第5話 四つ葉のクローバー

 ある日曜日。俺はけっこう家から離れた公園に行くことにした。途中で腹が減って食べる物がないと困るから、わざわざおにぎりまで作って持って行った。子どもに出会うことの、何がそこまで俺を突き動かすのかはわからなかった。


 でも、これだけは言える。小学生くらいの子どもを見ていると、自分が幼かった頃のことを思い出すんだ。この世に誰も味方がいなくて、茫洋とした海に置き去りにされたような、不安で仕方ない気持ちだった。オールのないボートに座る俺。まるで捨て犬のような子どもだったと思う。


 両親が揃っていてさえ、俺はそう感じていた。


 似たような子供を癒してやりたいのか?

 そうじゃない。

 ただ、彼らを見ていたい。

 あの頃を思い出して、その時期の自分の思考や感情に意味を与えたい。

 言葉にできなかったら、時と共に埋もれてしまうからだ。

 あの時、俺はどう感じていたのか。

 寂しかったのか、他人を求めていたのか。

 俺は自分が今感じているものが、快なのか不快なのかもわからない。

 俺の脳内はいつも混とんとしていて、何が好きで何が嫌いかも判断ができないんだ。


 じゃあ、男のこと遊ぶのでもいいだろうと思うだろう。

 男は寄って来やすいけど、俺はより女の子に興味があった。

 なぜだろうか。自分でもわからない。上手く説明がつかない。

 自分が男だから、男の子が考えることは大体想像がつくからだろうか。


 俺は家から1時間くらい走って、人気のない小さな公園に行きついた。

 今思うと狂気だが、俺は住宅地図をわざわざコンビニでコピーして、すべての公園に印をつけて、その地域にある児童公園全部に行くのを趣味としていた。こういう目的があると、子どもに出会えなくても楽しめる。どんな遊具があって、ベンチがいくつあってと比較するのも面白かった。広い所だと藤棚があったり、サクラの木が植えてあったりする。遊具も立派。何もない所だと、古びたブランコと雲梯、砂場くらいしかない・・・。


 児童公園に行くと、ベンチには大人の男が何人も座っている。

 子供を連れて来たお父さんという感じではない。

 何をしてるんだろうか?

 俺みたいに子供と出会いたいんだろうか?

 目的は?


 公園にある雑草を見て、自分が子どもの頃のことを思い出したりした。不思議なほど色々な雑草の名前を憶えていた。夢中で雑草を見ていると、何時間もあっと言う間に過ぎる。昆虫もいる。昔はバッタやテントウムシなどをたくさん取っていた。ミミズを掘りだしたりもした。童心に帰る。その時期が楽しかったわけじゃないのに・・・。

 

 俺が四葉のクローバーを探していると、興味を持ったらしい女の子が「なにしてるの?」と聞いて来た。ぱっと見で7、8歳くらいだった。俺は「四つ葉のクローバー探してるんだよ」と答える。女の子が「私も探す」と言う。


 季節外れのウールのスカートをはいてる。元は白っぽい色なんだろうけど、洋服は薄汚れていて、髪も油っぽかった。足は素足だった。靴下も履いていない。靴も汚れて履き古したスニーカーだった。しゃがむとスカートの中から、白い綿のパンツが見えた。ついつい見てしまう。股間の部分が黄色かった。親が洗濯してやらないんだろうと思った。うちに来てくれたら洗って風呂にも入れてやるのに・・・。だけど、家が遠いし、捕まるからそんなことはしない。


「家近いの?」

「うん」

「一人で来たの?」

「うん」

「いつも一人で来るの?」

 俺は心配になって尋ねた。

「うん。お母さんが寝てるから」

「どうして?病気?」

「夜から仕事だから昼は寝てる」

「あ、ホステスさん?」

「うん」

 最悪だ・・・。別に夜働かなくてもと思う。

「一人っ子?」

「お兄ちゃんがいる」

「お兄ちゃんは家?」

「遊びに行ってる」

 お兄ちゃんだから妹を連れてというのはやらないんだろう。

 結果として、妹を危険な目に遭わせてしまっている。


 俺は一緒にいる間だけは守ってやろうと思った。


「あ、あった!」

 女の子の嬉しそうな声が聞こえた。

「見せて、あ、すごい!」

 俺より先に見つけてしまった。

「なんかいいことあるよ。きっと」

「うん」

 

 それからも、俺たちはずっと四つ葉のクローバーを探し続けた。

 4時くらいになった。


「家帰らないといけないんじゃない?」

「うん。また来週も来れる?」

「うん。来るよ。同じ位の時間にいればいい?土日どっち?」

「両方!」

 かわいいなと思う。

「じゃあ、俺の連絡先教えるから・・・困ったことがあったら電話して」

「うん」

 俺は住宅地図の端っこを切って、携帯の電話番号を書いた。

 

「変な大人もいるから気をつけるんだよ。俺以外はみんな変態だと思って」

「うん。お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう」

 女の子は手に四つ葉のクローバーをいくつも持っていたが、すでに茎が萎れて垂れ下がってしまっていた。俺はそれを見て何とも言えない寂しい気持ちになった。

「家に電話ある?」

「うん」

「来れなくなったら教えてね」

「あ、それから・・・名前教えて」

「〇〇。じゃあね、バイバイ!」


 女の子は手を振って走り去った。

 名前はよく聞き取れなかった。

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