第9話側用人・木下義郎7

 大名預かりになっている赤穂浪人たちの取り調べは続いている。

 何度聞いても「亡き殿のための仇討ちです」という答えしか返ってこない。まるで示し合わせたかのように皆が同じ答えなのだ。駒若の話を聞いたせいかどうも怪しく感じるようになってきた。今までは「そういう事もあるだろう」と思っていたのだがな……。

 はっきりいって「仇討ち」など特に珍しいものではない。年に十数件ある程だ。成功すれば世間から賞賛を浴びる。浪人者なら「再士官」の口が開ける。一年前に起こった「亀山かめやまの仇討ち」が良い例だ。父と兄二人の敵を取るのに二十数年の年月をかけて本願成就を果たした石井兄弟。彼らは行商人や茶売りなどをして仇を取る機会を伺っていたと聞く。此度の赤穂浪人たちも同じような行動をしていた。


 石井兄弟は赤穂の浪人たちと違って正式な仇討ち許可を得ている。

 そのため、仇討ちが成功した石井兄弟の仕官先を探そうと江戸の奉行所が奔走していた。

 彼らの「仇討ち」は世間でもとして「元禄の曽我兄弟」と讃えられ、芝居小屋での演目の一つになっている。

 

 赤穂の浪人は石井兄弟の模倣をしているのか?

 自分達も「良い環境と待遇でもって再士官」をしようと目論んでいるのか?

 運よく仕官できたとしても新参者に出世など殆ど見込めないのが現実だ。元居る家臣達よりも上にいくならはいる。もしくは、「この武士は誉れある人物だ」と周りに認めさせる事だ。だからこその「仇討ち」か!?


 一介の武士が考えるような事では無い。

 本来、「仇討ち」とは何年もかけて行うのが常識。

 赤穂の浪人たちがここまで話題にされているのは今までになかった「主君の仇討ち」というだけでなく、事だ。


 

 駒若の斬新な推理をそのまま鵜呑みにする訳にはいなかい。

 だが怪し過ぎる事案だ。裏付けを取る必要性があった。私は秘かに部下に赤穂の浪人たちの一年をできうる範囲で探らせたのは言うまでもない。



 

 

 筆頭家老である大石内蔵助。

 この事件が起こるまでは「昼行灯」といわれボンクラ男であった。

 環境が人を変えるというが……化けたものだ。

 能ある鷹は爪を隠す、ともいうべきか。

 

 いや、この男の事は別にかまわない。

 

 問題は他の者達だ。


 片岡源五右衛門かたおかげんごえもん礒貝十郎左衛門いそがいじゅうろうざえもん

 この両名は浅野内匠頭の寵愛厚い臣下だ。「仇討ち」をする理由はあるだろう。衆道の相手だという話だからな。


 だが他は違う!

 浅野内匠頭に特別目を掛けられていた訳ではない!

 が大方だ。

 浅野内匠頭は下位武士の者達の名前すら知らないのではないのか?と疑問に思うほど接点の無さだ。これで「仇討ち」を考えるか?私なら御免だ!

 他も酷い。浅野内匠頭と折り合いの悪かった者や嫌われていた者すらいるではないか!

 大石内蔵助もその一人だった。


 よくこれで「主君の仇討ち」をしようと考えたものだ。


 この不破数右衛門ふわかずえもんという者は浅野に放逐されているではないか!

 浅野の死を知って帰参したらしく、吉良邸に押し入った者達の中で最も目覚ましい働きぶりとある。


 

 益々持って怪しい事この上ない。


 

 

 

「柳沢様、少々宜しいでしょうか?」


「木下殿。如何致した?」


「赤穂の浪人共の事でお話がございます」

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