第11話 三人でいい思い出を

 本日のシフトも残すところ15分。

 流石に平日の22時前ともなると、徐々に客足も少なくなってきた。


「ありがとござしたー」


 いつもこの時間に来るのは、酒とつまみを買うおっさんか、俺が今見送ったような、べろんべろんに酔っぱらった若いサラリーマンくらいなもの。


「またお越しくださいませー」


「ほいほーい」


「……」


 定型文に返事をされると反応に困る俺である。


(陽気すぎだろ酔っぱらい……)


 あの覚束ない足取りからして、きっと明日の彼には、コンビニに寄った記憶はないのだろう。


 それでもなお酒を購入していったあなたの肝臓がボクは心配です。


「どーれ、棚出しすっかぁ」


 これにて店内に客はゼロ。

 中途半端で放置した棚出し作業が残っているので、残りの時間でやってしまうことにする。


 補導を恐れず22時まで働く俺。

 これこそが真のアルバイターである。





 数分後。

 店内に入店音が響いた。


「らっしゃいやせー」


 俺は棚出しをしながら定型文を呟く。


 さてはまた酔っ払いだろうか。

 だとしたらちょっとめんどくさい。

 なんて思いながらも、ひたすらに手を動かしていると。


「えっ?」


 すぐ横で疑問符付の声が鳴った。

 つられて顔を上げれば、そこには。


「古賀……?」


「なに、あんたここのコンビニでバイトしてたの?」


 訝しげな瞳で俺を見降ろしていたのは、最近やたらと絡む機会が多い、制服姿の黒髪ギャル――古賀こが美緒みおだった。


「今まで見かけなかったけど」


「いや、普通に居たと思うぞ」


「そう? じゃああたしがあんたを認識してなかっただけね」


 そんなに俺って存在感薄いかな。

 むしろキャラが立ってて濃ゆいと思うんだけど。


 とはいえ。

 俺もバイト中にこいつを認識したのは今日が初である。


「てかお前、なんでこんな時間に制服でうろついてんの」


「なんだっていいでしょ別に」


 そう言うと古賀は、壁掛けの時計をチラリと見やった。


「あんたこそ、ヤバいんじゃないの?」


「ヤバいって何が」


「時間よ時間。シフト10時までなわけ?」


「そうだけど」


「はぁ……呆れた。これだからキモオタは」


 キモオタは今関係なくないですか……?

