第13話芝居小屋

 ――さあ!よってらっしゃい!観てらっしゃい!

 


「おのおの方、お出合いそうらえ。浅野内匠頭、松の廊下での刃傷にござるぞ!」


 高家筆頭、吉良上野介に斬りかかる浅野内匠頭を背後から取り押さえたのは梶川与惣兵衛かじかわよそべえ

 浅野内匠頭は取り押さえる梶川与惣兵衛に向かって言い放つ。


 「梶川殿、後生である!御放しくだされ!播磨赤穂藩浅野家5万3千石!その所領も家臣も何もかも捨てての刃傷にござる!」


 と、懇願するように叫ぶ浅野内匠頭。


 「今、一太刀!武士の情け!」


 無念、浅野内匠頭の太刀はそれ以上、にっくき吉良上野介に届くことはなかったのでございます――


 

 

 赤穂浪人の切腹から十二日後。

 「赤穂事件」を題材にした歌舞伎の演目が中村座で行われていた。


 


 ――の浅野内匠頭がな吉良上野介に虐め抜かれた挙句の刃傷。

 先に手を出したが故に、浅野内匠頭には即日切腹を申し渡され、お家は断絶。

 は誓う。

 亡き御主君の無念を討ち果たすと。

 である大石内蔵助は、計画を立てるかたわら「腑抜けのふり」をして周囲を欺き続けること一年。

 を見事討ち果たし大願成就を成し遂げた。

 しかし、天下を騒がせたことは紛れもない真実。

 忠義の義士47名は切腹と相成った。


 大石内蔵助の時世の句は「あら楽や 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」。


 天晴。

 これぞ武士の鏡。


 主君を討ち果たした事で思いを残すことなく死んで逝けることの晴れ晴れした心地を歌っている。


 大石内蔵助を始めたとした残りの46もまたを遂げたのである――



 この劇は庶民の心を大いに打ち爆発的な人気と共に全国へと瞬く間に広がっていったのである。

 主君の敵を討った義士の話と共に……。

 いつしかその話は『忠臣蔵』と呼ばれるようになった。

 演目の中の47人は時代の英雄として語り継がれることになる。


 もっともそれらが「作られた英雄」である事を知る者は誰もいない。


 得てして大衆とは時に実像とはかけ離れた人物像を傾向にある。

 人とはだ。

 そこにある真実に気付く事は無い。

 いや、は気付かない。気付いても関心など持たないものだ。


 時は元禄。

 町民文化が花開いた時代。

 物も金も大いに動いた時代。

 そして他者にあまり目がいかない時代でもあった。

 

 

 

 

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