三十六、決戦のヤマト⑧―ニギハヤヒ対トミビコ!その決着は!!―
少しの間トミビコが待っていると、今度は比較的早く門番の男が戻ってくる。
男が言うには、ニギハヤヒ様から面会の許可が下りた、とのことだ。
「そうか!」
男の言葉にトミビコは安堵の声を上げる。
もっとも男が言うには面会には条件が一つあるという。
「条件?」
トミビコは男の言葉にやや戸惑った様子を見せながら尋ねる。
男は“条件”について話す。
それは今トミビコが携えている刀をこちらに渡すことである。
「なんとッ!」
トミビコは驚きのあまり声を上げる。
「かりにも私はニギハヤヒ殿の義兄であるぞッ!ニギハヤヒ殿はこの私を信用してくださらんのかッ!」
トミビコはきっぱりとニギハヤヒの出した“条件”を拒絶する。
対する男は無言のままトミビコをにらみつける。
それはこの“条件”を譲るつもりはないという意思表示である。
一方のトミビコのほうも男をにらみ返す。
両者の無言のにらみ合いが続く。
その場にはこれ以上ないと言っていいほどの緊迫した空気が漂う。
しばしの間緊張状態が続いたあと、ついに男の方が口を開く。
ならば一度刀をこちらが預かって確認したのちそちらに返す。
それならニギハヤヒとの面会を許可する、と。
その言葉を聞いてトミビコは少しの間考える。
一度刀を向こうに渡してしまったとしても、再び返してくれるのなら問題ないのではないか。
もしこの提案を拒否したとしてもまた男との間で“押し問答”がまた始まるだけだろう。
そうしてついにトミビコは“決断”する。
「わかりました」
そう答えると同時にトミビコは自らが携えている刀を男に手渡す。
結局トミビコはニギハヤヒ側の“妥協案”を受け入れるのだった。
「いやあ、よく来てくれた!」
宮殿の大広間の一番奥のあたりに座っていたニギハヤヒは、部屋に入ってきたトミビコに立ち上がって近づき、歓待の言葉をかける。
その顔には親しみの込められた笑みが浮かんでいる。
「話は聞いていると思うがどうにも体調が優れんでなあ。今までお前とじっくり話をすることができなくて申し訳なかったと思っている」
そう言いながらニギハヤヒはトミビコに対して軽く頭を下げる。
「…言いたいことはそれだけですか?」
ニギハヤヒの言葉にトミビコは声を震わせながら答える。
その顔は怒りのあまり歪み、身体の方もブルブルと小刻みに震わせている。
「…いやいや、ちょっと待て!」
ニギハヤヒはそう言いながら、トミビコを落ち着かせるようにその肩を両手でポンポンと叩く。
「とりあえず座って話そうではないか?ほら、俺は座るから」
そう言うとニギハヤヒはその場にどっかりと腰を下ろし、あぐらを組む。
そして両手を前に出してトミビコにも座るようにうながす。
「いえ、このままでけっこうです」
トミビコはニギハヤヒの提案をきっぱりと拒否する。
その口調こそ静かだが、ニギハヤヒの顔を見る目は怒りに燃えている。
「いやあ、うん、そうかッ!お前もずいぶんと苦労したのだなあ。わかるッ、わかるぞッ!」
ニギハヤヒはあぐらを組んでいる自分の両足を両手でパン、と叩きながら言う。
「いいやッ、わかっていないッ!」
トミビコはニギハヤヒの顔をキッ、と睨みつけながら叫ぶ。
「…あなたは断じてわかってなどはいない」
トミビコは次にはいくらか落ち着いた口調で言う。
「…今こそ話そう。我らが味わった苦しみの全てを…」
