七柱記―それは神々と鬼たちとの戦い。書物では決して語られることのなかった日本の神話の裏面史である―【カクヨムコン8版】
九、ウミサチとの戦い④―終局へと向かっていく戦い!だがそのときヤマサチの胸に去来するものは…?―
九、ウミサチとの戦い④―終局へと向かっていく戦い!だがそのときヤマサチの胸に去来するものは…?―
「ふう、これでひとまずほとんどの者は避難できたはず」
「…ふむ、そうか…」
ヤマサチの言葉を聞いて、スサノオは周囲を見回してみる。
辺りには若い男を除く、老若男女あらゆる年齢層の者たちが避難してきている。
若い男たちだけがいないのは、彼らは怪物たちに襲われた場所の者たちを助けに向かったからである。
ここはヤマサチたちの集落の西にある小高い丘の上である。
ここにわざわざ集落の者たちを避難させたのは、スサノオたちにある“考え”があってのことである。
「…では、スクナよ。そろそろお前の出番だ」
「え、僕の出番!」
スサノオの服の帯に挟まっているスクナビコナがスサノオの顔を見上げる。
「そうだ、そのために“あやつ”がここにいる」
そう言って、スサノオが指差した先には木の枝の上に止まっている雉がいる。
雉は一度高天原に戻っていたが、再びヤマサチのそばに戻っていたのである。
「お前は雉の背に乗り、まだ下に残っている者たちにここまで避難するように伝えるのだ」
「うん、わかった!」
そう言うと、スサノオは右の手の平をスクナビコナのすぐそばに差し出し、スクナビコナはその上に乗る。
そして雉にも自分の元に来るよううながすように、左腕を差し出す。
そうして左腕の乗っている雉の背に、右手のスクナビコナを乗せる。
スクナビコナは雉の背に乗ると、その首に両腕を回してつかまる。
「いいか、まずはサルタヒコを探すのだぞ。あの男は目と耳が抜群にいい。真っ先にお前たちの存在に気づくはずだ」
「うん、わかったよ!」
スクナビコナはスサノオの言葉を聞くと、雉の背にまたがって空へと飛び立って行った。
そんなスクナビコナを見届けながら、スサノオはヤマサチに話しかける。
「それにしてもヤマサチ殿。このたび最初に襲撃されたのは確か集落の南の方とのことでしたが?」
「ええ、そうですが。それが何か?」
「集落の南側というと、確かウミサチ殿の集落と境を接している。…ということは…」
その言葉を聞いて、ヤマサチの表情は険しくなる。
「つまり兄上が化け物を使って我々を襲撃したと…」
「無論はっきりそこまで言い切れるわけではない。ただこの状況では少なくともあなたの兄が何らかの形でこの件に関わっていると考えるのはごく自然なことだ。あなたの兄にはそれをする動機もある」
「…確かに、…兄は私にいい感情は持っていないでしょうね…」
「ええ、それゆえあなたにはいざというときの“覚悟”を決めておいていただきたい」
「…覚悟ですか…」
このときスサノオの言う“覚悟”の意味は一つしか考えられなかった。
つまり最悪ウミサチの命を奪わねばならないということである。
しかしこのときヤマサチはスサノオに明確な返事ができなかった。
彼の心はいまだに迷いの中にあったのである。
「おーい!」
スクナビコナは集落の上を飛びながら、雉の背の上から呼びかけている。
空の上からはいくつかの人影が見えたからである。
最初のうちはその人影のいくつかには雉と共に近づいてみた。
ただ近づいた人影は例外なく、うつ伏せか仰向けの状態で倒れていた遺体であった。
おそらく化け物に襲われ、その場で致命傷を負わされてしまったのだろう。
もしこれらの遺体をオオクニヌシの元に運んだところで、残念ながら意味がないだろう。
オオクニヌシの人を癒す術はあくまで生きている者に対して効力を発揮するのであって、死者を蘇生させることはできない。
つまり
もっとも仮にまだ息がある者を発見できたとしても、スクナビコナには独力で人を一人運ぶだけの力はない。
ゆえにその場合はほかに誰かを呼ばなければならないのではあるが。
とは言え、それでもスクナビコナは必死に声を出して呼びかけてみる。
あくまで自分はサルタヒコたちへの伝令役であるため、彼らの元に急いでたどり着かねばならない。
そのためいちいち一人一人の倒れている者の元に近づいて、生死を確認するような時間的余裕はもうない。
それでもたとえ可能性は極めて低くても、ひょっとしたら自分の呼びかけに答える者が一人くらい現れるかもしれない。
そのわずかな可能性を切り捨てたくはないスクナビコナは懸命に声を出し続ける。
そんな時間がしばらくの間続く。
するとあるとき一人の男が空を見上げながら、スクナビコナたちに向かって近寄ってくる。
それは怪我をしていて助けを求めている男、では―残念ながら―ない。
しかしそれは特徴的な赤ら顔と長い鼻を持つ男、そしてスサノオが抜群に目と耳がいいと言った男、サルタヒコである。
サルタヒコは雉の方をじっと見ている。間違いなくスクナビコナたちのことに気づいている。
「よしっ、あっちだ、サルタヒコー!」
スクナビコナたちは急いでサルタヒコの元へ向かうのだった。
スクナビコナから“避難”の話を聞いたサルタヒコは周辺にいる全ての者たちにそのことを伝えた。
この時にはミカヅチたちによって、周囲の鬼たちはほぼ完全に退治されていた。
またけが人たちもオオクニヌシたちによってすでに全員歩ける程度以上には回復し、すでに高台に向かっている者も多かった。
そのためサルタヒコによって情報が伝えられると、ミカヅチたち、オオクニヌシたち、そして周辺に残っていた男たちもほどなくして高台に避難を始めたのだった。
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