九、地上へ⑥―ヒルコの“前進勝利”演説!それは戦いの序曲!!―
“ニギハヤヒ”は広場に着くと、広場の西側にある見張り台へとまっすぐに向かう。
そのすぐ後ろには後鬼も従う。
そして見張り台にあるはしごのすぐ下まで近づく。
ああ、これからはしごを登るんだな。
その場にいた人間たちの誰もがそう思った瞬間。
その場にいた者たち誰もが息をのむ。
なんとニギハヤヒの体はフワリと浮き上がり、そのまま空中を浮かんで見張り台の上へとたどり着いてしまうのである。
そしてさらには。
「ウオオオオオオオオーッ!」
その場にいた鬼たちが一斉に発した
そのあまりの声の大きさに、その場にいた全ての人間が驚きながら周囲を見回す。
広場は完全に
そんな広場の状況をニギハヤヒは高台の上から、直立不動のままじっと見つめている。
そして騒然とした広場の様子が少し落ち着いたのを見計らった
「今からここにいる全ての者たちに言わねばならないことがあるッ!」
ついに第一声を発する。
と同時にその場にいる全ての者たちの注目がニギハヤヒに注がれる。
「このヤマトに侵略者共が迫りつつあるッ!」
ニギハヤヒの言葉を聞くと、再び広場は騒然となる。
「だが大丈夫だッ!」
ニギハヤヒは場を落ち着かせようと大声を張り上げる。
「ここにいる全ての者たちはこのニギハヤヒがヤマトにやって来てからしたことの一部始終を見てきたはずだッ!そして何より私はこれを持っているッ!」
そう言うと、ニギハヤヒは下にいる、高天原からいっしょに来た者たちの方を見る。
それを合図に彼らが見張り台のすぐ下までサッと駆けていき、それぞれの両手にしっかりと持たれた十種神宝を頭上に
全ては事前の打ち合わせ通りである。
そこで再び鬼たちによるウオオオオーッ、という大きな声が響き渡る。
今度は先ほどよりも周りを見回す人間は少ない。
「これで私が高天原から来た者であることを疑う余地はないはずだッ!」
もはやその場にいる全ての者が身じろぎ一つすることなくニギハヤヒの方を
「そして実はこのヤマトに向かっている侵略者とは、自らをアマテラスの子孫と名乗る〝
そうニギハヤヒが言うと、何だと、ふざけるな、といった
「そんな者たちの侵略を許していいのかッ?」
このニギハヤヒの言葉にも、ダメだ、許さん、などといった声が上がる。
上がる声は先ほどよりも数が増え、さらには声そのものも大きくなっていく。
「そして侵略者の手からヤマトを守るために私は“彼ら”を連れてきたッ!」
そう言いながらニギハヤヒはまず後鬼の方に、そのあとは鬼たちのほうに目を向ける。
ニギハヤヒの視線が向けられると、後鬼以下鬼たちは右手のこぶしを突き上げながら叫び声を上げる。
「この者たちは見た目こそ恐ろしいと思うかもしれないが、このヤマトを守るために集った真の戦士たちであるッ!」
再び人間たちは辺りを見回して鬼たちを見る。
しかしその表情からは以前の怪しむような雰囲気は消え失せている。
「今こそここにつどう全ての者たちの力を一つに合わせ侵略者どもに叩きつけるのだッ!」
このニギハヤヒの言葉にも大歓声が上がる。
今度は鬼、人間の区別なく声を上げている。
「これはヤマトを守るための正義の戦いであるッ!」
ここでもこの場にいる者たちから、そうだ、いいぞ、といった声が上がる。
もはやここでも鬼、人間に関係なく声を上げている。
「自分たちの身は自分たちで守らなければならないのだッ!」
再び大きな歓声が上がる。
もはや場は興奮のるつぼと化している。
「よし、今すぐにでも戦いの準備をッ!…と言いたいところだが…」
ニギハヤヒはやや落ち着いた口調で言う。
「…その前にお前たちにぜひとも覚えてもらいたい言葉が一つある」
聴衆は相変わらずニギハヤヒの方を凝視している。
「…と言ってもそんなに難しい言葉ではない。その言葉とは―」
その場にいる者たちは次にニギハヤヒが何を言うのかを
「“前進勝利”だッ!」
その言葉が発せられたとき、その場の鬼たちからこの日もっとも大きな歓声が上がる。
それはもはや怒号と言ってもいいウオオオオー、という声である。
「“前進勝利”、ただひたすらに“前進勝利”を叫び続けるのだッ!そのことだけが侵略者どもに勝つために唯一絶対的に重要なことなのだッ!“前進勝利”に全てを賭けよッ!」
このニギハヤヒの言葉を聴衆はさらに熱狂的に歓迎する。
「…では行くぞ…」
そうやや小さな声で言うと、ヒルコはうつむくように顔を下に向け、右手に小さく握りこぶしを作る。
「ぜーんしん!」
そう大声で叫ぶと同時に、ニギハヤヒは右手の握りこぶしを真上へ突き上げる。
「しょーうりッ!」
ニギハヤヒの声に答えるように鬼たちも右手を天に突き上げつつ、大声で叫ぶ。
「ぜーんしん!」
「しょーうりッ!」
「ぜーんしん!」
「しょーうりッ!」
ニギハヤヒとその場にいる者たちはこの言葉をお互いに叫び合う。
途中で後鬼が合間に、もっと声を張り上げろ、のどがつぶれるまで叫べ、などと聴衆をあおる言葉を挟む。
もはやその場にいる者で熱狂しないものはいない。
ただひたすらに、繰り返し繰り返し〝前進勝利〟を大声で叫び続ける。
そんなときが永遠に続くのではないかと思われたとき―。
「さあ、これから戦いの準備だーッ!」
最後にニギハヤヒが絶叫しながら右こぶしを突き上げる。
その叫びに答えるように、その場にいる全ての者たちがこぶしを突き上げながら、声を合わせてオオーッ、と叫ぶのだった。
「いやあ、本当にすばらしい話でした!」
ニギハヤヒが見張り台から下へと降りてくると、すぐにトミビコがその近くに駆け寄ってきて、声をかける。
そしてニギハヤヒの両手をがっしりと握り締め、その顔をまじまじと見つめる。
その感激に満ちた
「このニギハヤヒの気持ちが伝わったのならありがたい。だが…」
ニギハヤヒはその表情から真剣さを一切崩すことなく、トミビコの目を見つめ返す。
「我々は侵略者どもを迎え撃たねばならない。一刻も早く出陣の準備を!」
「ハハッ!」
こうしてヤマトの雰囲気は
「…とりあえず着きましたが…」
「…今のところ特に異変はないな…」
イツセとスサノオは舟から地上に降りると、周囲の様子を確認しながら語り合う。
上陸した場所の辺りは平野になっており、その東には森が広がっている。
とりあえず上陸地点から見える範囲では人っ子一人見当たらず、鳥のさえずりや波の音以外には特に何も聞こえない。
シオツチからヤマトについて不穏なうわさを聞いていただけにこの状況はいささか拍子抜けである。
「…では予定通りに…」
「…ええ…」
一行はまずは兵士たちを先頭にして東に向けて歩き始める。
兵士たちは全員
いかに現在は静けさに満ちているとはいえ、今後戦いが起こらない保証はないと考えてのことである。
イツセたちも集団の最後尾から進軍を開始する。
そしてちょうどイツセら最後方にいる者たちが森の入り口に差しかかったあたりで“それ”は起こったのである。
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