そう言うと、トミビコはニギハヤヒとの間にあった“積もる話”を全て話す。
ニギハヤヒが鬼たちをヤマトに連れてきて以来、いつの間にか自分たち人間が鬼の下に置かれる存在になってしまったこと。
自分が大勢の者が見ている前で前鬼に金棒で殴りつけられるという“辱め”を受けたこと。
そして何よりこの戦いで多くの人間が傷つき、倒れてしまったこと。
「…これらのことは全てあなたがこのヤマトの地にやってきて以来起こったことだ。このことをどう考えておられるのか?」
そうしてトミビコは語気を強めてニギハヤヒに詰め寄るのだった。
「こたびの戦いでは本当に、本当に多くのヤマトの民が傷つき、倒れましたッ!あなたはそのことをどうお考えかッ!まさかあなた自身にはなんの責任もないとはおっしゃりますまいなッ!」
トミビコは改めてニギハヤヒを厳しく問い詰める。
対するニギハヤヒは相変わらずあぐらをかき、無言のままうつむいている。
「何か言うことはないのですかッ!今のヤマトがこれだけひどい状況になっているというのにッ!」
沈黙を続けるニギハヤヒにしびれを切らしたトミビコは、ついに怒鳴りながら座ったままのニギハヤヒの胸倉をつかむ。
そして無理やりニギハヤヒの顔を上に向けさせ、自分はそれを下にのぞき込むような形にする。
「…クックックックッ…」
するとなぜか突然ニギハヤヒが笑い出す。
「…ククッ、いやいや暴力はいかんぞ、暴力は…」
そう言いながら、ニギハヤヒは自分の胸倉をつかんだままのトミビコの両手に上から両手を被せるように触れる。
「…とりあえずその手を離してくれんかなあ。そうすれば貴様の質問に答える用意はあるぞ」
ニギハヤヒは薄笑いをその顔に浮かべながら言う。
トミビコはその要求に答えて、そっとニギハヤヒをつかんでいた両手を下ろす。
「…ようし、いい心がけだ」
再び床に腰を下ろしている形になったニギハヤヒはニヤリと笑いながら言う。
「…クックックッ、まあ質問に答えようか」
ニギハヤヒは相変わらず薄笑いを浮かべながらつぶやく。
「…ククッ、まずはヤマトが今こういう状況になっていることに対してどう思うか、だったか…」
ニギハヤヒはトミビコの顔を見上げながら言う。
「なんとも思わんな」
「なッ!」
トミビコはニギハヤヒの返答に絶句する。
それはトミビコの予想を完全に裏切った、耳を疑うような言葉である。
「貴様は今回の戦いの結果の責任が全てこのニギハヤヒにあると言いたいようだが…」
ニギハヤヒはニヤニヤと笑いを浮かべながら言う。
「お前たちにも少なからず責任はあるはずだぞ」
「なんとッ!」
トミビコはまたもニギハヤヒの言葉に意表を突かれる。
「だってそうだろう。このニギハヤヒをヤマトに王として迎え入れることを決めたのはお前たちだ。そんなにこの状況が気に入らないというのならそもそもそんなことしなければ良かっただけの話だ」
ニギハヤヒは相変わらずトミビコの顔を見上げつつも、不敵に言い放つ。
「…なっ、…このトミビコはあなたのために我が妹まで
「ああ、そのことか」
動揺を隠せないトミビコに対して、ニギハヤヒは平静を保ちながら言う。
「貴様の妹とは結婚したとき以外はほとんど会っていないものでなあ。何しろこちらは“ヤツ”によってずっと宮殿に閉じ込められていたのだよ。当然愛しているも何もあったものではない」
(……!)
