制圧射撃は続いているのだ。掠りでもすれば、周辺ごとごっそりといかれてしまう。


「――行きます!」


 カレンが突撃する。あなたはレニーがいるであろう方向へ向けてブラスターガンを連射した。ライフルモードの威力は凄まじく、立派な幹を何本も撃ち抜いて飛翔する。まるで紙にパンチを開けたように。


 無我夢中で撃ちまくった内の一発がレニーの至近に着弾したのか、連なる魔術弾の軌跡が一瞬ブレた。それから時を置かずにより激しくなった射撃が殺到する。木端微塵に砕けた木片が飛び交い、土塊や枝が雨霰の如く降りかかる。まるでシュレッダーの中にいるようだ。


 しかし、これは良い傾向である。攻撃があなたに集中している間、カレンは突撃と存在は不明だがレニーのお仲間に集中できるのだから。


 伏せたまま引き金を絞る。銃声、反動、銃声、反動――インジケータが赤になり、引き金がロックされた。弾切れだ。


 あなたは素早くマガジンキャッチを押し、銃身の下、ハンドガードを兼ねる長方形の弾倉を外した。用済みのそれを適当に捨て置き、コートのポケットから新しい弾倉を装填する。残りは一つ。慎重に使いたい所だが、そうも言ってられない状況だ。


 射撃を再開しようとした所、銃撃が止んだ……違う、方向を変えたのだ。


 どうやらレニーはカレンの存在にどうやってか――大方あの犬か手下だろう――気付いたらしく、攻撃をそちらへ向けたのだ。


 これは不味い、あなたも立ち上がり、ブラスターガンを抱えて前進する。


 矛先が逸れたおかげで、魔術弾の軌跡が良く見えた。早歩きで前進しつつ射撃。二、三発撃った頃に再びあなたへ向けて制圧射撃が殺到。こうしている間に、カレンが距離を詰めているはずだ……無事であることを祈るしかない。


◇ ◇ ◇


 もう数回は繰り返したこの行動は、概ね教科書通りの前進戦術と言えるだろう。しかしレニーも後退しつつ攻撃しているようで、一向に姿は見えない。


 このままではジリ貧だ。あなたはともかく、カレンは長剣一本で弾幕の中を駆けている。


 覚悟を決め、ブラスターガンのストックを畳む。あなたは唇を噛み、力を少しだけ解放した。制御できない力はリスキーだが、仕方がない。停滞し始める世界の中、ブラスターガンを乱射しながらあなたは駆ける。


 全てが鮮明に見えた。あなたへ向けて飛翔する魔術弾、それが空気中で揺らぐ姿さえも。


 高速で接近するあなたに気付いたのだろう。レニーがけしかけた赤い犬が木々を縫って突撃してくる。独特の銃声も近くなっている……もうすぐだ。


 あなたはスピードを一切緩めず、自由な左手で大口を開けて飛びかかって来たそれを迎撃、逆に腕を突っ込んでやり、中身を掴めるだけ掴んで引きずり出した。


 ぷるぷる震える新鮮なレッドゼリーを口に含むと、更に加速。更にあなたが失われてゆく。早期に決着しなければ。


 走り続けて――木々の隙間に浅黒い肌が見えた。白いローブから突き出された両手には真っ赤な魔法陣、レニーに違いない。あなたとレニーの視線が衝突。猛烈な速度で弾を吐き出し続けていた魔法陣があなたに向く。


 考える間もなくあなたは跳躍、木を蹴って鋭角に角度を変えてレニーの元へ。


 この姿勢でブラスターガンは撃てない。しかしレニーの魔法陣の旋回速度も追いついていない。取れる行動は体当たりのみ。


 あなたは意を決して肩から飛び込んだ。衝撃、視界がぐるぐる回る。


 ――銃撃が止み、静寂が訪れた。


 あなたとレニーはふらつきつつも立ち上がり、対峙する。あなたは右手に握ったブラスターガンを、レニーは右腕に展開した魔法陣をそれぞれ向ける、メキシカン・スタンドオフ。


