55. 初めての迷い

55. 初めての迷い




 私たちは『魔法の森』の未開のダンジョンに向かって歩いている。ここは私の索敵のスキルが特殊なマナで使えないので、より警戒を強める必要がある。


「ねぇねぇエステル姉さん」


「なにキルマリア?」


「ちょっと耳貸して。あたしずっと聞いてみたいことあったんだ」


「聞きたいこと?」


 わざわざ耳うちするくらい重要なことなのかしら?


「うん、あのね――」


 キルマリアは声をひそめて言う。


「エステル姉さん。マスターってさぁ、なんで結婚できないと思う?」


「はい?」


「だっておかしいじゃん! マスターももういい歳だよ!? それなのに独身とか絶対おかしいよ!」


「ちょっ……き、キルマリア……声が大きいわ」


「私が何かしらキルマリアちゃん、エステルちゃん?」


 目の前を見ると、そこには笑顔だが絶対怒っているであろうアリシアさんが立っていた。


「マスター!?いつの間に前に!?……えーとこれはですね……」


「キルマリアちゃん。私は今お仕事中だからプライベートなことならあとにしてもらえるかしら?それともここで死ぬ?」


「ごめんなさいぃ~!!」


 ……本当にキルマリアはトラブルメーカーだわ。しばらく歩くと私たちは『魔法の森』のダンジョン入り口に着いた。ここに来るまでに、何度か魔物と遭遇したが、特に問題なく撃退することができた。


「ここが未開のダンジョンですの?」


「ミルフィさん。あそこに王国の赤い旗が立っているから間違いないですよ」


 ルシルが指をさす方向には、確かに王国の旗が掲げられていた。


「ここから先は未知の領域になるわ。気を引き締めていくわよ。特にキルマリア」


「なんであたしだけ?」


「あんたが一番トラブル起こしそうだからよ」


「うぅ……。でも大丈夫!いざとなったらあたしに任せておいてよ!」


 そう言ってキルマリアは自分の胸をドンッと叩いた。本当に心配なんだけどさ。さすがに私もこれ以上小言を言うつもりはないけど。どうせ言っても聞かないだろうし。


「よし、じゃあみんな準備はいい?いくわよ」


 私たちパーティーは未開のダンジョンの中へと足を踏み入れた。ダンジョン内は外よりも気温が低く、薄暗い空間が広がっていた。


「なんか不気味な雰囲気の場所だね……」


「油断しない方がいいわよ。何が出てくるかわかんないし」


 私は周囲に注意しながら前に進む。すると前方の暗闇の中から気配を感じ、それと同時に人影のようなものが現れた。


「来ましたわよ!」


 その人影の正体は全身ボロボロの鎧を着たスケルトンだった。手には剣や盾を持っている。


「ん?……骸骨?スケルトンじゃん。余裕でしょ!」


「あっこら!隊列が乱れるでしょ!」


 そう言ってキルマリアは飛び出していく。そしてスケルトンの前まで行くと、右手に持った短剣で斬りかかった。しかしスケルトンはその攻撃を大楯で防ぎ、逆にキルマリアへ攻撃してきた。


「甘い!」


 キルマリアは素早く後ろに下がってそれを回避した。しかしスケルトンの攻撃はまだ終わっていなかった。


「あれ?……え?ちょっ……きゃあああっ!?」


「キルマリア!」


 突然地面が揺れ始め、キルマリアの足元が崩れ落ちる。私は咄嗟にキルマリアの腕を掴むがそのまま一緒に落ちていった。


「エステル!キルマリア!」


「ミルフィちゃん。危ないわ下がって」


「マスター!2人を助けないと!」


「落ち着いて。このダンジョンは思ったより危険らしいわ。あのエステルちゃんの索敵が遅れる、そしてトラップの存在に気付かない……とにかく2人は私から離れないで。まずは2人と合流することを考えましょう」



 ◇◇◇



「痛っ……キルマリア無事?」


「エステル姉さん。うんあたしは平気だよ。華麗に着地したから!」


「……あっそ」


 私たちは何とか下の階層に落ちることができたようだ。周りを見渡すとそこは巨大な空洞になっており、ところどころに明かりがあるおかげで視界は確保できていた。


「まさか落とし穴なんて古典的な罠があったとは、アサシンのあたしを欺くなんて、このダンジョンやりうる」


「キルマリア。あんたはもう少し慎重に行動しなさいよ。こんなところで死んだら元も子もないでしょうが」


「ほーい。エステル姉さんママみたいだね?」


「誰がママですか!……まったく。ほら行くわよ。アリシアさんたちと合流しないと……」


 そう言った瞬間。私の顔の横をキルマリアのナイフが横切り、後ろにいる魔物に突き刺さった。


「エステル姉さん後ろ!!」


 振り返るとそこには大きなサソリがいた。そのサソリは口から毒液を出しながらこちらへ向かってくるが、また私の忠告を無視してキルマリアは飛び出し、サソリの腹に短剣を突き刺しそのまま上に切り裂き倒す。


「ふぅ。これで安心かな?大丈夫エステル姉さん?」


「……」


「あれ~……もしかして私が勝手に動いたから怒った?……ぴえん」


 別に怒ってはいない。それよりも私が魔物の索敵やトラップの認知が出来ないせいで、パーティーのみんなに迷惑をかけてしまったことを反省している。こんなんじゃリーダー失格だ。


「……ごめんなさい」


「え?なんのこと?」


「いや、なんでもないわ。それより先に進みましょ。」


 私はこの『妖精の隠れ家』に来て初めて、迷いが生まれていた。

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