トミビコはもはやニギハヤヒの言葉に何も答えることができず絶句する。
「まあ、こちらにも色々と込み入った事情があったということだな」
ニギハヤヒは驚きっぱなしと言っていいトミビコに対して淡々と話を続ける。
「もっともそんなごちゃごちゃしたことをここで話すつもりはない。俺はけっこう焦っているんだ。何しろこうして貴様と悠長に話しているうちに他のやつら―ヒルコあるいは敵軍の誰か―が来ないとも限らん」
ニギハヤヒは“事務的”と言ってもいいような態度で話を続ける。
「よってそろそろ話を“終わり”にしようか」
ニギハヤヒはかすかに口元をゆがめながら言う。
「まあ結論を言うとだ。このニギハヤヒは全てにおいて正しく、貴様は全てにおいて間違っている」
「……!」
ニギハヤヒの言葉にトミビコは再び言葉に詰まる。
「…そ、それは一体どういう意味ですか?」
ようやくトミビコはしぼり出すように声を出す。
「言ったとおりの意味だ。何しろこのニギハヤヒは高天原から来たのだぞ。ゆえに全てにおいて正しい。対するお前はただの地上の人間だ。ゆえに全てが間違っている。まあ、わかりやすい話だな」
ニギハヤヒはトミビコの質問に実にあっさりと答える。
「…そんな馬鹿な理屈が…」
トミビコは辛うじてそれだけをつぶやく。
ニギハヤヒの言葉は完全にトミビコの理解を超えている。
それはトミビコの、もっと言うならヤマトの住人全体の否定である。
「正しい理屈なんだよッ!このニギハヤヒ様が言うならなッ!」
そう言うや否や、ニギハヤヒは立ち上がる。
そして身につけていた刀の鞘から刀身を抜く。
「なッ!」
突然のニギハヤヒの行動にトミビコはあわてて後ずさる。
そして素早く自分の刀を鞘から抜き取る。
「何いッ!」
トミビコは自分の刀の刀身を見て驚愕する。
なんとそれは木刀にすり替えられてしまっている!
「ハーッハッハッハッハッ!」
ニギハヤヒは驚いているトミビコの様子を見ながら腹を抱えて大笑いする。
「…ハッハッハッ、…いやいや、お前はこっちが刀を渡すように言ったときにずいぶんと抵抗したそうじゃないか。まあそんなこともあろうかと思って用意しておいた物が役に立ったわけだがなあッ!」
ニギハヤヒはそう言いながら、してやったり、といった表情でトミビコをにらみつける。
「騙したのかッ!」
トミビコはそう叫びながら悔しそうにニギハヤヒをにらみ返す。
「フン、騙された方が悪いッ!」
そう叫んだあとすぐ、ニギハヤヒは自分の背後にある宮殿の奥の部屋の扉の方に顔を向ける。
「出て来い、お前らッ!」
ニギハヤヒがそう叫ぶとすぐに扉が開いて、中から四人の男が次々と飛び出す。
男たちは広間に入ると同時に携えていた刀を抜く。
さらにそこに宮殿の門番をしていた男も加わる。
トミビコは瞬く間にニギハヤヒと五人の男―計六人の男―に取り囲まれる形となる。
「…なんということだ…」
トミビコは手にした木刀を構えながら無念そうにつぶやく。
「ハッハッハッ、これは“詰み”かな?」
ニギハヤヒは愉快そうに言い放つ。
「ハハッ、…おお、そうだ!まあせっかくだから貴様が最期を迎える前に今後の“筋書き”を教えてやるとしようかなあ」
ニギハヤヒは相変わらずこの状況を楽しむような調子でトミビコに言う。
「“筋書き”だとッ?」
トミビコはいぶかるような表情をしながら聞く。
「そうだッ!おそらくこのあとヤマトはニニギの子孫らのものになるだろう。そのとき誰が今回の反乱の首謀者なのかが問題になる。それがお前だッ!」
「そんなッ!」
トミビコにとってニギハヤヒの言葉はとうてい受け入れられるものではない。
それはこの一連の戦いの全ての責任がトミビコに押しつけられたことを意味する。
「ハッハッハッハッ、くどいようだがもう一度言うぞッ。俺は高天原の者だが貴様は地上の者。ゆえに俺は正しく貴様は間違っている。“間違っている者”が何をほざこうが信じるやつがいるはずなかろうッ!」
ニギハヤヒは冷酷に言い放つ。
その様子はもはやトミビコの
「“首謀者”トミビコッ!全てを背負って死ねいッ!」
