14.「遥かなる旅路」

「もしもーし? いるー?」

「あいよー、ちょっと待ってな!」


 翌日、あなた達はアルハンスクの外れ、小さな牧場を訪れていた。

 潮風に混じる獣の匂いと、時折聞こえる馬の嘶き。そう、馬牧場だ。


 ややあって、木製の宿舎から一人の男が駆け寄ってくる。筋骨隆々の肉体を白いシャツと黒い皮エプロンで包んだ、いかにも“らしい”男だった。


「何用で?」

「一頭売って頂戴。頑丈な、とびきりの早馬ね」


 一頭? あなたは疑問に思う。


 旅に出るのはあなたとメイベル。一+一は二、簡単な計算だ。普通に考えれば馬は二頭必要ではないか。


「あんた馬乗れないでしょ。二人乗りよ、二人乗り」


 それは……はたして上手くいくだろうか。人間二人に加え、荷物の重さもある。いくら頑丈な馬であっても、限界はあるだろう。


 あなたは意見を述べようとしたが、メイベルは既に議論を打ちきっていた。何時ものように、取り付く島もない、といった感じだ。


「お嬢さん、軍の人間か?」

「いいえ、ただの旅人よ。いいから売れるの? 売れないの?」

「売れるが、馬はかなり高いぞ。早馬ともなれば尚更な」


 男の発言に、メイベルな明らかな苛立ちを浮かべた。はて、彼女はここまで短気な人間では無かった筈だが……。


 メイベルは懐から小袋を取り出し、中身を男に見せつけながら言った。


「これ全部金貨ね。分かったらさっさとしなさい」

「ちょ、ちょっと待ってな!」


 男は眼を白黒させながらも宿舎に走って行った。

 メイベルは腕を組み、右足で忙しなく地を叩きながらそれを眼で追う。

 どうにもらしくない態度だ。一体何をそんなに急いでいるのか。


「……ユニコーンの角には有効期限があるのよ」


 険しい表情を崩さず、メイベルは続ける。


「おおよそ四日間、それまでに加工しないと角は効力を失う。さっきのおっさんには余裕っぽく見せたけど、実際馬を買ったら資金は苦しくなるわ。でも角を売れれば、二人で分けても十年は遊んで暮らせるだけの額になる」


 十年……!?


 思わず踊りかける心を、力づくで抑え込む。


 『罠がないとはっきりするまで、喜びの誘惑を拒否せよ』との言葉通り、ぬか喜びは厳に慎むべきなのだ。期待すればするほど、裏切られた悲しみも大きい。


「良い心がけね。ま、せいぜい上手くやりましょ」


 そう言って、メイベルは右手の拳を突き出した。あなたは暫くその意味を考え、やがて“コツンとやるお決まりのアレ”だと気付いてそれに答えた。こういった行為は世界共通なのか。


「大丈夫、私達はやり遂げるわ。ユニコーンだって倒したんだもの」


 静かだか力強く、しっかりとした意思の籠ったメイベルの言葉に、あなたも勇気づけられた。過信は良くないが、あなた達は良いチームだ。


 と、そこに宿舎から男が馬を連れて戻ってきた。余程急いだのか、肩で息をしている。


「待たせたな。最高の早馬を用意したぜ」

「ふぅん、悪くないわね。名前は?」

「ローシャチだ。良くしてやってくれ」

「よしローシャチ、一働きして貰うわよ」


 男の用意した馬は、艶のある黒毛にがっしりとした体格の、威厳漂う大きな馬だった。鋭い瞳を油断なく開き、まっすぐな視線を浴びせてくるその様子は、まるであなたを逆に値踏みしているかのようだ。


 どこか気圧されているあなたをよそに、メイベルは旅の大荷物を手際よく鞍に括り付けてゆく。


「ほら、これあんたの荷物。落とさないように気を付けなさい」


 そんな気軽な口調とは裏腹に、あなたに渡されたのは山のようなバックパックだった。それだけならまだしも、違法建築よろしく大量のポーチやらが括り付けられている所為で、あなたの座高ほどの高さになっている。MOLLEシステムでもあれば幾らか変わっただろうが、生憎ここは異世界だ。そんな物はない。


 重い荷物を背負い、既に乗馬していたメイベルの手を借りてその後ろに跨る。これが逆なら多少は恰好がついただろうに。


「さ、行くわよ。この馬こが期待通りに働いてくれればいいけど」

「ここらじゃ最高の馬だと断言するよ。ローシャチを超える奴はそういないね」

「そう願うわ」


 メイベルが馬の腹を踵で蹴り、ゆっくりと前進させた。牧場の出口に差し掛かった辺りで、何かを思い出したかのようにメイベルが振り返る。


「ところでさ、昨日から気になってたけど、あんた眼の黄色が強くなってない?」


 気のせいだろう。そうあなたは即答した。


◇ ◇ ◇


 急ぎの旅と言うからには全力で馬を走らせるものだとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。焦りを感じさせるメイベルの雰囲気とは裏腹に、馬はゆっくりとした早歩き程度の歩みで草原を進んでいる。


 メイベルに理由を尋ねたところ、これは馬の体力を温存させる為らしい。ずっと全力で走っていては、どんな生物も疲弊してしまう。休憩を減らし、その分距離を稼ぐ。急がば回れ、と言うやつだ。人間であれ何であれ、永遠には走れない。


 それにしても……長閑なものだ。吹き抜けるような青空とゆったり流れる雲。どこまでも広がる草原を彩る可愛らしい花を眺めていると、自然に心が穏やかになってくる。


 アルハンスクは素晴らしい場所だった。瑞々しい潮風、黄金の朝日、人々の喧騒……どれもが心の奥深くに刻み込まれ、思い返しただけで心が躍るようだ。


 これから向かう王都とはどんなに素晴らしい場所なのだろう。絵本やおとぎ話のような、さぞ美しい街並みが広がっているに違いない。まだ見ぬ新天地への期待が、あなたの心を期待で満たす。


 そう言えば、カレンは無事に王都へと辿り着けたのだろうか。頃合いを見て探してみるのも良いだろう。


「そんな良い所でもないわよ、王都」


 その期待を遮ったのはメイベルだった。どういうことだ? あなたは問う。


「前の王様の頃は良かったけど、今の王が後を引いてからは最悪よ。外交も上手くいってないし、王都の治安も悪化してる。犯罪組織や違法薬物が幅を利かせてるって話よ」


 それはなんとまあ……面白くない話だ。

 カレンは大丈夫だろうか。優しい彼女が、良からぬことに巻き込まれていなければ良いのだが。


 期待、不安。様々な感情を抱えつつも、あなたは王都へ向かう。

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