新入生歓迎会-5


 何のために剣の道を進むのか、という問いがある。剣の道を志すものなら誰しもが師から問われるであろう言葉だ。

 大切な人を護るため。うんうん立派だ。己と向き合うため。志としては充分だ。中には、これしか生きる道がなかった、という者もいる。命の価値が低い者もいるこの世界ではそれも"アリ"だろう。


 だが、違う。どれも違う。そんな綺麗事は聞いてない。もっと単純だ。

 私の答えは"殺すため"。前世でも今生でも、父に聞かれたその言葉に私はこう即答した。


 武を手にする意味は何か。武は何のためにあるのか。至極単純、武とは殺法である。

 前世の武は、実戦を経験していないものが、実戦を経験しないであろう者に教えていた。

 華法化という言葉がある。技が実戦的なモノから離れ、見栄えのいいモノばかりが取り入れられるというものだ。


 神前流も半分そうであった。今生に産まれて、父から剣を教わり、華法化したモノを取り払い、神前流の技をより実戦的なモノに昇華させていった。

 

 その、稀代の刀才が華開く。


「仕切り直しだ、鶏野郎」


 『雪雀』を抜き、殺気を乗せてそう言い放った。


「ゴゲェ」


 コカトリスも私の意図を理解したのか、心地良い殺気を放ってくれる。

 そうだ、こうだ。殺気の応酬。戦場はこうでなくっちゃいけない。


「神前流、ミレイ・アーレンベルク。推して参る」


「ゴゲェ!」


 2つの火花が交わる。


 片方は、銀の閃光走る舞刀。片方は、獣の鋭さを持つ鈍く光る輪舞。

 その舞踏には赤く光る血が撒き散らされていく。

 超接近戦闘。見るものが見れば正気ではない、狂気だと思うだろう。

 狂気の鬩ぎ合い、乱舞。お互いが薄く笑っている様にも見えるのが、さらに狂気を助長させる。

 周りのヒトは、その狂気を唯々眺めるしかできなかった。

 だが、傷を負いながらも深手だけは避け、相手だけに血を流させる。

 だが、それでも双方、傷によって流れる血の量が多くなっていく。


 実力は5分、だが再生能力の差が戦況を変える。


「ゴハァ!」


 ヤバい蹴りを諸で喰らった。

 ギリギリ【身体硬化】は間に合ったが、それでも肋骨にヒビと内臓に損傷を与えられた。


 先程から、肉は削げているが骨を断つまでには至っていない。

 それに対してこちらはかすり傷が増えてきた。致命傷となりそうな攻撃は避けているが、それでも相手の再生能力が厄介なため、傷が増えてでも打てるところは打っていかなければ勝てない。

 だが、それでも、全身血まみれ。【生命増強】でも失った血までは再生できない。【生命増強】はただ自身の生命力、つまりは治癒力を底上げるだけの魔法だからだ。アドレナリンを放出させてドーピングのような効果を認められているが。

