十一、最初の戦い②―謎の人物登場!そしてこの戦いの結末は!?―

「…ハァ、…ハァ、…チイッ、…ちょこまかと動き回りやがって…」


 後鬼はサルタヒコの方をうらめしそうに見ながら吐き捨てる。

 その息はかなり弾んでいる。


 そんな後鬼の様子をサルタヒコは涼しい顔で見ている。


 後鬼はサルタヒコと対峙たいじしてからというものずっと戦い続けている。


 後鬼は金棒を振り回して何とかサルタヒコに当てようとする。

 しかしその全ての攻撃はサルタヒコによってヒラリヒラリとかわされてしまう。

 そのため後鬼はいたずらに体力ばかりを消耗しょうもうしてしまっている。

 もっともサルタヒコも後鬼に持っている矛を突き立てることは一度もできていない。


 両者はこう着状態のまましばらく戦いを続ける。

 そうこうしている間にサルタヒコと後鬼はタヂカラオと前鬼のすぐ近くまでやってくる。

 そのときである。


「ハッハッハッハッ!テメエはただの腰抜けだな、オイッ!」


 そう叫びながら前鬼がタヂカラオに対して振り下ろされた斧が完璧にその身体を捕らえる。


「危ないッ!」


 その様子がたまたま視界に入ったサルタヒコは一瞬タヂカラオのほうに気を取られる。


「よそ見してんじゃねえッ!」


 後鬼はそのスキを逃さず、金棒をサルタヒコ目がけて振り下ろそうとする。


「クッ!」


 サルタヒコは慌てて再び後鬼のほうを見る。

 だがすでに後鬼は金棒を天上に高々と振りかぶって、サルタヒコの頭上に狙いを定めている。


「死にやがれッ!」


 そう叫びながら後鬼が金棒を振り下ろそうとしたそのとき―


「スキありッ!」


 そう叫びながら躍り出てくる白い影が後鬼の視界に入る。


「アアッ!」


 その白い影はサルタヒコと後鬼のちょうど中間あたりに位置し、素早く後鬼のふところに潜り込もうとするような動きを見せる。

 その両手には刀がしっかりと握られている。


「チッ、ウゼエよッ!」


 その様子を見た後鬼は舌打ちしながら、金棒の狙いをサルタヒコから白い影へと変えようとするが―


(…間に合わねえのかよッ!)


 思いのほか素早い白い影の動きを見て取った後鬼はやむなく金棒を下ろして後退し、サルタヒコたちから距離をとる。


「テメエッ、何者だッ!」


 後鬼はサルタヒコたちから十分に離れた位置からサルタヒコの少し前に立っている“白い影”に叫ぶ。

 その声色にはかなりのいら立ちが込められている。

 そうして後鬼は恨めしげに謎の白い影のほうをにらみつけるのだった。



 一方のタヂカラオのほうは―前鬼の言葉を聞いた瞬間、グッ、と歯を食いしばる。

 そして次に取った行動にその場にいた誰もが意表を突かれる。


「ウオオオオオオオーッ!」


 タヂカラオは右手に持っていた槍を投げ捨てる。

 そしてうなり声を上げながら振り回されている斧に向かって自ら進み出て行く。


「スゲエッ!」


 ミナカタは目の前の光景を見て思わず叫ぶ。

 他の者たちもそのタヂカラオの姿に目を見張る。


 なんとタヂカラオは斧の柄の部分を、刃が当たる前に両手でがっしりと受け止めているのである!


