それは二人だけの呪文

@nishikida00

それは二人だけの呪文

魔王と呼ばれる知性のある強大な魔物との戦いがあった。


物語に出てくる様な勇者や神の使いなど都合のいい存在はおらず、各国で資金と人員を出し合って討伐作戦は実行されたのだ。

様々な作戦が行われたが、最終的には物量で押し切る作戦となり、約一年間に渡り行われた魔王討伐作戦は多くの犠牲を払いながら成功に終わった。


そんな地獄の最前線にライト王国の現場指揮官として赴任して、やっと王都に帰ってきた俺を待っていたのは最悪な光景だった。




「ユウナは僕との愛を選んだんだよ。平和な世界では野蛮な君とは一緒にいたくないそうだ」


王城の渡り廊下。人の目があるところでやる話ではないだろうに、と常識があるならばやらない略奪を勝ち誇った顔でこの王国の第二王子が宣言してきた。


王子の隣には、俺の婚約者であるユウナもいる。


顔色が悪いのは幼馴染みの情が残っているからなのかどうかはわからないが、戦地から戻った俺の隣に駆け寄ることは無かった。


「お聞かせください。ユウナとの婚約は王家が介入し破棄するということでしょうか?」


苛立ちを隠しながら問う。


貧乏ではあるが俺は伯爵家の当主だ。

今は亡きユウナの父から託された婚約だ。当主として家同士の婚約関係解消に同意した覚えはない。今の今まで戦場にいたのだから当たり前だが。


如何に王家でも個々の婚約を破棄する権限はない。しかも婚約時に形式的ではあるが王家の承認を得ている婚約を当事者が知らぬ間に破ることなど出来るわけもないのだ。


そのため、「常識はありますか?」と質問したのだ。


「まったく野蛮な者はコレだから困る。君が『自主的に』動くのだよ。これから復興をなさねばならない。そのシンボルは王家と巫女、つまり私達なのさ。君は身を引くんだよ」


ユウナの肩を王子は強く抱き寄せながら高らかに謳う。ユウナは成されるがまま視線を指先に落とした。その姿に俺も自然と指先を見る。


『なるほど』


状況の整理は少しばかり進んだ気がする。

どうやら王子は一応体裁は整える必要があることは理解しているらしい。


戦争で引き離された二人の心が離れたという形ならば合意による解消はありうる。実際に戦争のストレスでおかしくなった者や離れた期間の不貞行為で婚約や婚姻関係の継続が困難となるケースはそれなりにあるのだ。