ニギハヤヒがそう叫ぶと同時に、ニギハヤヒを含む六人の真剣を持つ男たちが一斉にトミビコに向かって突進する。
「クソッ!」
トミビコは必死に応戦しようとする。
しかし真剣を持つ六人の男に対してたった一人で立ち向かう木刀の男。
結果は火を見るよりも明らかである。
「ウアアアアアーッ!」
木刀では防ぐことができない背後から切りつけられたトミビコは断末魔の悲鳴を上げて倒れる。
「まだだッ!止めだッ!絶対に止めを刺せッ!」
トミビコが倒れてもニギハヤヒは周囲にいる男たちにそう厳命する。
ニギハヤヒの命を受けた男たちはうつ伏せに倒れたまま動く気配のないトミビコを滅多刺しにする。
「くらえーッ!」
最後にニギハヤヒが大声で叫びながら、トミビコの胸の辺りに背中から深々と刀を突き刺す。
そのためトミビコの身体はニギハヤヒの刀によって宮殿の床に固定されたような状態になる。
「…フッフッフッフッ…」
しばらくしてニギハヤヒは刀から手を離し、その場で立ち上がる。
そして相変わらず動く気配のないトミビコを見下ろしながら、突然笑い始める。
「…ハーッハッハッハッ!」
ニギハヤヒは天井を見上げる。
と同時に、その笑い声も大きなものに変わる。
「オイッ、死んでるなッ!もう死んでるよなッ!」
ニギハヤヒはそう叫びながら、トミビコの“生存確認”をするかのように何度かトミビコの身体を足で蹴ったり、踏みつけたりする。
「ヨシッ、間違いないッ!確かにコイツは死んでいるッ!」
蹴ろうが踏もうがいっこうにトミビコが動く気配がないことに満足したのか、そう叫ぶとニギハヤヒはようやくトミビコの遺体のそばから離れる。
「やったあッ!俺はやったんだあッ!」
ニギハヤヒは再び天井を見上げながら叫ぶ。
その顔は真っ赤に紅潮し、全身からは大量の汗が噴き出してその衣服を濡らしている。
「これで生き残れるッ!俺は生き残れるんだッ!」
ニギハヤヒは再度トミビコの遺体を見下ろしながら言う。
その遺体は無残に多くの刀傷が刻まれ、ニギハヤヒの刀が深く突き刺さった箇所などから噴き出した液体が白い衣服を赤く染めている。
そのときである。
突然、ドン、ドン、という何者かが宮殿の入り口の扉を叩く音が部屋中に響き渡る。
思わずニギハヤヒ以下、その場にいた者たちはビクッ、となってすぐに扉を凝視する。
続いて―
(おーい!誰かいないのかあー!)
男が叫ぶ声が聞こえる。
「なんてこったあッ!」
ニギハヤヒは頭を抱えながら叫ぶ。
そして瞬時に扉のすぐ外にいるらしい人物について想像してみる。
どうやらその人物は男で扉のあたりから叫んでいるらしい。
扉を叩いた者と同一人物の可能性もある。
おそらく声の感じから言って鬼の可能性は低い。
鬼の声はもっと野太く低いからだ。
声の主は人間の男とみて間違いないだろう。
状況的に一番可能性が高いのは敵軍の者である場合だ。
ニギハヤヒにとって一番いい場合でもある。
それなら何もかもトミビコが悪いことにしていくらでも“言い訳”ができるからだ。
だがトミビコに近しい者という可能性も捨てきれない。
その場合はニギハヤヒにとっては明らかによくない。
ヤマトの集落の者がトミビコを殺害した自分のことを快く思うはずがないからだ。
あとニギハヤヒに化けたヒルコという可能性もある。
この場合もニギハヤヒにとってよくはないだろう。
ヒルコが自分のいない間にニギハヤヒが勝手にトミビコを殺したことを喜ぶとは思えない。
結局のところ―。
(―全ての可能性がありえるわけだッ!)
もはや完全に運任せ。
ニギハヤヒとしては声の主が敵軍の関係者であることを祈るしかない。
もしいくらか時間があればこの部屋の中に入る全員で扉を塞ぐことくらいはできたかもしれない。
だがもはやそんな時間など望むべくもない。
何しろニギハヤヒたちには対応策を考えるわずかな暇すらないのだ。
ニギハヤヒたちはぼう然と扉のほうを見つめる。
やがて何者かによって扉が開かれ、室内に外の明かりがパッ、と差し込むのだった。
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