「…なッ!」


 その姿を見て前鬼でさえも思わず驚きの声をらしてしまう。


 しかし―


「…グググググッ…」


 タヂカラオは斧を受け止めたまま完全に動きが止まってしまう。


「…ヘッ、ビビらせやがって…」


 その様子を見た前鬼はニヤリと笑う。


「…こうなりゃあ、テメエの体ごとふっ飛ばしてやるぜ!」


 そう言うと、前鬼は斧を両手で持ち直す。


 そのときである。


 前鬼の目の前にピュッという空気を切り裂く音共に矢が現れる。


「チイッ!」


 その矢を前鬼は目障りなハエを払いのけるように左手で素早くはじく。


「ウオオオオオオーッ!」


 そのわずかに生じた前鬼のすきを見逃さず、タヂカラオは抱えている斧にあらん限りの力を込めて強引に振り回す。


「うおっ!」


 その力は前鬼の巨体を浮き上がらせ、ついには横倒しにする。


「ウオアアアアアーッ!」


 そして横向けのまま、しばらくの間地面の上を文字通り“横滑り”する。


「…アア、…クソがっ…」


 ようやく“横滑り”が止まったあと、前鬼は腹立たしげに少しよろめきながら立ち上がる。


「…テメエッ、なめたマネしやがって!」


 立ち上がったあと、前鬼は矢を放った男、ミナカタをにらみつけながら食ってかかる。


「…ヘッ、周りをちゃんと見ないお前が悪いんだよ、バカがッ!」


 ミナカタは前鬼に一瞬ひるんだが、すぐに前鬼をにらみ返しながら言い返す。


「何だと、コラッ!」


 激高した前鬼はミナカタに詰め寄ろうとする。

 しかしタヂカラオが素早く前鬼の前に立ち塞ふさがるのだった。



「テメエッ、名を名乗りやがれ!」


 後鬼は相変わらずいらだった様子で“白い影”をにらみつけながら怒鳴る。


「…猿女君サルメノキミだ!」


 “白い影”は初めて口を開く。

 それは短い言葉に過ぎなかったが、はっきりとした力強い声色である。


「…サルメノキミだあ?そんなヤツは知らねえなあ?」


 後鬼はいぶかしげな表情を浮かべながら言う。

 実際そのサルメノキミを名乗る人物はかなり変わった風貌ふうぼうをしている。

 上下に身につけているのは白い衣褌きぬばかまだが、特に変わっているのはその顔立ちである。


「…サルタヒコ殿によく似ている…?」


 遠巻きに見ていた兵士の一人がつぶやく。

 異様に高い鼻に赤ら顔―確かにサルメノキミの顔はサルタヒコに顔の特徴が酷似している。


「…いやちょっと待て…」


 別の兵士がサルメノキミのほうを指差しながら言う。


「…あれは顔じゃなくて面をつけてるんじゃないか…?」


 兵士の指摘を聞いた他の者たちは目を凝らしてサルメノキミの頭の辺りを見てみる。

 すると頭の後ろに紐とその結び目がはっきりと確認できる。


(…やっぱりお面をかぶっていたのか…)


 それを見てその場にいた者たち一同、一応納得はする。

 だがそれにしても―


(…一体この者は何者なのか?)


 周囲の者たちは皆一様に首をひねる。

 後鬼と戦っている以上少なくとも敵ではないと思われるが、正体がわからないことと奇妙ないでたちのおかげで不気味な印象はぬぐえない。


「…ヘッ、テメエが何者かなんぞどうでもいいッ!」


 後鬼はサルメノキミを威圧するように大声で言う。

 対するサルメノキミは直立不動のまま沈黙している。

 その背筋がピンと伸びた立ち姿はこの状況には不相応に美しく、優雅ですらある。


「…死にやがれッ!」


 後鬼はそう叫ぶや否や、サルメノキミに向かって突進してくる。

 その右手にはしっかりと金棒が握られている。


「オラーッ!」


 後鬼は怒声を上げながら、サルメノキミの頭上に金棒を振り下ろそうとする。

 そのときである。


「貴様の相手はこのサルタヒコだッ!」


 そう叫びながらサルタヒコが猛然と前に出る。

 そして素早くサルメノキミをかばうようにその前まで来て、後鬼に対して矛を突き立てようとする。


「チイッ!」


 後鬼は舌打ちしながら、やむなく金棒を振り下ろすのを中止してサルタヒコの突きを横に避ける。


「なッ!」


 その直後に視界に入ったモノに後鬼は思わず我が目を疑う。

 視線の先には後鬼の懐に潜り込み、刀による一撃を狙おうとしているサルメノキミの姿が。

 その追撃はあまりに素早く容赦がない。


「ざけるなッ!」


 後鬼はいらだちの声を上げながら、サルメノキミの刀を金棒で受け止める。


「アアッ!」


 直後に後鬼はさらに驚愕の声を上げる。

 サルタヒコがさらなる追い打ちをかけるべく、後鬼に対して矛を突いてくる。

 これも後鬼はなんとか身体をそらしてかわす。


 その後もサルタヒコとサルメノキミは次々と後鬼に対して攻撃を繰り出す。

 背が高いうえに長い矛を持っているサルタヒコはその長さを存分に生かした攻撃を。

 背丈こそサルタヒコの頭三つ分ほど低いが、ネコのような敏捷びんしょう性を持つサルメノキミは後鬼の懐に潜り込んでの刀による攻撃を。

 両者の呼吸はこのとき初めて出会ったとは思えないほどぴったり合っている。

 まるで何年も連れ添った者同士のように、お互いのことを深く理解しあっているとしか思えない見事な連携を見せる。


(何なんだ、コイツらはッ!)


