三十四、決戦のヤマト⑥―激高の後鬼!それをきっかけに全ては動き出す!!

 ミナカタは馬上でこれまでのことを思い出していた。

 始まりはニギハヤヒの高天原の神宝を盗み出したうえでのヤマトへの逃亡であった。

 次にはヤマトに入ろうとしたときの最初の戦いでの敗北。

 そして森でのイタケルとの出会いとヤタガラスの導き。

 さらには土蜘蛛との戦いとヒルコとの思わぬ遭遇。

 そうして今はここにいる。


 中でも強烈に印象に残っているのはなんと言ってもヒルコに尽きる。

 ヒルコの言葉には今までの自分が信じてきたものを強烈に揺さぶられる得体の知れない力があった。

 あの言葉を聞いて以来、それまでもっとも信頼していたスサノオのことでさえ疑わしく思えるようになってしまったほどだ。

 もっとも代わりにヒルコのことを信じようという気にもならなかった。

 ヒルコに直接会って信頼するに値しない者であることがはっきりした。

 ヒルコの頭にあるのは他の者を自分のために利用することだけだ。

 そのために多くの者を鬼に変えたりしているのだろうし、ニギハヤヒも騙されているのだろう。

 もちろん今こんなことを冷静に考えていられるのは、自分が混乱していたときにウズメがその思いを受け入れてくれたおかげである。


 そしてヒルコに会ってからこの戦いに突入するまでに、ミナカタは自分がこれから何をなすべきかを自分なりに考えていた。

 そして一応の結論らしきものを出した。

 ひとまず自分のことは脇に置いておいて今はニギハヤヒを救うことに全てを賭けよう、と。

 自分のことは今後時間を置いてもなんとかなる可能性があるが、ニギハヤヒのことは今すぐ解決しなければならない緊急の問題である。

 ことにミナカタとニギハヤヒは高天原で唯一の親友だったと言っていい間柄である。

 それにミナカタにとってはニギハヤヒのいっしょに地上に降りないか、という誘いを断った負い目もあった。

 とにかく今はニギハヤヒを救出すると割り切ってそのことに専念することにしたのだ。


 ミナカタはこの戦いに突入する直前にスサノオにその決心を伝え、協力してくれるように頼んだ。

 するとスサノオは快諾してくれ、さらにこうしてミナカタに同行してくれることにもなった。

 ミナカタにとってスサノオが同行してくれることは非常に心強かった。

 ヒルコとの遭遇以後、一時ほど信頼していないとはいえ、スサノオは知恵において自分をはるかに上回っているのは間違いない。

 自分が屈しそうになったヒルコにもスサノオならひょっとしたら対抗できるかもしれないという淡い期待もあった。

 いずれにせよ自分ひとりでヒルコに立ち向かうよりはずっといいことは確かだ。


 もっともスサノオはただ単に親切心だけからミナカタに同行するわけではないようだった。

 どうもスサノオはヒルコのことを自らの手で解決したいと強く望んでいるようだった。

 それはスサノオがミナカタを含む皆の前ではっきりと明言したわけではない。

 だがこれまでの様子の端々からそうに違いないとミナカタは思っていた。

 何しろこれまでずっとかたわらにいたイワレビコの元を離れてまでヤマトの集落へと向かおうというわけだ。

 並々ならぬ決心をスサノオが持っていることは容易に想像できた。


 さらにウズメとスクナビコナも今回ミナカタたちに同行することになった。

 そのことが決まってももはやサルタヒコもオオクニヌシも反対したりはしなかった。

 おそらく反対したところでこの二人なら無理やりにでも戦いに参加するだろう、と両者共に考えたのだろう。

 だったらスサノオがすぐそばにいてくれたほうが安心できる。

 こんなことを二人とも考えたのだろう。



 またミナカタがスサノオと共にイワレビコたちの元から出立した当初はミカヅチ、タヂカラオ、サルタヒコもいっしょにいた。

 もっとも彼らの目的は残党狩りであるため、鬼を見つけ次第ミナカタたちの元を離れて鬼の掃討にかかった。

 ゆえに今彼らはミナカタたちのそばには誰もいなかった。

 ただ彼らにはスサノオから周辺の鬼を皆退治したと判断した場合には集落に向かうよう指示されていた。

 おそらく全員最終的にはミナカタたちとヤマトの集落で落ち合う形になるはずである。


 ミナカタたちはただひたすらヤマトの集落へとまっすぐに馬を走らせる。

 そこには何が待ち受けているのかははっきりとはわからない。

 だがヤマトの集落がこの一連の戦いの最終決着の場になるであろうことは行動を共にする全員が確信していることであった。



