第28話

 ちょっと待ってて、と駿平が言ってから30秒ほどして、また声が戻ってきた。


『お待たせ……今天国こっちの管理人のおじいさんと相談して、いつも五分の電話を二十分に延ばしてもらった。俺からも話をしないといけないし』


「あぁ、そういうことなら……とにかく、説明しろ、駿平。凛果ちゃんもこの場で聴いてるから」


 駿平の息遣いが聴こえた。たった二、三週間ぶりくらいのことなのに、五ヶ月前に初めて駿平の声を聴いた時を思い出していた。


『リン。聴いてるかな。俺、この前のリンの言葉に怒ってたわけじゃないんだ。むしろそう言われて当然だって思ってた。俺がリンのこと現世に遺したくせして、今後の人間関係をどうするかはリン次第だって、すっごい無責任なこと言ったと思って反省してた。だから、それはごめん。しかもその直後からこれが繋がらなくなって、さらに誤解を招いたかもしれない。そのことも、ごめん』


「あ、あの、シュン?」


『あぁ、リン』


「話ちゃんと聴こえてた。怒ってなくて安心したけど……私もひどいこと言ったから、ごめんなさい。私がシュンにずっと謝りたかったんだけど、あの手段が断たれたら、どうしていいか分からなかったの。だから今日、久々に声が聴けて……あ、ちゃんと向こうにいるんだなって思って」


 凛果が言い終わると、ユウが後を引き継いだ。


「……で? なんで今日まで音信不通にしてたんだよ」


『それは……半分は俺の意志で、半分は天国の人達の意志だ」


「どういうことだよ」


『あの最後の通話の後、俺がひどいことを言っちゃったって、天国こっちで仲良くしてる人達に相談したんだ。そうしたら、現世で大往生して天国に来た人も話を聞いてくれてさ。その結果、「しばらくはリンと話さない」って結論になった』


「どんな話をしたら、そうなったの?」


『それは…………』


 言い淀む駿平に、「お前には説明責任があんだろ」とユウは繰り返した。


『死者と生者の恋愛は、ご法度だって話』


「それは……」


『俺はずっとリンが好きだし、リンの味方でい続けたいし、リンも俺を好きでいてくれるなら、この関係はずっと続けられると思ってた。やっと通話もできるようになったし、五年目も仲良くやっていけるって元気出てたんだよ。でもそれができるのは、限られた時間だけだった。事実婚含めて、夫婦だったら、いつまでもこうやって連絡取り合えてたんだって。でもただの恋人でしかなかった場合は……』


「もうそろそろ、終わりにしなきゃいけないってこと?」


『そういうこと。いつまでも通話を続ける特権は夫婦だったものにしか与えられなくて、どっちみち俺らはもう、終わりが近づいてた。それを知ったのがあの日。少し距離を置けば、リンちゃんも気持ちが冷めてきて現実世界に目を向けられるんじゃないかって言われて』


「そんなことで冷めないことくらい、シュンが一番知ってるでしょ?」


『だから困ってた。リンに現世で新しい人を探してくれって言う勇気が、なかなか出なくて……』


「私が新しい人を探す必要はないよね? 関係が終わっても、シュンのことだけ想い続けちゃダメなの?」


 駿平のため息が聴こえる。ただそれは、うんざりというよりも、何かを振り切るような息遣いだった。


『……なぁリン。まだ22だよね? 人生この先、まだまだ続く。リンには後悔しないで欲しいんだ。俺はもう、リンとは繋がれない。ある意味一人で生きていかなきゃいけない。でもそれは俺に課された使命だし、自業自得に近いからいいんだ。でもリンは違う。どっちが先に逝っても繋がれる人を選んで欲しい』


「そんなこと、急に言われても……私が、それなら、私が」


「凛果ちゃん! やめてくれ」


 凛果の言葉の行く先を察したユウが声を荒げた。たまたますれ違ったサラリーマンが思わずユウを見る。


「凛果ちゃん。これ以上俺を悲しませないでくれ。これだけは、駿平と同じ意見だから。絶対に譲れない」


 凛果は視線を落として、小さく頷いた。ユウは凛果の肩に手を伸ばそうとして、すぐに引っ込める。


『俺も納得するまでこんなに時間がかかった。リンにも時間が必要なんだと思う。でも間違った判断だけはしないで。それをしたら、絶対に絶対に後悔するから』


「もう、二度と繋がれないの?」


『そうだな……できてもあと一回くらいかも。これ以上の通話は、家族じゃない限り、死者の世界を知りすぎるからダメなんだ。死者は自分が決めた一人としか話せない。だから俺はもう、誰とも話せない。でもリンとの思い出は消えないから、俺のことは心配しないで。大丈夫だから』


 凛果は再びよろめき、ユウに抱き止められる。

 もう話せないかもしれないという現実。

 話せる時間をもっと大事にしていれば良かったという後悔。

 死後に繋がれるたった一人の生者に凛果を選んでくれたことへの感謝。

 一気にそれらが去来して、残暑の夜だというのに、体が震えた。


「シュン……ごめん……私……」


『リン。泣かないで』


 ユウが背中をさすってくれる。でもその手が、凛果には駿平の手のように感じられて、涙が止まらない。


「凛果ちゃん。今は俺のこと、駿平だと思ってもいいから」


「はい……」


 駿平は『ユウ、ごめんな。リンを頼んだ』と、通話を切ろうとした。


「待って、待ってシュン!」


『リン?』


「これが最後なら、教えて……なんで私達は、『日陰の星』を経由して繋がれてたのか」

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