 そのおかげか、所々全力の【身体強化】を使っているが痛みはない。だが、身体は誤魔化せない。全身ボロボロなのは確かだ。


 対して、コカトリスはタフさが面倒くさい。どれだけ切っても切っても再生する肉。刃が通らない骨。

 そして、こちらの攻撃はそよ風と言わんばかりの猛攻。


「…この型は嫌いだから使いたくなかったんだがなぁ」


 神前流『攻型』。前世で最も嫌いだった型。身体能力で言えば普通の女だった私には向かない型だった。

 力任せ、とまではいかないが、それでも鍛えた力がモノをいう型だった。


 神前流は多数の流派の技を取り入れている。剣術から始まり、薙刀術、槍術、柔術、組討術。珍しいところでは合気なんかも取り入れている。

 使えるものは使う。それが神前流の教えであった。

 その中でも、この『攻型』は薬丸自顕流の技を取り入れたものだった。

 薬丸自顕流、この流派を語るなら『蜻蛉』に尽きる。そこからの連続技もあることにはあるが、自分の強みを押し付ける『先手必勝』。この流派の特徴はそれであった。


 自分のリミッターを取り払い、切る。ただこれだけは苦手だった。これだけは弟子たちの方が優秀だった。

 師範の孫、次期師範として教えられてだけはいた。使うことはないだろうと。

 だが、この世界の私は、前世とは比べ物にならない、人間離れした身体能力を持っている。


「"べったり握れ"…だったな」


 ほぼ全ての流派では刀の柄は「茶巾を絞るように握れ」と言われる。柔軟に刀を遣うためだ。人差し指と親指は強く握らない。

 だが、薬丸自顕流を取り入れた『攻型』だけは別。べったり握る、つまり力強く握るのだ。それによって相手の刀諸共粉砕するのだ。


 構えは右蜻蛉。狙うは翼、恐らくあれはバランサーの役割がある。まずは体勢を崩す。

 一撃で堕とすのが理想だが、首が高い。まずは首を下げるところからだ。

 猿叫は必要ない。今は調子がいい。もう既に枷は取り払われている。


 【身体強化】全開で5m空いた彼我の距離を2歩で詰めた。


「ケッ!?」


 今までこの速さを見せていなかったので、コカトリスは驚き、避けは不可能と判断したのかその翼を交差して防御体勢を取った。


 だが、それは悪手。

 その両翼を叩き切る!


「ゴゲェェェェェェ!?!?」


 今までは断ち切れなかった一撃、だが、今撃は両翼の骨ごとその白い翼を地に堕とした。

 だが、それで終わりではない。

 痛みからか、上体を仰け反ったコカトリスの足の横でビタリと刀を止め、切り上げ。

 

 その2撃目はコカトリスの左足を両断し、そのまま鎖骨を断ち、鶏胸を切り裂いた。

 その2撃でコカトリスはバランスを崩し、こけた。


「やっと頭を下げたな鶏野郎。…おっと」


 紫に光る、両の眼。殺気と共にそれを感知すると、その場から勢いよく飛び退いた。

 が、その邪眼は衝撃ではなかった。


「…マジかよ」


 邪眼の内容は毒。

 【対猛毒付与アンチデッドポイズン】はしっかりとかかっているはず。ここまで来てヘマをするカラ先輩ではない。そこは信頼している。

 なら、それを貫通する毒の邪眼を隠し持っていたというわけだ。ここにきて奥の手を披露しやがった。


 幼少期から、この世界で生きていくために毒物に対する耐性は付けてきた。だが、それすらも貫通してきた。

 呼吸が少し苦しい。それに手足の痺れも。神経毒か。

 すぐに死ぬわけではないが、放っておけば命に係わる。エレオノーラをちらりと見たが、軍曹殿を治療中か。なら仕方ない。


「対象を…封じろ。根を伸ばせ。我が魔力を代償に蠢き…絞め殺せ【樹縛】」


 発動させたのは緑魔法中級の【樹縛】。発動できるかは妖しかったが、丁寧に術式を組み上げてフル詠唱したからなんとか発動できた。

 地面からどこからともなく生え、成長した根がコカトリスの体と尾、それに眼を塞いで、首だけを露出させた。


「さんざ手こずらせやがって…。まぁ、私も成長できたから感謝はしてるよ」


 そう言って私は、根にギチギチと締め上げられながらもまだ暴れようとするコカトリスの白い首元に刀を添えた。

 震える手と限界だと悲鳴を上げる身体に、最後の仕事だと無理を聞かせて【身体強化】を全力で発動させて『雪雀』を上段に構える。


「さよならだ、強敵よ」


 勢いよく、だが静かに振り下ろされた刀は、白い首にスルリと吸い込まれ両断した。

 ビクンと、身体が跳ねる。そこから数秒、締め上げられている根の下で身体が動き、終に静かになった。

 それを確認して、【樹縛】を解いた。


 それと共に、一気に緊張が解けた。そして、同時に襲ってくるのは誤魔化しがきかなくなった痛み。


 その姿を見てエレオノーラとカラ先輩と軍曹殿が駆け寄ってくる。


「ミレイさん!ミレイさん!ミレイさん!」


「本当に無理して…!」


「君は…本当に…!」


 各々がそれぞれ言いたいことがあるらしいが、言葉になっていない。

 はは、エレオノーラ、抱き着くのはやめてくれ。クソ痛い。


 ああ、ヤバ。意識が遠のいてきた。血を流しすぎたかも。


「エレオノーラ…【解毒アンチドート】頼む…毒が…。すまん限界…ああ…腹減った…肉…食いた……」


「ミレイさん!?ミレイさん!?」


 そこから翌日の昼まで、私の意識は彼方に飛んで行った。

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