「クソがあーッ!」


 後鬼は宮殿の入り口付近で使いの鬼から報告を受けたとき、激しくほえた。

 今、後鬼はニギハヤヒの監視のために宮殿に詰めていた。

 これは後鬼にしてみればずいぶんと退屈な仕事であった。

 おかげで先ほどまで宮殿の入り口の少し前の階段に腰を下ろしたまま、ウトウトと居眠りしていたほどだ。

 後鬼はこの戦いでのニギハヤヒ軍の勝利を確信していた。

 おそらく最初の戦い同様、前鬼あたりがイワレビコ軍を一蹴して圧勝するであろうと高をくくっていた。

 居眠りしていたのもその慢心ゆえだった。

 ところが使いの鬼がもたらした報告は後鬼の予想とは真逆のものだった。

 なんと前鬼がイワレビコ軍の前に敗れ去り、こちらに向かって敗走しているというのだ。


「あのバカが負けやがっただとッ!」


 後鬼は再び大声でほえる。

 そしてその場で“決断”する。


「今すぐここにいるやつらを全員オレサマの前に集めやがれッ!そろい次第出撃だッ!」


 後鬼は使いの鬼にゲキを飛ばすのだった。



「ちょっと、あれ見てよッ!」


 スクナビコナはそう叫びながら前方を指差す。

 その声を聞いた他の者たちもすぐに馬を止めて前方に目を凝らす。

 その先には土煙を上げながらこちらの方に向かってきていると思われる集団の姿が。


「まあ敵が集団で向かってきているのだろうな。それ以外の可能性は考えにくい」


 スサノオが苦虫を噛み潰したような顔をしながら答える。


「な、なんで敵がこっちに向かってくるんだろう?」


 ミナカタは少し焦った様子でスサノオに尋ねる。


「…フム、もし敵がヤマトの集落から出てきたのだとしたら、あまりうまいやり方ではないな。この状況ではどう考えても集落にとどまっておいたほうがいいと思うのだが…、正直やつらが何を考えているのかがわからん」


 スサノオは首をひねりながらミナカタの質問に答える。

 どうやらスサノオにもなぜ敵が前に出てきたのかが本当にわからないらしい。


「…あいつら、まっすぐこっちに近づいてくるよッ!」


 スクナビコナが再び敵のほうを指差しながら叫ぶ。


「どどどど、どうしよう!」


 ミナカタはかなりあわてた様子でスサノオに聞く。


「ひとまず落ち着け」


 スサノオはミナカタを諭すように答える。


「いったんイワレビコ殿のいるあたりまで引くぞ。それが一番確実だ。さすがに我らだけでやつらに立ち向かうのは分が悪すぎる」

「うん」

「それと引きながら他の連中ともなるべく合流することも目指すぞ」

「わかった」


 こうしてミナカタたちは全員いっしょに後退を始めるのだった。



「実にあっけなく勝ってしまいましたな」

「そうですね」


 スサノオとイワレビコは馬を並べながらしみじみと話す。


 スサノオが他の者たちと共にイワレビコの下へと後退しようとし始めて、しばらくするとサルタヒコが馬を操り合流してきた。

 サルタヒコの元にはミカヅチとタヂカラオもいっしょにいた。

 サルタヒコによれば、まず敵がイワレビコたちのほうへ向かっているのを察知した。

 そこですぐにミカヅチとタヂカラオと合流してスサノオの下へとやってきたのだという。

 極めて視力の高いサルタヒコだからこそできる芸当と言えた。

 さらにサルタヒコは敵の接近を知らせるべくイワレビコの下へも馬を走らせた。

 そしてイワレビコもスサノオたちと合流するべく前線に出てきた。

 こうなってしまうとあとは簡単だった。

 全ての者たちが合流したイワレビコ軍はまずヤタガラスの光で鬼たちを弱らせた。

 その上でミカヅチたちの“武力”で敵を散々に打ち破った。

 後鬼は自軍の不利を悟ると早々に戦場を離脱してしまった。

 どうやら後鬼は前鬼に比べるとかなり臆病な性格らしい。

 こうしてイワレビコたちは拍子抜けするほどあっさりと後鬼たちに勝ってしまった。


「しかしまだやらねばならないことが残っております」


 スサノオはイワレビコのほうを見ながら言う。


「やはり行かれますか」


 スサノオはイワレビコの言葉に無言でうなずく。


「敵軍を打ち破れたのはいいことですがそれなりに時間もかかってしまった。すぐにニギハヤヒの元へと向かわねば」


 スサノオは改めて“決心”をイワレビコに伝える。


「お気をつけて」


 スサノオはイワレビコの言葉を背に受けながら、他の者たちと共に再びヤマトの集落へと向かうのだった。

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