第9話「背中押されて」

午前中に車で出て、数時間。汗まみれの寝起きの身体に外の生ぬるい風は気持ちが悪かった。


気分転換に3人でファミレスに入り、遅めの昼食を取る。なんだかんだで全員疲れていたようで、自然と口数も少ない。


「女子の方も夜遅かったのか?」

「まぁ、遅かったかな。先輩らの恋愛話聞かされて、長いのなんの」


年頃の高校生ともなれば性別関係なく恋愛は話の種になるのだろう。


「女子ってなんであんなに同じ話ばっかりすんだろうね。ちょっとずつ新しい情報付け足しながら、だけどずっっっっと同じ話するからさぁ……」


ため息をつきながら、北庄司は唐揚げを頬張る。


「別にいんじゃねぇの? それで盛り上がるんなら」

「あんたみたいな単純な脳みそしてないの、分かりきった話したってつまらない物はつまらない」


相変わらずバチバチしている北庄司と凛太郎。だが、疲れているのかいつも以上に激しくはならなかった。


「はぁ……俺ちょっと寝るわ」

「おう、おやすみ」


余程疲れていたのだろう。凛太郎は机に突っ伏して再び眠り始めた。


「そんなに同じ話だったのか?」

「同じも同じ。彼女持ちのクズ男を落とそうとしてるんだけど彼女のことを考えたら可哀想だから攻めきれなくて、だけど好きで。付き合ったって幸せになれないって分かってるんだけど惹かれるって」


なんでそんな奴を好きになるのかと言いたくなるが、分からないでもない。人間は安定を求める一方で綱渡りを楽しむ生き物。所詮感情は理論に勝てない。


「否定はしないし、私はどうでも良いんだけどさ。ただ腹立たしくない? 自分は悪者になりたくない、相手側から落ちてきてほしいだなんて、怠慢でしょうよ。惚れて欲しいなら惚れて欲しい、抱かれたいなら抱かれたい。それで良くない?」


饒舌にとめどなく溢れてくる北庄司の黒い感情に圧倒されている間に彼女は長いため息をついて「ごめん、今の忘れて」と付け足した。


「要するにさ、まっすぐで良いわけよ。そうじゃないと、悔いが残る」


これが北庄司の恋愛観か。直球勝負を仕掛けてくるのはどことなく久遠とも重なった。


「雨森は、どう思う?」

「……え?」

「こういう事例に対して、どうしたら良いと思う?」

「どうしたら……か」


どう考えるべきだろうか。この女の人は、この人と付き合えることが出来たら幸せなのだろうか、と思ったが、愚問だろう。きっとそうだと確信しているから、こうして天秤に掛けている。


「俺は……攻めるべきだと思う。好きだと思う気持ちに歯止めをかける必要はない。何よりも悔いは残したくない。俺は……そう思う」

「へぇ、ちょっと意外」

「……そうか?」

「そう思う人が……久遠のこと、あっさり諦めたんだなって」

「仕方ないだろ……フラれたのに今更何かが出来る訳でもない」

「……久遠って気分屋だよ? その場の雰囲気で考えも言うことも変わる。だから、諦めるにはまだ早すぎる。そもそも、別れてから久遠とちゃんと話したの?」

「……してない」


北庄司は頼んであったアイスティーにガムシロップを入れ、くるくると混ぜながら言葉を紡ぐ。


「私が見るに、雨森は久遠に随分と振り回されてた。だったら、一度くらい振り回す側に回って見ても良いんじゃない?」

「……それは久遠のためになるのか?」

「雨森、良い事教えてあげる。久遠はずっと誰かを、支えとなる誰かを欲してる。そして、君こそが彼女の支えだった」

「俺が……久遠の?」

「少なくとも、私はそう思うよ」


北庄司はアイスティーを一口飲み、優しく微笑む。


「行ってみたら? 久遠のところに」

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きゅうりが降れば良いのにな 相模奏音/才羽司 @sagami0117

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