 二人の攻撃に防戦一方の後鬼は混乱する。


 サルタヒコ一人でもうっとうしいと感じていたところにサルメノキミの助太刀が加わった。

 巨体を誇る後鬼にとって自分の真下の懐の辺りは死角になりやすい。

 サルメノキミは常にそこを狙って攻撃を仕掛けてくる。

 そのため後鬼がサルタヒコの方ばかりに気を取られていると、どうしてもサルメノキミへの警戒が甘くなる。

 ゆえに両者の攻撃を同時に受け止め続けるのは極めて難しい。

 ましてや反撃することなど至難の業である。


「うぜえッ、マジでうぜえよッ!」


 後鬼はいら立ちのあまり発狂しそうになる。


 一方この戦いを、固唾かたずを飲んで見守っている周囲の者たちはいつの間にかすっかり見とれてしまう。

 サルタヒコとサルメノキミが見事な連携で後鬼を追いつめる様子は不思議な美しさがある。

 その様は周りで見ている者たちを引きつけずにはいられないものである。


 サルタヒコはあえて自らの身を守る防具を身につけておらず、白い衣褌姿でこの戦いに参加している。

 それは自分の身体の動きを邪魔するものは身につけたくないという彼独特のこだわりゆえである。

 加えてそんな物に頼らなくても己の身は守れるという自らの力量への誇りもある。

 一方サルメノキミのほうもサルタヒコ同様のいでたちである。


 二人の戦闘中の様―両者共に白い衣褌姿に異様に長い鼻と赤ら顔という顔立ちを持つ―は“戦い”というよりは“舞”という表現の方がふさわしい。

 二人はこの殺伐とした戦場で優雅にかつ華麗に、しなやかに舞う。

 それはまさに天上から降りてきた二柱の神の舞。

 そして横幅と高低を存分に生かした動きと攻撃で後鬼を追いつめていく。

 周囲の者たちは一時ここが戦場であることを忘れ、両者の“舞”に酔いしれるのだった。



「そろそろ我らも見物ばかりしているわけには行くまい!」


 そう言うと、スサノオは刀を抜く。

 傍らにいるオオクニヌシもスサノオの意図をくんですぐに刀を抜く。

 そして両者とも前に進み出て、タヂカラオも含めた三人で前鬼を取り囲むようにして対峙する。

 三人の後ろではミナカタもすでに弓を構えて、前鬼の方に矢を向けている。


「…チイッ!」


 さすがに四対一では分が悪いと感じているのか、今度は前鬼もすぐには攻めかかってこない。

 斧を構えながらもその場にとどまっているのみである。


「…オイッ、前鬼よ!」


 そのとき後鬼が前鬼に声をかける。

 どうやらサルタヒコとサルメノキミと戦っているうちに再び前鬼の近くに来てしまったようである。


「アアッ、何だ!」

「そろそろずらからねえか!」

「ふざけるなッ!まだこいつらをってねえんだよッ!」


 前鬼はミナカタたちを憎々しげににらみながら怒鳴る。


「もう十分にこいつらを痛めつけた!どうせこいつらはもうヤマトには攻めてこれねえよ!」


 この後鬼の言葉に前鬼は何も答えない。


 そして少しの間周囲を見回す。

 辺りにはところどころに倒れたまま動かない人間の兵士の姿が見える。

 ざっと見ただけでも数十は軽くありそうな数である。


 その様子を見終えると前鬼はチッ、と舌打ちする。


「…フン、テメエら命拾いしたな…。だが次もしこの前鬼の前に現れたら、テメエら全員まとめてぶっ殺す!」


 スサノオたちをにらみつけながら捨て台詞ぜりふを残すと、前鬼はスサノオたちにクルリと背を向けて東の方へと走り去っていく。

 そのすぐあとには後鬼も続く。

 そしてそれまで前鬼や後鬼に続いて暴れまわっていた、他の鬼や人間たちもそれに従い去っていってしまう。


 その場にはスサノオたちを残して、あっという間に誰もいなくなる。


「…生きた心地がしねえ…」


 前鬼たちが皆去ったことを確認すると、ミナカタはその場にへたり込み、思わず漏らすのだった。

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