 あと俺、キモいけどオタではないです、はい。


「補導されても知らないから」


「別にされないだろ、多分」


 それを最後に、俺たちの会話は途絶えた。


 やがて隣で弁当類と睨み合いを始めた古賀。

 時間も時間なので、残っているのは数種類しかないはずだが。


「んんー、こっち……いやでもこっちも……」


 なんて険しい顔で呟いているあたり、どうやらこいつは相当の優柔不断らしい。二種類のパスタの間で、視線が見事に反復横跳びしてやがる。


 てか二択で悩みすぎだろ。

 サクッと選べや、サクッと。


「ねぇ」


 すると古賀の動きがピタリと止まった。

 俺は棚出しする手を止めて、古賀を見やる。


「あたしさ、修学旅行マジ楽しみにしてんだよね」


 何を言われるのかと思えば。古賀は商品棚に視線を固定したまま、そんなわかり切ったことを呟いた。


「だからあんたがあたしらの班に入るってなった時は、マジで邪魔すんなって思った。ボコボコにして、当日来れなくしてやろうって」


 いやそれ普通にアウトだから……。

 修学旅行ガチ勢怖すぎるから……。


「安達と加瀬いるじゃん」


「あ、ああ。無駄に仲いいよなお前ら」


「当然」


 俺の言葉を古賀はノータイムで肯定する。


「でもさ、ここ最近はあんま遊びとか行けてなくてさ」


「ほーん」


「それでなんかちょっと距離あるってか、気遣われてるっぽいんだよね、あたし」


 続けて語られたのは、そんな内輪の事情だった。


「前まではほぼ毎日遊びに誘われてたんだけど、最近は週三くらいになったし」


「十分多いだろそれ……」


「まあそれでも、ほとんど断っちゃってるんだけどさ」


 お前がギャル仲間の遊び断るどうとか、知ったこっちゃないんだが。部外者の俺にこんな話持ち掛けて、一体どういうつもりだよ。


「だからさ、あたし決めたんだ」


「何を」


「今度の修学旅行ではパーッと遊ぶって」


 半分聞き流すつもりで折り返したが。

 視界の中の古賀は、あくまで真剣だった。


「あの二人との時間、好きだからさ」


 やがて腹の底から絞り出すように、古賀は呟く。


「三人でいい思い出をたくさん作りたい」


「……」


「安達と加瀬、そしてあたし。この三人じゃなきゃダメなの」


 まるで懇願するように呟かれたそれ。ただひたすらに一点を見つめ、精悍せいかんな表情で佇むその姿はあまりに真剣で――俺はそんな古賀を直視できなかった。

 

 おそらくこれは古賀の本音だ。


『三人でいい思い出をたくさん作りたい』


 他意はない。言葉通りの本音。

 

「マジであたしらの時間を邪魔されたくないし、もしそういう奴がいたら容赦なくぶっ殺す。そのくらい本気だから、あたし」


 要所要所の言葉は悪いが……。

 言葉の節々から感じるただならぬ熱。

 ここまで言われて、ようやくわかった気がする。


 きっとこいつは、ただ俺を毛嫌いしているわけじゃない。俺を腫物扱いするのは、安達や加瀬と過ごす時間を、大切にしたいからこそなのだろう。


 三人でいい思い出を作りたいからこそ、俺を班に加えることを拒んだ。立花先生に抗議してまで、自分たち三人の時間を守ろうとした。


 それくらい古賀は修学旅行にかけている。

 俺なんかとは違い、本気で旅行を楽しみにしている。


(そういや早乙女たちの同行も拒否ってたっけ)


 ただ清楚気取ってるだけのギャルかと思っていたが。どうやら古賀の中で、安達と加瀬というのは、俺が想像していた以上に特別な存在らしい。


 そりゃ俺みたいな奴が同じ班になれば、嫌な顔もするか。


「だからあんた、間違っても余計なことすんじゃないわよ」


「”来るな”とは言わないんだな」


「んなこと、あたしに言う権利ないし」


 そう言う割には随分とボロクソ言ってくれたけどね。俺は基本悪口とか効かないからいいけど、常人なら不登校になってもおかしくないレベルだったからね、あれ。


「まあ、安心してくれていい」


 そう言って、俺は止めていた棚出しを再開する。


「俺は死が確定している選択を望んでするほどイかれてない」


「そっ、ならいいけど」


 


 * * *




 シフトの交代まであと5分ちょい。

 店長は裏に引っ込んだまま出てこないし。

 次の人も、まだ店には来ていないようだった。


(次のシフトは確か……椿姫つばきさんだっけ)


 あの人いつもギリギリに来るからな。

 そのせいでたまに延長くらうから困りもんだ。


「5分前行動は社会人の基本だろっての」


 俺は独り言を溢して、屈んでいた身体を起こす。

 凝り固まった腰を二度ほど叩き、空になった籠を片そうとした。


「ねぇ、ちょっと」


 その時、背中から声が飛んでくる。


「会計、早くしてよ」


 振り向けばレジ前で顔を顰める古賀が。

 ようやっと買うもんが決まったらしい。


「10時過ぎたらどうしてくれるし」


「へいへい、今行きますよー」


 俺は重い足取りでレジへと向かう。

 そして何を買ったのかと商品を見れば。


(いや、そこはパスタじゃないんかい)


 本日の最後の客の買い物は、ロコモコ丼だった。

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