第27話

「凛果ちゃん!」


 一次会が終わって一旦お開きとなり、凛果はロータリーを離れようとしていた。

 一次会は確かに楽しかった。でも皆も気を遣っていてくれたかもしれない。二次会も誘われたけれど、両手を上げて行く勇気はなかったし、二次会こそ気を遣わずに思いのままに楽しんでほしいと、心から思っていた。


 でもそんな凛果の名を呼んで、追いかけてくる人間が一人いる。


「ユウさん。いいんですか? 今回の幹事なのに、二次会行かなくて」


「俺が担当してたのは、あくまで一次会だからね。後で二次会にも顔は出すけど、今は酔い覚ましにも一旦外を歩きたいかな。一緒にいい?」


「……最初から、一緒に歩く前提ですよね?」


「うん。もうちょっと話がしたくて」


 ロータリーでしばらくたむろしていた人々は、小洒落た一次会の会場とは異なる、大衆居酒屋に吸い込まれていく。

 凛果とユウは、どちらからともなく、繁華街とは反対方向に向かって歩き出した。喧騒はどんどん遠のき、街灯と信号機、そしてコンビニの看板だけが夜道を照らす。


「楽しめた?」


「はい。みんなもどう接していいのか分からなかっただけなんだって思ったら、少しだけ心が軽くなって」


「今日来た子達の中に、凛果ちゃんを悪く言う奴は一人もいない。みんな分かってるからさ、急に恋人を亡くした人がそう簡単に立ち直れるわけないって」


「今思えば、もう少し周りに配慮できたはずだって思ってます」


「いいんだよ。あの時はまだ、19だか20の人間だったんだから。俺達もそうだった。年齢的に仕方なかったんだよ。凛果ちゃんが自分を責めるのと同じように、俺達も理解力が足りてなかった」


 ユウは不意に空を見上げた。

 東京ではないが、首都圏の夜空だ。星なんて何も見えない。

 この汚れた空の向こうに、本当に駿平はいるんだろうかと、凛果は不安になった。


「まぁ、こんな風に何年も自問自答し続けてること、駿平は全く知らないのかもね。俺が未だに駿平との写真とか公演のビデオとか見返しちゃってることも。凛果ちゃんがやるならまだしも、俺がまるであいつの彼女みたいにずーっと、見返しては泣いてるってこと……まぁそれは、逆に知られない方がいいな」


「それ、知ってるはずです」


「え?」


「シュン、見てるから」


 きっと今もそうじゃない?

『日陰の星』経由で繋がってた電話にはもう出ないけど、きっとこの様子を窺っているはずだ。凛果はそう確信している。


「ユウさん。最初に断っておきます。私、酔ってないですからね」


「え?……あぁ、うん」


「私、ちょっと前まで、シュンと毎日話せてたんです」


「えっ……ちょっと待って、えっ?!」


「スマホで……えっと、このアプリ。これを起動させて『日陰の星』っていうのをタップすると、一日一回五分だけ、話せてたんです。シュンと」


「話せてた、ってことは、今は?」


「ユウさんから連絡が来る前日、シュンは連絡が来ることを事前に私に教えてくれてたんですけど……その後の話の流れで、私がひどいことを言っちゃって。それ以来、繋がらないんです」


「あいつ……予知もできるようになってんの?!」


「生前、自分と関係の深かった人については、たまに行動とか考え? みたいなのが見えるみたいなんです。私もそこら辺は詳しくは分かんないけど……」


「つまり、些細な口論で連絡が途切れたと」


「口論というか、一方的に私が言っちゃっただけなんですけど。でも謝りたくても、その方法が分かんないんです。何せ、天国と現世だし……」


 ユウは「あいつバカか?」と夜空に放つ。


「ちょっとすれ違っただけで連絡に出ないなんて子どもかよ。すれ違えることが幸せだってこと、分かってないな。ちょっと貸して」


「え? あのっ」


 凛果が手にしていたスマートフォンをするりと奪うと、ユウは例のアプリをタップする。


「ねぇ、これのこと?」


「え……なんで?!」


「なんでって、何が?」


「だって今、『日陰の星』がお気に入りに出てる……あれから毎日確認しても出てこなかったのに。もしかして、ユウさんが操作してるから?」


「もしそうだとしたら、もっと説教してやんないと。人を選んでる場合かって」


 凛果は慌てて鞄からワイヤレスイヤホンを取り出し、Rと書いてある方をユウに渡した。Lを自分の左耳に入れる。


 ユウが『日陰の星』の再生ボタンをタップすると、『もしもし?』と声が聴こえた。まるでつい昨日ぶりのような口調で、凛果は崩れ落ちそうになる。その背中を、ユウがそっと支えた。


「もしもし、じゃねぇだろ、駿平さんよ」


『ユウ?! リンから聞いたのか……?』


「いいか、もしお前が言われて嫌なことだったとしても、お前が連絡を絶っちゃったら凛果ちゃんには成す術がないんだ。すれ違いだってな、互いに話し合えなきゃできないんだよ。喧嘩するほど仲が良いって言うだろ。死んでも凛果ちゃんと話せること自体幸せなんだってことくらい分かるだろ? なんで急に連絡を絶ったりなんかしたんだよ、このバカっ! しかも俺が凛果ちゃんのスマホ操作した時だけ呑気に出てきやがって……死人に口無しって言うけどな、こればっかりは俺も黙ってらんねぇぞ!」


『ごめん。別にリンに怒ってたわけじゃない』


「じゃあなんでだよ? お前には説明責任があんだろ」


 ユウは相当怒っている。いつもは駿平を含め、誰にでも凛果に対するような優しい口調だった。だけど今は、小夏の彼氏のタクみたいな、ぶっきらぼうな言い方になっている。


『ちょっとだけ、待っててくれないか? そのままで』


「ちょ、待つって、おい、駿平?!」

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