第17話呉服屋・長次郎2

 その日の深夜、儂は蔵に向かった。

 家のもんには「探し物がある」とゆうて人払いさせっておいた。まあ、そんなことせんでもこの蔵に近づくもんはおらん。金目のもんは別の蔵にあるからな。ここは専ら捨てるに捨てられない私物置き場といったところやろか。

 溜息一つ。

 奥にある錠前付きの箱を手にとる。


 一見、なんの変哲もない箱や。

 問題は中身。

 これを開けるんは十年ぶりになる。


 ガチャ。

 

 鍵を外して箱を開けると、そこには十年前のままの姿の脇差わきざし

 が刻まれた脇差や。

 その脇差と共にから渡された書状。


 これは儂の孫が最後の赤穂浅野家の殿さん浅野内匠頭の御落胤だという証拠。

 清吉ですら知らんことや。


 まさか……まさか家老屋敷に行儀見習に行かせた娘が殿さんの子を身籠もるとは思わんかった!

 しかも……なんや酔っぱらって狼藉を働かれたゆうやないか!

 

 ふざけるな!!

 

 人の娘を傷もんにしといてゆうたことが「その娘がそこにいたのが悪い」だと!? 

 あげくに「記憶にない」、「何かの間違いだ!」、「娘の方が誘ってきたに違いない」など人の娘を阿婆擦れ扱いやった。 

 

 娘が懐妊したときもそうや!

 

 あん殿さんは「子供!?私の子ではない!」、「市井にの女が私の子を孕んだというのか!冗談ではないぞ!」、「腹の子諸共始末してしまえ!」とまあ、おんなじ人とは思えんことばかり並べおったわ!ホンマに胸糞悪い殿さんやったわ!

 

 玉はな、お玉は……将来を誓い合った良い人がおったんや!

 それを……。泣く泣く別れた挙句に正式な側室にもせんと放置状態や!

 なんや?

 御正室に内緒にせなあかんて?

 隠したところで分かるやろ?

 

 家老屋敷の一角で隠れるように暮らさなあかんて……うちの娘を日かげもんに差す気か!家老の方々が頭下げて謝ってきたさかいこちらも何も出来んかった。


 『御子さえ御息女の将来は安泰だ。決して悪いようにはせん』


 その言葉を信じたんがそもそもの間違いやった。

 日増しに憔悴していく娘の姿が不憫でしゃあなかった。娘は異常なほどやせ細っちまったんだ!後から知った事だがどうやら屋敷の女中のもんに嫌がらせをされとったらしい。箝口令た出されとったが女ってのは目ざといもんや。直ぐに何があったか気付いたらしい。町民の娘が殿さんの子を身籠ったんや……武家の出の女中らはさぞ面白うなかったんやろな。あの手この手と胎の子に害をなさうとしやがった!それも屋敷の主人には気付かれんように。やり方が陰湿やわ!女中らの所業に気付いた大石様が急いで娘を保護してくれんかったら今頃どうなってたんか分からん。このまま屋敷に置いていては危険と判断した大石様が他の家老方を説得してくださって娘は家に戻れる事になった。


『御息女のお胎の御子は殿の御子。男児であった場合は城に引き取り跡取りとしてお披露目申す。ただ、女児であった場合に限り御息女の傍に置いておくことが許される。長次郎殿、それが我らの出来る最大の譲歩でござる。御息女の身に起こったに対して我らはただ頭を下げる事しかでき申さぬ。だが、御家存続のためにも御息女の御子は我らの希望なのだ』


 最後まで謝ることのなかった殿さんとは正反対のお人やったわ。大石様というお方は。しがない町民でしかない儂ら親子に、何度も頭を下げられて何度も謝られた。理不尽過ぎる事を言われても大石様には反感を持つこと儂らには出来へんかった。殿さんに歯向かってまで娘の玉とその子供の命を守ろうとしてくださった事を知っとるからや。

 今回の件もそうや。

 大石様が気付いて掛け合ってくれたからこそ、お玉は家に戻って来ることが出来たんや。

 儂が恨むんは殿さんと女中らだけや。

 もっとも、女中らに関しては大石様が秘かに処罰してくださった……まあ、処罰ゆうても実家に帰すだけやろうけどな。それでも武家の娘がで帰されることはその後の婚姻にも影響があると聞く。婚家で随分肩身の狭い思いをしとるらしい。ええきみや。

 

 袋問屋の倅……あれは良い奴や。玉の幼馴染で、全部承知のうえでお玉を娶ってくれた。 

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