まあ、今回のケースはそこに王子が関わっているので少しばかり特殊かもしれないが。


「些か急な話で混乱しております。決断に少しばかりお時間を頂けないでしょうか?」


「もはやユウナは君に心を残していない!諦め給え」


「だとしても、伯爵家は彼女を迎え入れたいと思っていたのです。分家や使用人を含め。

戦地から戻ったばかりの心を整理する時間を求める事はそこまでおかしなことでしょうか?」

俺はうつむいて悲しげな声を絞り出す。


悔しさから俯き指まで震えている様に見えるであろう俺と我を通す王子という対比が出来上がる。


今更周りの目線を気にしてか、王子は「1日だけ待ってやる」と口にしてユウナの手首を掴んで踵を返していくのだった。






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「厄介な事になったな?ロイ」


面倒事を抱えた俺は、第一王子の執務室を訪ねた。


「手綱は握れとあれほど言っただろ?ルーク。あのバカ王子を危うく斬りそうになった」


「もしかしたらそれも一つのプランだったかもね。私の側近が第二王子に斬りかかるなんて事になったら一大スキャンダルさ」


手を広げ笑う第一王子。コイツに仕えるの辞めようかなと本気で思う。


「辞めさせないよ。それに悪いとは思ってる。彼女に近付くバカをあえて泳がせたのだから。すまなかった」


「それが王国の民のためとなるならば致し方無い。もちろんユウナに命の危険が及ぶなら恨み続けるが一応配慮はしたのでしょう?」


そう聞くと王子は笑う。


「もちろん。殺させないよ」


「それが聞けただけで十分です。何か犯罪行為が行われていますね?」


「ああ、王都のゴミを掃除する大捕物だが決め手がない」


「場所はノエル劇場です。あとイコリアの花を彼女に」


俺は一枚の紙を差し出す。


「裏取りは…流石だな。わかった。花は手配する。必ず救えよ」 


「はっ!」


敬礼をして、俺は部屋を飛び出したのだった。





=ニ時間後=






エントランスの表示通りならば歌劇公演中であるハズのノエル劇場に騎士がなだれ込む。

会場は多くの来場者がいたが、そこで開かれていたのはオペラなどではなく、醜悪で欲にまみれたオークションだった。


俺は封鎖完了を確認した後で、主催と来場者の捕縛を部下に任せた。

被害者の保護に向かうためだ。

男だけではと思い女性騎士を連れ立って向かう。


裸同然の姿で欲をかき立たせる様な下着を着せられている女性たちに羽織るものを渡し、「もう大丈夫」と声をかけて回る。


その中には何人か見知った顔もいたし、大切な婚約者の母親の姿まであった。


俺の姿に気付いたお義母さんは息を切らしながら言う。


「ロイ君…ごめんなさい…ユウナを助けてあげて!あの子は…声と身体の自由を奪われているわっ…私はあの子が逃してくれたのにその後捕まってしまって…ぐぅ」


「わかってます。でもユウナはやっぱりすごいですよ。もう呪術解除の糸口は掴んでいたみたいでしたし」


「そう…なの?」


「ええ。ここの場所を伝えたのもユウナですから。それに解除のために必要な物をあいつがいる場所に届けさせました。そろそろ…」


言いかけたその時だった。


「お母さん!無事!」


「ユウナ!」


「お母さんが居なくなったらって怖くて怖くて」


「私もよ。ユウナが私のせいで捕らわれて、生きた心地がしなかったわ!」


涙を流しながら抱き合う二人にこちらも嬉しくなる。


感動の再会を果した二人はひとしきり抱き合うと、お義母さんがいたずらっぽい笑顔でこちらに向き直った。


「でももう大丈夫よ、お婿さんが助け出してくれたから」


そう言ってお義母さんは俺に抱きついた。


その動作でお義母さんが肩からかけていた羽織物は取れてしまう。


裸同然のハグだ!


ニヤけるのは仕方がないだろう。

なにせお義母さんはユウナに色気を足した正当進化した姿なのだ。


だらしのない顔をしていたに違いない。戦場で飢えていたのだ人肌の恋しさに。


仕方がないと自己弁護をした俺を衝撃が襲う。



「ロイの…バカ〜!」


頬を叩かれた俺は戦地から休みなく戻ってきた疲れもあったのかそのまま意識を手放すのだった。








=数日後=




王都は大騒ぎとなった。


魔王との戦いの影響で家族を失った者は、貴族や平民の別なく多く発生しており、国の管理が間に合っていなかった。


それを見越し、時には騙し時には拉致し売りさばいている貴族達が一斉に摘発されたのだ。


すべては救助出来ないかもしれないが、売られた人間の調査は続いている。


更に民に驚きを与えたのは、その胴元が第二王子の後ろ盾であり側室の実家でもあったミラー侯爵家だった事のである。


極めつけは、人身売買の際に反抗的な『商品』の自由を奪うために禁術とされる魔法を使った事も大々的に報じられた。


この禁呪は巫女ユウナが解除法を発見し、呪縛は取り除かれたがその恐ろしさに皆が震えた。


騒ぎの鎮静化の為、ミラー侯爵家や人身売買の主催側は全員処刑となる見込みで第二王子も近く毒杯をたわまる公算が高い。


側室は直接の関与が確認できなかったが離島の修道院へ向かう事が発表された。


国王は民に前例のない謝罪を行い、魔王討伐は新時代の幕開けだと第一王子に王位を譲ると決まった。


魔王討伐と腐敗した貴族の悪行。

王の交代と不正を暴いた戦場帰りの騎士と巫女の恋物語は連日紙面を賑わせるのだった。






「『愛の力で禁術を破った巫女』だってさ」


「『揺るがない騎士の情熱』ってかいてあるわ」

一瞬の沈黙を挟み


「「ぷっ」」



同時に噴き出すのだった。


第二王子が略奪シーンを人目のあるところでやってくれたおかげで、様々な尾ひれがついて記事か書かれている。


あながち間違いじゃないものもあるが。


新聞を畳んだユウナは少し恥ずかしそうに口を開いた。


「ロイならわかってくれるって思ってた」


「指暗号なんて久々だったよな」


あの日、ユウナは唯一自由に動く指先でオークション会場の名前と植物の名前を教えてくれていたのだ。


俺たち二人が幼稚舎の頃に編み出した遊びが指暗号で、指の形と本数で母音と子音を表すシンプルなやり方だ。


「いきなり視線を落とすから本当に話もしたくないのだと一瞬思った」


「最悪だったわ。バカ王子はベタベタ触ってくるし。何故か俯く指示が着て助かったけど、ロイがショックだったって事は指示としては正しかったのでしょうね」


思い出しただけでもあの光景は嫌なものだ。


「操っていたのはミラーのとこの侍女なんだよな?」


「そうよ。バカ王子には一度治療したら付きまとわれるし、私の近くをウロウロするからあの侍女に目をつけられちゃったし本当に最悪。

解除して確信したけどあれは人の術じゃないわ」


「その侍女は騎士団の調査でも見つからなかったんだ。もしかしたら魔王側の工作員で逃げ出したのかもな」


だとしたら納得だ。


ミラー侯爵も第二王子も欲望はあれどあそこまでだいそれたことをやる覚悟も才覚も持ち合わせていない人物だ。


魔王討伐作戦の経験上、それを上手く操る奴がいてもおかしくはないと思った。


「魔王の周りには、人形でコミュニケーション取れるやつもいたし、戦闘能力は低いけど幻覚とか毒の魔法を使うやつも居たんだ」


「魔王が何なのかまだまだわからないことが多いのよね。だからこそ心配だったの。私の治療所にロイが運ばれてきたらって」


「俺も不安だった。ユウナなら禁呪解けるだろうけど逆上したアイツが何するかわからないし、ユウナの側にいたかった」


「えへへ、愛されてるね〜。わたし」


「もちろん」


自然と重ねた唇は甘く、暖かかった。


口で伝わる距離なのに彼女は指を動かす。


『愛してる』


顔を真っ赤にして指を折るユウナが可愛すぎて力強く抱きしめる。


「このままルークの側近なんて辞めて領地に引っ込もうか?人使い荒いし」


「悪くないね。お母さんも安心させたいし」


耳元で囁きあう。


「あっ、でもお母さんをエッチな目で見るのは禁止だからね」


抓られた脇腹の痛みは心地よい。

尻に敷かれる準備は万端だ。

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