第3話 余り物は腫れそしてハズれる

「ぜんぜん納得できないから!」


「納得出来なくとも、これはもう決まった話だ」


 クソが付くほど暑かった本日を締めくくるLHR。今月末に行われる予定の修学旅行の話し合いにて、その事件は起こった。


「こいつをあたしらの班に入れろって、菊ちゃんそれマジで言ってる⁉︎」


「もちろん」


 授業終了5分前にもかかわらず、教卓を挟んで激しい睨み合いをしているのは、我ら2年1組の担任——立花たちばな菊代きくよ先生と、クラスでもそこそこの影響力を持つ清楚風ギャル——古賀こが美緒みおだった。


 その議題は説明するまでもない。


 修学旅行3日目に行われる東京散策。

 元々仲の良い三人で組んでいたはずの古賀の班に、急遽この俺が加わることになったのだ。どっかの誰かさんの身勝手によって。


「現に君達は班員を一人欲しているだろう?」


「それはそうだけど!」


「ならちょうど良いじゃないか」


 ギャルらしからぬ長い黒髪を揺らし、飛びかかる勢いで抗議する古賀。それを前にしても、事の元凶は極めて平静だった。


「だとしてもこいつだけはナイって! マジハズれ過ぎだから!」


「そこまで言うなら他の班と交渉してみるといい」


 そう先生が促せば、古賀はクラスを見渡した。

 その鬼のような形相を前に、皆揃って視線を逸らす。


(そりゃ俺を班に入れたがる奴はいないだろうな)


「君の言い分もわからなくはないよ。なんせあの井口いのぐちだからな」


 ……って、おい教師。

 あんたまで俺を腫れ物扱いするな。


「だが私としては、誰と同じ班になろうと上手くやれる生徒であってほしいものだ」


「こんな奴と上手くやるとか無理! あたしキモオタ大嫌いなの!」


 おい古賀。

 お前も中々に酷い奴だな。


 俺は確かにキモいがオタではないぞ。

 そこだけは間違えてくれるな。


「そういうことは思っても口に出すもんじゃない。井口が可哀想だろ」


 たかぶる古賀を諭すように先生は言う。


 ちなみに俺からも言わせてもらうと。

 古賀に劣らずあんたも大概酷いからね。


「そもそもなんであたしらなわけ?」


「一班あたり4、5人と最初に言っただろう」


「だからって押し付けるのヤバくない!?」


 すると古賀は再びクラスを見やる。

 そして窓際の一番後ろに陣取っていた早乙女たちの班を指差すと。


「あの辺の男子と一緒にしとけばいいじゃん!」


 と、それはそれで余計なことを言いやがった。

 押し付けるのヤバいとか言っておいてそれかよ。


 案の定ヘイトを向けられた彼らは、揃いも揃って苦笑い。

 鬼塚に至っては「あぁん?」という威圧的な声を漏らしてた。


「そういやこいつと鬼塚って同中だし!」


 追加で古賀はそんなことを。

 そもそも同中だから一体何だというんだ。

 俺と鬼塚は一ミリたりとも仲良くはないぞ。


 それに。


 あれはあれで絶対に関わりたくない班の一つ。

 勝手に俺を地獄から大地獄に落とすのは辞めてくれ。


「彼らの班は既に満員だ。故にその提案は飲めないな」


「だからってあたしらを犠牲にするのはいいってこと?」


 犠牲って……

 俺は病原菌か何かかよ。


「あたし班活動ちょー楽しみにしてたんですけど」


「なら井口を加えた4人で楽しめるように頑張ればいい」


「頑張ればいいって……冗談キツイってもう……」


 先生の確固たる意思を前に、ようやく諦めた様子の古賀。

 そんな彼女の姿を見てか、先生の視線は次いで俺へと向けられた。


 何を言われるかと身構えれば。


「ということで井口。君はしっかりと古賀達をサポートするように」


 なるほど。

 俺には交渉の機会すらないんですね。


「彼女たちの護衛は君に任せた」


 おまけにそんな大層な役どころまで押し付けてくる始末。


 てか護衛ってなんだよ。

 俺は傭兵でもSPでもないんですけど。むしろ守ってもらいたいのは、俺の身の安全なんですけど。


「ということで」


 パンッ! と、わざとらしく手を鳴らした先生。それが作用したかのように、タイミングよく授業終了を知らせるチャイムが鳴った。


「これで無事3日目の班も決まったな」


 チャイムを後ろ盾に無理やり締めようとする。

 そんな先生の横顔を俺は無言で睨みつけてやった。


「私は一度職員室に戻る。君達は掃除に取り掛かるように」


 などと言い残して、教室を去って行く先生。

 その身勝手な背中に古賀までもが鋭い視線をぶつけていた。


(今だけはお前の気持ちに同意だ)


 と、ここで。

 古賀の視線が急カーブして俺に。


「あたしらの思い出に水差したらぶっ殺すから」


「お、おう」


 そのあまりの圧に、肩を丸める俺であった。

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