 先に動いたのはレニーだった。


「……私の名はレニー、君の名前は聞かない。ここは一つ、古典的な決闘で決着をつけようではないか」


 レニーが右腕を下ろす。魔法陣が輝き、真っ赤な長剣に姿を変えた。


「抜きたまえ」


 以外にも紳士的だ。面白い、とあなたはほくそ笑み、ブラスターガンをホルスターへ。ブーツからナイフを抜いた。刃渡りこそ短いが、これはフェンリルの息の根を止めたナイフだ。人間一人、どうってことはない。


 西部劇の決闘は、中世じみた決闘劇へ変貌を遂げた。


 レニーが長剣を構える。両手で保持して右耳の高さから切っ先をあなたに向ける、牡牛のような構え。対するあなたは刃を水平に保ち、姿勢を低く自然体に。


 決着は一瞬だろう。あなたが有利だ。どこか致命傷にならない場所を刺させておいて、その隙を突く。水平の刃は肋骨の隙間をするりと通り抜けるはずだ。さしずめ奴の血は勝利の美酒といった所か。あなたの犬歯が疼いている……


 レニーが姿勢を低くした。あなたも迎撃の姿勢を取る――突撃!


「レニー!」


 思いもよらない方向からの声に、両者呆気に取られた。思考する間もなく、何かが飛び出してレニーに飛びかかる。


「貴様……!」

「ここまでだ、このクズ!」


 カレンだった。長剣の柄頭でレニーの頭部に一撃、見事な手際で縛り上げる。


「決闘の邪魔をするか!」

「あなたは王都で斬首刑です。刃には変わりないでしょう?」


 手足を拘束、芋虫のように横たわったレニーの下顎に強かな蹴りをお見舞いして、馬乗りになったカレンがあなたの方を向く。


「無事でよかった。支援助かりましたよ」


 お互い様だと伝え、お互いに労をねぎらう。血を見られなかったのは残念だが、まあ仕方がない。何よりカレンが無事だったのだから、それ以上望むべくもなかろう。


「提案がある!」


 血の混じった唾液を吐き出してレニーが叫ぶ。


「君はカレンだろう、名誉ある男達を嗅ぎ回っていると噂の。違うか?」

「……そうだとして、なんです?」


 事態が転がり始めた気がした。あなたの手の届かない所へ。


「君の父もまた賞金稼ぎだった。しかし殺された! そうだな?」

「無駄口叩くと寿命が縮みますよ」


 カレンがうつ伏せになったレニーの背に膝を立てる。どうもさっきかららしくない行動が目立つ。止めに入るべきか、あなたは考えた。


「――君の父を殺した男を知っている!」


 苦しみに喘ぎながら、レニーはそんなことを叫ぶ。

 事態は、完全にあなたの手をすり抜けた。


「……どういうことですか、それは」

「今何処で何をしているかも正確に知っている。名誉ある男達の一人だ」

「それで?」

「ここから先は取引だ」


 思わずあなたは眼を覆いたくなった。どう動いていいのか分からない。


「解放しろと、そう言いたいんですか」

「そうだ、見逃してくれ。二度とここには戻らないと約束する」

「でも人は殺すんでしょう?」

「それはさがなんだ、諦めてくれ。聞いたことがあるだろう、サソリとカエルの寓話を――」

「うるさい!」


 カレンは突如叫び、右手に持った長剣を逆手に突き刺した。それは正確にレニーの頭の真横を捉え、右耳と地面を縫い付ける。


 レニーはくぐもった悲鳴を上げ、それでもなお続けた。


「君たち賞金稼ぎには可能な限り賞金首を生け捕りにする義務があるだろう!」

「たかが耳でみっともなく喚くな!」

「正気じゃないぞ! そこの君、どうにかしろ!」


 あなただってどうしようか考えあぐねているのだ。こんなカレンは見たことがないし、見ることもないと思っていた。


 ショックなのか、何なのか。自分の感情に名前が付けられない。


「あなたはそこで見ていて下さい。これは私の問題です」


 そう釘を刺された。カレンの眼には、あなたの見たことのない何かが渦巻いている。


「良く考えたまえよ。君の父を殺した男を知っているのが私だけとは言わないが、そう簡単に会える訳でもない。きっとこれが最初で最後のチャンスになる」

「……」

「憎いだろう? 君は名誉ある男達の恨みを買い続けている。そう近くない内に君も死ぬことになる、連中は本格的に手を打とうとしているからな。それより前に復讐すべきだ」

「あなたはもう名誉ある男達ではないはず。それなのに今の組織の姿が分かるんですか」

