第34話

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皆様


 突然のお手紙で、申し訳ございません。

 この手紙を悠貴以外の方が見ているのであれば、今頃僕は、この世にいないのでしょう。


 自ら死を選ぶことに対して、「根性なし」「情けない」「親不孝者」という意見があることは、重々承知しています。ただ、何があっても生き抜くことが正解だと言い切れる自信が、僕にはありません。身も心も擦り切れてまでこの世界に執着する理由が、僕には分からないからです。


 擦り切れるほどの苦労をしたのか、と思われるかもしれません。自分のプライドを守りたいという思いもあって、ずっと皆様には黙って来ました。


 僕は高校に入学して数ヶ月で、いじめの標的になりました。理由は確か、既にクラスで力を持っていた奴が買おうとした焼きそばパンを、僕が先に買ってしまったからです。奴が派遣したパシリの何人か前に僕が並んでいて、ちょうど僕で売り切れた。焼きそばパンを買ってこなかったパシリにそいつが激怒した時、パシリが「自分の直前に並んでいた目黒が買ってしまった」と言ったんだと思います。

 その日の放課後、僕は奴に呼び出されました。「俺の食いもん奪うなんて、いい度胸してんな」って言われて、「お前のパシリが自分の後ろに並んでるなんて知らなかった」と返したら、いきなり鳩尾を殴られました。さらには「吐き出せ」と、食道に手を突っ込まれて、嗚咽しました。嗚咽してうずくまる僕の頭に水をぶっかけ、奴は去って行きました。これが全ての始まりです。


 担任も奴のことは見て見ぬふりだったので、奴の行動はどんどんエスカレートして行きました。あの時、暴力で奴に勝てなかった僕もいつの間にかパシリにさせられたのですが、パシリにもカーストがあって、僕はその最下層にいました。最下層というのは、奴のゴミを片付けたり、掃除当番を代わりに務めたりする役です。

 本当はこの時点で、悠貴に相談したかった。だけど悠貴が他のクラスで楽しそうに過ごしているのを見ると、自分のせいで奴のとばっちりを受けるようなことをさせたくないと思ってしまって、結局相談できずにいました。


 学年が変わる時のクラス替えは、神頼みの気持ちでした。奴から離れて悠貴と一緒になれたら、また中学の時みたいに楽しい生活が送れるって信じていたんです。だけど気持ちは届かず、悠貴とはまた別のクラスで、奴の名前が同じクラスの名簿にありました。

 登校をやめる意思はありませんでした。部活は全員自分とは違うクラスの人間で、唯一いじめから逃れられる空間だったし、こんなクズのいる所からさっさと抜け出して大学に行きたいという気持ちもあったからです。僕の部活と奴の部活は活動日が被っていて、部活の時まで奴に邪魔されることは幸いにしてありませんでした。


 ただ、二年生になって、状況はさらに悪化しました。奴が学外のヤンキーとつるむようになったからです。何か気に入らないことがあると、バットを持ったヤンキーを使って暴力行為を楽しむようになりました。学校の教師にバレないように、制服で隠れる所だけを殴ってくるそのやり方は本当に卑劣で、僕も背中や腹に何度も何度も打撲の痕を作りました。去年焼きそばパンを買い損ねたパシリは奴と別のクラスになっていて、奴の下にいた時代などなかったかのように楽しそうに過ごしていたのが、憎くてたまらなかった。


 僕の糸が切れたのは、奴に「なんでお前って生きてるの?」と聞かれたからです。今までは何か言われても心の奥で反抗する言葉を反芻してたのに、この問いには何も反抗できなくて、それから毎日、自分が何で生きているのか考えるようになりました。

 奴に目立った反抗もできず、悠貴にも現状をひた隠しにして、毎日奴が食い散らかしたゴミを片付け、そのゴミ箱に顔を押し込まれる人生に何の意味があるのかって。


 大きな丘があって、みんなはそこに降り注ぐ太陽を見て歓声をあげているのに、僕だけ大きくて欝蒼として木や草原に阻まれて太陽を見ることができず、昼間なのに星を探している。そのくらい、自分は暗い所にいる。日陰の星のようだと思う。

 草原には毒性の植物もあって、それを食べれば正真正銘の暗闇になって、もっと簡単に星を見られる。


 昼間に星を見ようとするより、暗闇で星を見る方が簡単なんだから、そっちを選びたくなるじゃないか。だから僕は後者を選ぶ。ただそれだけのことです。生きてるってことはもう自動的に死に向かって進むことなんだから、そのオートボタンを手動に切り替えただけです。もう無理だから。

 自己弁護のようですが、これは決して、「情けない」判断ではないと思います。自分で終わらせる勇気を持っただけです。


 伝えたかったことは、これで終わりです。

 読んでくれて、ありがとうございました。さようなら。    メグロ


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「ユウさん……『日陰の星』って、シュンが生きる意味を無くした時の言葉だったんですか」


「あぁ。あの高校は6クラスあって、全部のクラスの状況を知るのは難しかった。多分あいつはこれを渡すことで、自分を止めて欲しかったんだと思う。俺はそう思って、これを読んだ直後に近所の公園にあいつを呼び出した。『死ぬな』しか言えなかったけど、あいつはすっごい泣いてて、『もし俺がまたヤバくなったら、「死ぬな」って言い続けてくれ』って言われた」


「その後、どうなったんですか……?」


「俺の父親が教育委員会にいたから、駿平の許可を取って親父に全部話して、奴の保護者に出席停止を命じた。息子の悪事を知らなかった奴の両親は激怒して、そのまま退学してった。そうしたらいじめはパッタリなくなった」

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