第8話

 あれから、凛果は毎晩のように駿平の声を聴いた。

 一日五分という限られた時間の中で、凛果は日々の様子をなるべく細かく報告していた。生前は駿平の方がお喋りだったが、今は凛果の話が聴きたいと、彼は聞き役にまわっている。


 小夏と初めてお昼を食べるようになってから、社交的な小夏は凛果をよく呼ぶようになり、彼女のおかげで同期との会話が増えた。


 凛果と小夏を含め、四人の同期。残りの二人は男子だった。

 柔道でインターハイに出たことがある体力自慢の坂井圭太けいたと、B級グルメ探索が好きで、中学で生徒会長をしていた田口颯斗はやと。みんな個性が際立っている。これといった趣味や強みがない凛果は少々気後れしたものの、周りは彼女を自然に受け入れた。同期といると、颯斗や小夏が取り仕切って、凛果や圭太が聞き役にまわるようなイメージだ。気づけば、同期といる時間は凛果にとって楽しいものとなっていた。


「内田さん、最近明るくなったね。環境に慣れた?」


「あ……はい。同期が、受け入れてくれて」


「誰も内田さんを拒んだりしないよ。多分、優しく受け入れる人間が採用されてるし」


「そうですね。私が、慣れるまでに時間がかかってしまっただけで」


「いいのよ。内田さんは内田さんのペースで慣れれば。仕事はしっかり覚えてくれてるようだし、私は心配してないわよ」


「ありがとうございます」


 いつも栗色の髪をシニヨンにまとめている松井杏香は、オフィスのラウンジやエレベーターで声をかけてくれるようになった。おかげで、凛果も周囲と仕事以外の話を楽しめるようになった。


 そんな話を、基本的には一日の終わりにシュンに話す。いつものワイヤレスイヤホンで、『日陰の星』をタップして。

 一度、ワイヤレスイヤホンなしで駿平を呼び出そうとしたことがあった。時間的には声が聴けるはずだったのに、何度試してもエラーメッセージが出た。やはり、駿平と繋がるにはワイヤレスイヤホンが不可欠なようだ。


『リン。何か最近、声が明るくなったね』


「え、声まで変わった?」


『うん。楽しそうな声してる。つい二週間前くらいは、声が震えたり、一オクターブ以上低かったりしててさ。でも俺のせいでもあるよなって思って、気付いても言えなかった』


「ごめんね。悪い意味でずっとシュンを引きずってて。コミュニケーションの仕方まで忘れちゃって。就活はある意味機械的に話せれば問題ないけど、日常生活で困っちゃってた」


『でもそれを、変えてくれた子……えっと、小夏ちゃんがいたんだよね』


「そう。ちょっと強引な所もあるけど、逆にそれが助かったなぁって」


『良かった。本当に良かった。でもちょっと怖いな』


「怖い?」


『また明るくなったリンを見て、好きになる男が増えそう』


「私はシュンだけだよ」


『……照れるわ流石に』


 こんな感じでのろける夜もあれば、眠たい夜もある。



『……ン……リン……?』


「……はっ。あ、シュン……ごめん……」


『いいよ。今日はたくさん頑張ったんだよな。無理に話さなくていいよ』


「でも……」


『♪ねんねんころりよ おころりよ』


「ちょ、子守唄って……」


『いいから。♪リーンはよいこだ ねんねしな…………おやすみ』



 明るい休日の昼も、シュンと一緒だった。


『今日はいつもと時間帯が違うね』


「うん。今日は休みだから、お昼にシュンの声が聴きたくなったの」


『そっか。今何してるの?』


「え、自炊」


『何作ってるの』


「何作ろうかなって悩んでるの」


『じゃあハンバーグ作ってよ。俺リンのハンバーグ好きだったし』


「えーっ、ひき肉十分にあったかな?」


『ない時は、どうするんだったっけ?』


「あ……豆腐!」


『そうそう。リンの家に行った時、ひき肉なくってさ。でも買い出しに行こうとしたらゲリラ豪雨で。俺がハンバーグをおねだりしたのが悪かったけど、あの時冷蔵庫にあった豆腐でリンが作ってくれたんだよね』


「懐かしいね。一緒に作ったけど、シュンが『手ベチャベチャになるの嫌だ』って駄々こねて」


『あんなに手間がかかる料理だと思ってなかった』


「その手間がかかる料理を、今リクエストされてるんですが」


『匂いだけでも天国こっちに届かないかなって』


「作らなくていいからってお気楽なぁ」


『ほらほら、早く作って』



 一日五分。たったの300秒。

 一瞬だけど、毎日違う一瞬がある。

 凛果は駿平と共に、新しい世界の中に飛び込んでいた。

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