「あれは良くも悪くも硬直した組織だ。そうそう変わらないし、変われない……それに彼が君の父を殺したのは私が在籍していた頃だ」


 カレンが目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。

 まさか、まさか本気なのか。あなたの心に一抹の不安が宿る。


「……良いでしょう、取引成立です」

「懸命だ。早く縄を解いてくれ」

「あなたが全て吐くのが先です。当然でしょう?」


 カレンは地に刺さった長剣を引き抜き、レニーの背から離れた。右手に長剣を持ったまま左手でレニーを引き起こし、膝立ちの姿勢にさせる。


「言った後開放する保証はあるのかね」

「私には誇りがある、あなたと違ってね」

「魔術師にも誇りはあるのだが、まあよかろう。左耳まで失いたくはない」


 何がなんだか分からない。あなたには眼前の光景が現実だとはとても信じられなかった。


 優しく、誠実なカレン。そんな彼女がいたずらに人を痛めつけ、果てには闇取引に乗ろうとしている。


「良く聞け」


 状況は進む。


「君の父を殺したのはドメニコ・アボンディオという男だ。歳は四十近く、白髪と額の深い刀傷の跡で判別がつく。いつも王都のレストラン、ゾーラトの一階奥の円卓に座っている。殆ど移動することはない。そこが彼の持ち場だからだ」

「確かですね?」

「間違いない、神に誓う」


 そうですか。とカレンは呟くと、空を見上げた。閉塞感のある重苦しい雲が敷き詰められている。


「さあ早く」

「――何故父は死んだのでしょう」


 カレンは独り続ける。


「賞金稼ぎになんてなったから? それか追った相手が悪かった? 誰か不味い人間を怒らせた?」

「おい、聞いているのか!」

「どれも違う、答えは運です。この世の全ては運で決まる。誰が何処で何時どうなるか、全てコインの裏表のように」

「……何を言っている?」


 カレンがポケットから一枚の銅貨を取り出し、左手でコイントスのように弄ぶ。


「私はあなたを解放すると言った。しかし獣と約束はできない」

「何だと……!」

「しかし約束を反故にするのは主義に反しますし、良心も痛む。でもやっぱり個人的感情からあなたは許せないし、今まであなたに殺された人々の無念を払いたい。それに何よりあなたはかつて偉大なる男達の一人だった」


 カレンは長剣を鞘に納めた。


「あなたの生死はコインで決めます。表が出ればあなたを殺す、裏なら逃がす」

「そんな暴挙が」

「よく見なさい、これはあなたの運命です」


 無慈悲な金属音を響かせ、コインはカレンの指で弾きだされた。その場にいる全員の視線を集めたコインは重力に逆らって空を目指し、放物線の頂点で一瞬静止する。


 くるくる、くるくるとコインは魔法陣のように回り、元あった場所、カレンの掌に落下した。


「――表」

「ふざけるな!」


 カレンが長剣を抜き放つ。必死に逃れようとするレニーは、身体を横に倒して這ってでも逃げようとした。が、カレンに背を踏みつけられ、それは叶わない。


 流石のあなたも制止に入ろうと一歩踏み出した。瞬間、カレンの長剣の切っ先が喉元に突き付けられる。接触まで僅か数ミリ、どちらかが下手に動けば命はない。


 カレンは一言も発さない。その視線だけであなたを止めるに十分だったからだ。


「私だって本当はこんなことしたくありません」

「クソッ、では何故……!」

さが、でしょうかね。暴れないでください。仕損じると苦しむのはあなたですよ」


 カレンが長剣を構える。


「待て、話せば分かる!」

「結構」


 そして、下方へ半月状に切り払った。


 良く研がれた刃は鋭く、レニーの頸椎と頸椎の間を見事に通過した。一拍置いて首がごろりと転がり、心臓の拍動に伴って断面から血液がこぼれ落ちていく。


 終わった。

 何はともあれ、仕事は終了だ。


「……お見苦しい所をお見せしました」


 カレンは深く息を吐き、長剣に付着した血液を振り払って鞘に戻す。


「行かなければなりません。今までありがとうございました」


 カレンが去ってゆく。あなたは追えなかった。

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